特集

全農特集「国産農畜産物の販売力強化」実現のために
担い手生産者を支援するTACの活動  農家との「接点活動」の強化

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地道な活動の積み重ねで信頼関係を着実に築く  JA新ふくしま(福島県)「AST」

・「風評被害」に負けず営農を
・原発との戦いをフォローするAST
・600名の担い手を5名で巡回訪問
・農業融資で成果農地の賃貸相談も
・記帳代行から経営相談へ

 JA新ふくしまが担い手支援チームASTを設置して4年目になる。遠くなった「JAと組合員の距離」を、担い手や生産者の意見や不満を聞き、それに応えていくことで縮め、JAの事業の改善にもつなげていこうというのが当初の目的だった。農業関連融資を中心に5名の担当者が巡回、地道な活動を積み重ねることで信頼関係を築いてきた。その矢先、東電福島第一原発事故が発生。風評被害を含めて「原発との戦い」がいつ終息するのか見通しがたたないまま続き、ASTはその対応にも追われている。

◆「風評被害」に負けず営農を

JA新ふくしま(福島県) 「AST(アスト)は、大変なときに頼りになるよ」。
 JA新ふくしまのTACであるAST(営農部農業支援対策室担い手支援チームの愛称)のメンバーである後藤喜孝さんに同行して訪ねた桑島敏郎さんは、こう簡単明瞭に言いきった。桑島さんは、福島市内の2.3haの園地でモモ・リンゴを生産する果樹生産者で、担い手の一人だ。
 3月11日に発生した東日本大震災という天災は、東電福島第一原発事故という人災を引き起こし、天災による被害がそれほど大きくなかった福島市や県内中通り地区を放射性物質による計り知れない被害に今日まで曝している。
 原発事故が発生して1カ月くらいは「燃料情勢が悪くて車両が動かせずASTとして本来の活動ができなかった」。それに加えて生産者に持っていける情報もなく「営農を続けてくださいとしかいえず、一番つらかった」と齋藤信也AST長は振り返る。
 一部の農産物が出荷制限され、福島県産農産物が忌避される風評被害が拡大。「農家の人たちの不安も大きくなる」が「不安でも作ってください」「農協が必ず売るから…」と営農することを呼びかけ、価格が下がれば東電に必ず賠償させるからと、生産者の不安を多少なりとも「薄める」活動を進めてきた。


◆原発との戦いをフォローするAST

 3月11日から3月末にかけてのJAの動向は本紙3月30日号「緊急ルポ」ですでに伝えたが、「組合員に何ができるのか。いま真価が問われている」(吾妻雄二組合長)との決意のもと、「1日5軒以上を目標」に営農指導員が組合員を訪問する活動や管内16カ所で開催された「緊急地区別営農集会」などの取組みをJA職員の先頭にたって進めてきた。
 原発事故からすでに8カ月近くが過ぎた。一部を除いて農産物の出荷制限も解除された。しかし、JAの中心的な農産物であるサクランボ・モモ・ナシ・ブドウなどの果物は、贈答品需要が激減、価格も例年の半分以下になるなど、風評被害に曝され続けている。
風評被害の東電への請求方法の説明に聞きいる生産者 9月からは東電への本格的な賠償請求が始まった。請求するのは個々の農家だが、JAはそれをまとめる仕事のために専門担当者を2名配置したが、実際にはASTのメンバーがそれをフォローするのが「メインの仕事」になっていると齋藤さん。原発との戦いがまだまだ続いていくということだ。

