グローバルな視点からみた日本農業
◆明確な輸出戦略に基づいたオランダの施設園芸
――日本農業と比べてヨーロッパの農業の特徴はどういうところにありますか。
「ヨーロッパの農業はそれぞれの国が異なる市場環境のなかで、独自の国の農業政策やビジネス展開をしていますから一概にはいえませんが、大きく捉えると、ヨーロッパにおける農業経営者は主業農家が大多数であり、農業従事者は減少傾向がみられますが、農業経営は安定しています。また農地は生産者に固定されず比較的容易に売買されています」
――具体的に分かりやすい国はありますか。
「シンジェンタ社の野菜・花の拠点があるオランダの場合、酪農と施設園芸の国といわれていますが、施設の面積は1万haと日本の5分の1です。いまから15年前の施設園芸生産者数からみると、1ha以下の生産者数は3分の1に、逆に5ha以上の生産者数は6倍に増え、全体では半分になっていますが、1生産者当たりの平均経営面積は倍増、野菜は2.5倍に増えています」
「彼らの戦略は極めて明確です。生産された農産物の80%が輸出されていることでも分かるように、輸出を前提とした生産です。そして、トマト・パプリカ・キュウリ・イチゴの4品目が栽培面積の75%を占めています。そのことで、生産性の向上・施設設備償却費・労働コスト・エネルギーコストの削減を実現しています」
「さらに生産者自らが出資して集荷・パッキング・輸出入を行う企業をつくり、市場小売流通への直接的な販売、ブランディングへの注力により、欧州の小売の80%以上を抑える10社のスーパーマーケットチェーンとの連携を強化するとともに、種苗開発企業であるシンジェンタ社との連携などを通じて常に市場の動向ニーズの探索に注力することを欠かしていません」
◆農業をビジネスと捉えるヨーロッパ諸国
――政府や国民の農業に対する考え方は日本とは違いますか。
「これも国地域ごとに異なりますが、農業は世襲すべきものとのこだわりが日本ほど強くはないことと、ビジネスとして農業をとらえていることが、大きな違いではないでしょうか」
――それはどこからきているのでしょうか。
「ヨーロッパでは、この45年間、日本や韓国のように食生活の欧米化による劇的な変化に匹敵するような食生活の変化が起きていないので、食料自給率が高く維持できています。戦後、米国の余剰農産物を活用して米の食品産業が米国政府と連携して北東アジアでの戦略を展開してきましたが、逆に日本や韓国などが国内市場に大きな比重をかけ外に目をむけてこなかったことが遠因だと思います」
「さらにいえることは、ヨーロッパ内での農業・食料そして加工食品が、大陸の地続き域内競合の厳しさにさらされてきたことが、国民の農業に対する考え方に影響を与えてきたことは明確です」
――よくスイスの例をお話になりますが…
「スイスはEUには加盟していませんが、国民投票によって国内農業・酪畜産の食料安全保障そして環境保全の観点から、農家への直接支払制度を決定、国民が国産農畜産物の消費を優先する教育・食育が進んでいるからです。つまり、国税による支援です。ただし受権者が65歳になると権利を失いますが…」
「イタリアでは、パスタやトマトを含めて原材料を輸入し、それを加工してメードイン・イタリアとして付加価値をつけたフード産業に重点をおいてきましたが、やはりイタリア産の原料でという機運が高まり国内での作付転換が進んでいると聞いています」
「これもイタリアの話ですが、農業分野での就職率が大幅に、とくに2年前から増加しています。大卒に限定すると農学士の就職が他の分野より高く、EU全体の農業分野への就労者だけではなく、食品企業への就職者も増加し、他の工業産業分野でのマイナスに対し顕著な傾向の変化がみられます」
(写真)
国民投票で農業への直接支払制度を決定するスイス
◆国をあげて食品開発拠点を育成遅れている日本
――海外の農業を見てこられた視点から、東日本大震災からの復興を含めて、元気な日本農業を築いていくために必要なものは何だとお考えですか。
「オランダのフードバレーと呼ばれる食料産業クラスターが大きなヒントになると考えています」
「これはオランダ東部のヘルダーランド州周辺で、大学の研究センターを核にして2004年以降すでに1500の食品関連企業や20近くの研究機関が連携して、新しい食品の研究開発が行われ、研究施設や技術のシェアそして連携による成果が生まれています。特にオランダは国家・地方行政をあげて財政的な支援を強化していますが、国内企業だけではなく多国籍企業にも同様の支援を行っています」
――オランダ以外でも同じようなケースがあるのでしょうか。
「フランスは政府の主導による食料産業クラスターを形成し、すでに農業産業・食料産業その他の先進的企業、研究機関、教育機関の連携で相乗効果をあげています」
