◆今こそ、TAC
経済事業改革が全国の合併JAの課題となるなか、JAレーク伊吹でも支店や施設の統廃合にともなう組合員とJAの接点強化をどう図るかがテーマになった。とくに今後の地域の農業の担い手育成と支援が求められており、JAからの「出向く活動」によって「身近なJA」として信頼回復を図ることが不可欠であるとの認識のもとに同JAはTACの導入を決める。
「TACには数値目標は設定しない。徹底的に担い手農家の意見や要望を聞く。JAトップ層らも『TACは農家とのお茶飲みが仕事だ』との指示があり、TACの機能が明確になりました」と営農生活部担い手対策課の福永直城課長は話す。
TACの仕事をこのように鮮明に位置づけたことの現れが、共済と信用の複合LAを長く務めてきた職員2名をTACに抜擢したことだ。
営農指導員など営農部門の職員が担い手農家とコミュニケーションを図ることはこれまでも重要だと考えられてきたが、それがなかなか実践できなかった。多くのJAでも聞かれることだが、その理由のひとつは農政の転換にともなって事務仕事に忙殺され現場に出かける余裕がなくなったこと。ただ、それだけではなく、大規模農家や法人と接するには専門的な知識が必要だと「身構えてしまってかえって足が遠のく」という実態もあったという。
「いくら知識を持っていても出向かなければ意味がない。しかも農家はそんな難しいことを求めているわけではなく、JA職員といろいろ話をしたいというのがほとんど。それならばLAを起用してはと発想を転換しました」と福永課長は話す。
担い手対策課は21年2月に発足。2か月間、営農関係の知識をつけるため基礎研修を受け同年4月から活動をスタートさせた。
(写真)
手前は福永直城課長。後は右からTACの細溝学係長、堀直次係長
◆月に1回は欠かさず訪問
一方、TAC導入で出向く対象とする担い手農家について、JAは3ha以上の大規模農家および集落営農組織、プラス各支店からの推薦をふまえた約180経営体とした。
同JAの正組合員数は6700人だからわずか3%にすぎない。しかし、この担い手だけで生産資材供給高の45%、米の集荷量の50%を占める。こうした担い手農家との接点活動の強化こそがJAの事業量の拡大につながるとの判断だ。
具体的なTACの活動は月に1回は必ず訪問する定期訪問を基本とした。TAC1人あたりの担当は約90軒。毎月1週間を定期訪問期間と設定することとし、その期間中は1日20軒ほどを訪問することになる。
訪問の際には、担い手対策課で作成した「TAC通信」やJA全農のグリーンレポートなどを配布して情報提供をしている。TAC通信では時期に合わせて必要となる肥培管理や生産資材に関する情報・制度・政策についての解説、さらには農作業事故防止などの呼びかけも盛り込んでいる。
TACの細溝学係長は「組合員のニーズを聞き出すというLAの経験は役に立ちました。最初はJAへの不満が多かったのですが、そのうち具体的な要望をぶつけてもらえるようになりました」と話す。
福永課長も「彼らのフットワークの軽さが担い手農家からの信頼を生み、確実に情報収集力は上がっていきました」という。
定期訪問での面談内容はその日のうちに全農提供のTACシステムに記録する。これが管理者である福永課長への日報となると同時に情報の共有化を図ることにもなる。
また、このシステムは肥料、農薬、融資といったキーワードを使った情報抽出機能もあるため、テーマごとにJAとしてどう担い手農家に対応すべきかの課題を明確にすることもできるという。
こうした作業を積み重ねるなかで次の月の訪問時のテーマや戦略を決めている。
(写真)
水田の向こうには伊吹山
◆TACによる新たな営農と販売事業
同JAではTAC導入によって着実な成果が出始めている。
管内は水田農業地帯で水稲と転作作物は麦、大豆が中心。しかし、地域によっては湿田地帯で畑作物が作付けできないほ場もあり、そうした地域での生産調整は加工用米で対応してきた。
しかし、23年度は加工用米の過剰による価格低下で生産者手取りの落ち込みが予想された。そこで戸別所得補償制度が本格実施されたことをふまえ、飼料用米の作付け提案を行った。