(写真)
風評被害の東電への請求方法の説明に聞きいる生産者


◆600名の担い手を5名で巡回訪問

 JA新ふくしまでASTが発足して4年目になる。JAが広域合併し支店などの統廃合が進むなかで「JAと組合員の距離が遠くなった」という声が聞かれるようになった。担い手や生産者が何を考えているのか、JAにどういう意見や不満があるのかを知り、「組合員との関係を改善することは、JAの事業改善にもなる」というのが発足の主旨だ。
 ASTの「A」はアグリカルチャー・農業、「S」はサポート・支援、そして「T」はトータルで、という意味だ。営農だけではなく農業に関わるすべてを支援していくという意味が込められている。
 そしてASTを発足させる前に、JAの販売取扱高200万円以上の生産者に、「地区の農業の担い手として位置づけJAとして支援をしていきたい」が「JAから情報提供や各種相談などの支援を受けたいと思うか」という、かなりストレートな内容のアンケートを実施。支援を希望するという回答があった人に、認定農業者を加えた約600名を「担い手」として巡回訪問することにした。地域などによって異なるがAST1名で100150名を担当することでスタートした。


◆農業融資で成果農地の賃貸相談も

 最初の1年はJAへの要望や意見が「たくさん出てきた」。ASTのメンバー5名は毎日、朝晩に必ずミーティングを行い、集まってきた意見や要望を関係部署や経営トップに報告。理事会などでの検討が必要で具体的な回答ができないということを含めて、2営業日以内に回答することにしている。そうした地道な活動を積み重ねることで、信頼関係を築いていた。
 そうしたなかで「最初に結果がでた」のが「農業関係融資」だった。JAでは農業関係融資を伸ばしくと考えていた。もちろん各支店に渉外担当者はいるが人数が少なく手が回らない状態だった。一方、ASTも初めて訪問する担い手が、どういう情報を欲しいのか把握できていなかった。
 しかし、一般的な情報はインターネットなどもあり分っているので、「農機の更新とか予定されているならご検討ください」と置いてこられるJAの融資関係の情報をまとめた簡単なチラシを本店の融資担当に作成してもらいもっていくことにした。それが効果を発揮したわけだ。もちろんASTは金融のプロではないので、本・支店の担当者につなぐ仲介役として機能した。
 また、農地の貸借関係の相談も徐々に増えてきている。規模拡大したい農家からは「どこかに農地は…」という話があり、高齢になり後継者のいない農家からは「誰か作ってくれる人はいないか」という話がでてくる。それぞれを紹介することで「意外とスムースに仲介役」を果たしているという。
 この日訪ねた桑島さんも、隣接する果樹農家から「引き受けて欲しい」という話があり、後藤さんとその打合せもあった。


◆記帳代行から経営相談へ

 果樹の園地の賃貸関係もあるが、米価の下落で「作り手」を探す相談や、受託していた農家が採算が合わないと返してきた田んぼをもう一度「誰かに」という話もあるという。
 このほか無料職業紹介による作業員の斡旋取次ぎや営農販売関係でも、いくつかの取組みが実施されているが、いまASTが力を入れているのは「経営管理支援」だ。
 従来は金融部門が担当していた「確定申告業務」がASTの担当になり、約2000名の確定申告の受付を行っている。そして昨年試験的に、今年から本格的に「記帳代行」を始めた。記帳代行するためには、系統外利用のデータも預からないと確定申告できない。つまりその農家のすべてのデータが必要になり、経営状況などが正確に把握され、毎年蓄積されていく。
 そのデータを分析・診断することで、経営面での相談指導がより的確にできるようになるし、そのことをめざしていきたいと考えている。それはJAとの関係がより密になることでもある。
管内はサクランボ、モモ、ナシ、リンゴなど果樹の一大生産地だ いま300名ほどの記帳代行を受けているが、先ほどの桑島さんもその一人で、基本的に毎月記帳されるので「いままでより経営状況が的確に把握できるようになった」とその効果を語ってくれた。
 今後のことについて齋藤さんは、「経営相談によってより緻密な関係を築いていきたい」。そのうえで営農についても地区の特色をもった「営農計画」が地区営農センターごとにあるので、センターと連携して、地区の特色を壊さないように配慮しながら、加工用野菜・果樹などへの生産誘導をしていきたいと考えている。
 相手の懐深くに入り信頼関係を築きながら生産から経営までJAとの関係を密にしていこうということだと理解した。

 

(写真)
管内はサクランボ、モモ、ナシ、リンゴなど果樹の一大生産地だ

(2011.10.21)