「オランダ・スペイン・ベルギー・イタリア・ノルウェー・イギリス・ポーランド・デンマーク・スウェーデンの食料クラスターが05年に連携をとりFINE(Food Innovation Network Europe)という研究プロジェクトを開始しています」
「韓国でもFOODPOLIS構想が2015年以降本格稼動する計画があります。これは5500億円を投入し約240万平方mの土地の準備と財政的支援を計画中で、最終的には150の国内外企業の誘致をはかることで、産学協同の食品開発拠点をめざしています」
――日本でも農水省・経産省による6次産業化の流れがありますね。
「1990年代から国内の各地でフードクラスターに考え方が似た農商工連合は構築されていますが、国内での地域相互間の関係性の強化は必要だと思います。政府が投入する平成24年度予算は、農林漁業成長産業化ファンド(仮称)の創設が200億円、農山漁村の6次産業の推進が43億円など、予算規模では見劣りすることは否めませんが、民間企業や全農、それぞれの地域行政そして地域JAや農業法人との協業でより競争力あるシステムに仕上げることは可能だと思っています」
「そして単なる産業界と農業界という方向性ではなく、より食料・農業をプラットフォームとしての食料クラスターの国内の連携と、その目標を国内需要創造ではなく、むしろ海外への展開、輸出産業としての食料(農産加工品)・農産物(生鮮農産物)の育成と課題解決に結びつけるべきだと私は思っています」
◆農産物輸出は相手国の食文化などを十分理解して
――輸出拡大をというご提案ですが、国内で流通している農産物や加工品がそのまま輸出できるのでしょうか。
「農産物は地域の気候条件・土壌条件によって生産可能な作物が限定されますから、工場を移転してより市場に近いところやコストのより安価な土地に移動するというような一般製造業のようなことはできません。さらに穀類のように保存性の高い作物と異なり、鮮度劣化が商品価値に大きく影響する生鮮農産物では通常の物流コストに鮮度保持コストが上乗せになります。フードマイレージという言葉で表現されるコストと出荷・移動距離の問題を考える必要があります」
「そしてグローバルでビジネスを展開するときには“PESTの検討”が必要です。これはビジネス展開する相手国のPolitics政治・農業政策の十分な理解、Economy経済、ビジネス慣習・システムの理解、Society社会文化、農産物では相手の食文化と異文化の許容性や食生活の理解が大変に重要です。そして最後のTはTechnologyつまり相手国の農業生産技術に対して競争力を持つかどうか、品質に対する価値観も異なることを前提に十分検討するべきということです」
「それ以前に基本的に、植物検疫措置、農薬の残留基準、非関税障壁などは押えておかなければなりませんが、相手国や流通小売業が求める各種の食品安全基準(スキーム)については正確に把握しておく必要があります」
――どういう点が重要ですか。
「日本人は安心・安全という言葉を安易に使いすぎていると思います。現在、残念ながら日本産品は放射能による風評被害を蒙っていますが、これに対応・対抗するためには、科学的根拠に基づいた国際的に信頼された機関または国が策定した基準をベースに安全性の評価を、証明として提示する必要があります。安全であるかどうかはグローバルG・A・Pに代表される第三者認証が基本です。それが西欧市場のルールです」
(写真)
輸出を前提に生産されるオランダのガラスハウス
◆JAは行政や食品加工業界などと連携して
――最後に、輸出問題も含めて、元気な日本農業を築くためには、JAおよびJAグループはどういう役割を果たすべきだと思われますか。
「食料クラスターについては先ほど述べましたが、私は農水省に新たに創設された『食料産業局』に期待しています。このような部局と食品加工業界・教育研究機関・鮮度保持物流業界などとの中央でのまた地域での連携ではJAグループの果たすべき役割は大きいと思います」
「ただし、国内における需要創造戦略と輸出を対象とした場合の市場開発戦略は分けて考えるべきだということに十分に留意していただく必要があります。余剰農産物を輸出に回すという戦略はオランダの例でもあきらかなように本末転倒です。また、アジアの富裕層を対象にした戦略もセグメンテーションが不明瞭では下手をすると棚割確保のような場当たり的なものになってしまう可能性があります」
「すでにお話してきましたように、農業・食品市場の経済活動は地域性に大きく影響されます。単に他地域での成功例を活用するのではなく、明確なJAとしてのビジョンを構築し、その達成に向けた戦略を産業界・研究機関、そして地方や国の行政と一緒になって考え、一歩でもその戦略に沿って進むことが成功の鍵だと思います。そのためにも私どもシンジェンタ ジャパンは全力で日本農業をそしてJAをサポートしてまいります」
――ありがとうございました。