販売先は全農が確保しており10aあたり8万円の交付金があることや、全農県本部と連携し、鉄コーティング種子による直播栽培などを説明・提案した。鉄コーティング種子は動力散布機を活用できるため新たな器具を必要とせず、既存の装備で飼料用米生産ができるというメリットがある。
ただし、飼料用米の生産は横流れの防止が必須でそのためJAとしてはカントリーエレベーターの利用による一元集荷も求めた。
しかし、担い手農家から課題とされたのは利用料金の設定だ。少しでも低価格で設定し手取りが確保できることが条件だった。担い手対策課は担当部署と協議し、担い手農家に対してこれまでにない料金設定を提案した。
それは荷受け重量ベースではなく作付け面積に応じた定額料金を基本とするもの。すなわち単収を上げればそれだけ割安になるという仕組み。これで主食への横流れ防止になるととともに、捨て作り的な対応も防ぐことができる。
また、乾燥コストを低減させるため立毛中乾燥も指導した。立毛中乾燥によって十分に乾燥させた場合は水分量が多い場合の加算料金を支払う必要がなくなる。こうした料金体系を提示することにより、主食用米の利用よりも約5割安い価格とした。
こうした取り組みを担い手農家との協議のなかで進め23年産では約50haの作付けを誘導することができたという。
同時に米の集荷でも玄米フレコン集荷と庭先集荷を提案しそれを実現した。
管内では自ら乾燥調製を行い出荷する自己完結型の農家が多いが、なかには高齢化でこうした乾燥・出荷作業が大きな負担となっているところも多い。
そこでTACから労力軽減につながる玄米フレコン出荷を提案。計量器などの支援をJAが行うことを説明し、フレコン出荷を実現した。
さらに30kg袋による出荷を対象とした庭先集荷の取り組みを始めた。きっかけは定期訪問を行おうと思っても米の出荷時期になると多忙を理由にTACとの面談の時間をつくってもらえなかったこと。TACにとって訪問ができなければ仕事にならない。そこで米の庭先集荷を予約してもらうことを働きかけ、TACがその調整役となって申し込みを積み上げた。すなわち、庭先集荷を担い手農家との接点強化活動のひとつとして捉え直したということだが、農家にとって労力軽減になり、計画的な収穫・乾燥調製作業ができたと高い評価を得ているという。
◆県本部との連携で園芸も導入
福永課長はTACの導入は担い手農家のニーズを吸い上げJAとしてその解決策を提示するだけでなく、さらに全農県本部からのさまざまな提案を生産現場の解決策として提示するいわばコーディネート役を務めるものだと強調する。
その具体例が滋賀県産のジャガイモを滋賀県限定販売のポテトチップスとして販売する事業。県として地産地消を進めるなかで始まった取り組みで、全農県本部と県内のカルビーの工場で契約栽培による原料の納入を進めてきた。
JAレーク伊吹管内は先にも触れたようにどんな転作作物をどう農業経営に組み込むかが多くの担い手の課題となっており、この加工用ジャガイモの生産をTACから提案した。 TACからの提案を受けてジャガイモの契約栽培に取り組んだ農事組合法人相撲アグリグリーンファームは23年度は1.2haで作付けした。北川利昭代表理事は「定植は遅かったが収量は上がり収益もある。栽培方法や収穫時の技術などを改善すればもっと収益はあがる」と話し、水稲と麦、大豆、さらに飼料用米とジャガイモを経営に本格的に組み入れていく方針だという。
JAには生産資材や施設利用料などにまだまだ対応してほしいことはあるというが「TACが来てくれることによってJAに出向く必要がなくなった」と評価している。
(写真)
相撲アグリグリーンファームの北川利昭代表
◇ ◇
TACは担い手農家とのお茶飲みが仕事、という位置づけで導入したが、「これはTACの基本」だと福永課長は話す。TAC自体は自己完結的に仕事をするわけではなく、関連部署と連携して課題を解決する役割を果たす。そのための情報を接点活動のなかからつかむことが重要だ。
「JAが総合力を発揮するための経済事業を中心としたツールがTACではないか。この活動はJAの土台づくりになると考えている」と福永課長は話している。