すべての農地を対象に汚染マップの作成を
◆体系立てた放射能汚染検査の確立
原子力災害が地域社会・経済・産業に与える影響について、その全体像は未だに解明されていない。チェルノブイリ事故と異なり、人口密集地域における放射能汚染であり、現在も居住・生活・営農を続けながら復旧・復興をするという世界に類を見ない事故となっている。
原発事故から10カ月が経過したが、放射能汚染問題は収束のめどが立たない。国は除染プロジェクトを推進するとしているが、そもそも全農地の放射能汚染状況を調査していない。放射能汚染マップなしに計画的な除染は進まないし、復興計画も立てられない。現地は塩漬けのまま放置される結果となる。稲わら、肉用牛の問題など次々に汚染状況が表面化する。
これに対応して、米だけは調査地点、サンプル数を増やすなど収穫直前になって対応方向を変えてきたが、周知のとおり規制値を超える米が多数検出され、さらに深刻な状況に陥っている。サンプル調査段階での安全宣言を出す前に、体系立てた調査・検査体制が必要である。
◆「賠償」と「損害」を分け、真の状況把握が急務
現在の福島県農業の問題は、第1に、規制値を超える品目が毎月のように検出されるため、風評問題が全く終息しないことである。4・5月は野菜類、6月は牧草、7月は稲わら、8月は肉用牛、9月はキノコ類、11月以降は主力品目の米と毎月のように報道される状況である。第2に、風評の問題は農業から観光、暮らし・生活の問題に波及しており、福島県からの大幅な人口流出が懸念される状況となっている。
何故放射能汚染問題は終息しないのか。大きく以下の2点が指摘できる。
第1に、現状分析・調査モニタリング不足である。文科省が公表している放射能汚染マップは2kmメッシュの空間線量により360地点の土壌分析結果をマップ化したものである。しかし、現実の農村では、田んぼ、畑一枚ごとに放射性物質の含有量が異なる。概ね同じであれば対処ができるが、筆者が関わっている某集落で独自に行った全農地土壌分析調査結果では、同じ地区の田んぼの土壌分析結果で10倍近い開きがあった。つまり田んぼ一枚ごとの全農地を対象とした放射能汚染マップの作成が必要なのである。
では、何故詳細な汚染マップを作成しないのか。これには幾つかの問題がある。
1つは、検査機器の不足である。2011年12月現在で、福島県には福島県農業総合研究センターに10台、福島大学に2台、民間検査機関に数台のゲルマニウム半導体検出器が導入されている。それでも検査精度を上げるには、検査時間の確保が必要であり、検査できる検体は限られる。出荷前農産物の検査が優先されるため土壌分析にまで手が回らないのが現状である。
2つ目の理由は、簡易ベクレルモニターで土壌汚染度を簡易測定するという方法があるが、検査精度の問題を専門家が指摘しているため、公的には実施されていない状況にある。
3つ目の理由は、土壌汚染マップの作成は損害賠償請求の問題に直結するため、二の足を踏んでいるのではないかと「推測」される点である。このうち、最後の理由に関しては、「賠償」と現実の「損害」を分けて考える必要がある。国民の食料の問題、健康の問題を考えれば、真の損害状況を早急に調査する必要がある。農地のみならず、海洋汚染、森林汚染についても同様であるといえる。
◆田んぼ一枚ごとに土壌分析
このような現状に対し表1のような、4段階に体系立てた安全検査が必要である。第1段階は、田んぼ一枚ごとの土壌分析と全農地の放射能汚染マップの作成である。簡易測定でも構わないので、各集落ごとに田んぼ・畑一枚ごとの汚染マップを作成することが必要である。これにより汚染度合いに応じた対応が可能になる。例えば、高濃度であれば作付制限、中濃度であれば除染、低濃度であれば除染作物の作付など、被害状況に応じて対応策を講じることが出来る。
第2段階は、作物の予備検査から放射性物質の移行率を測定することである。現在の検査では土壌汚染度を測定していないため移行率を計れない。地域、作物の品種、地質、地目によって移行率は異なる可能性がある。ただ予備検査を行い出荷制限を判断する段階から次年度以降のためにデータ収集を行うことが必要である。今後も同じ混乱を続けることは避けなければならない。
第3段階は、現行実施されている出荷前検査の充実である。福島県は独自にサンプル数を増やし、徹底した調査を行う体制を目指している。問題は県独自という点にある。放射能汚染は福島県のみに留まっていない。にも関わらず、国の明確な指針がないため、地域ごとに検査の精度が異なっているのが現状である。福島県のND(Not Detected:検出限界)は10ベクレル以下であるが、この基準は地域・検査体制によってまちまちである。このような現状が風評、不安感の原因となっている。
第4段階は、消費地における購買時点検査体制の構築である、全品検査は難しいとしても、例えば直売所、公民館単位にベクレルモニターを1台配備するなどという対策が将来的には必要となる。このような体系立てた検査体制の確立により、復興・再生計画の策定・実践が可能となる。
現在、各農家、各地域、各企業独自に検査をする動きがある。しかし、検査機器、方法は各自バラバラである。統一の検査マニュアルの作成と検査基準の設定が必要である。また、生産段階の検査だけでは不足であり、流通段階との連携が必要であるといえる。
◆安全検査体制を組み込んだ協同組合間協同が必要
筆者はこれまで放射能汚染地域である福島県において、農村・農協調査研究、産地形成、農産物流通に関する研究を行ってきた。調査地域は、計画的避難地域である飯館村、葛尾村、南相馬市、田村市と一部出荷規制地域である中通り・伊達市、会津地域など福島県全域と宮城県南部など広範に及ぶ。特に近年は、産地ブランド形成に関わる地産地消、6次産業化に関して、福島県を対象とした実証研究を行ってきた。
今回の原発事故によりこれらの地域は多大な被害を被るとともに復旧・復興の目途すら立たない状況に追い込まれている。福島県においては、体系立てた損害調査が行われておらず、いわゆる「風評被害」の問題も解決のめどが立っていない。その根源的な原因は全農地を対象とした放射性物質汚染マップの作成が実施されていない点にある。汚染マップをベースとした安全検査体制の構築とそれに対応した流通システムの形成が求められている。また汚染マップの作成は損害構造の解明に必要不可欠である。
放射能汚染の問題を生産者対消費者の問題に矮小化することがあってはならない。風評被害という言葉では、被害者は生産者であり、加害者は消費者ということになる。いまだに暫定規制値のままの基準と穴だらけのサンプル調査に、消費者だけでなく生産者も不安を感じている。突然の原発事故・放射能汚染で本年の営農計画を断絶された生産者は完全な被害者であり、その後の対策における不作為により翻弄されている消費者も被害者である。風評問題の原因は、安全検査の信頼性の欠如(サンプルの精度)、安全基準根拠の不明確性にある。その根源的問題は農地の汚染マップが作成されない中でのサンプル調査である点にある。
◆消費者が関わる安全検査のモデルづくり
このような中で、2011年現在、二本松市旧東和町、伊達市霊山小国地区(特定避難勧奨地点を含む)の2地域を対象に、地域主体による全農地放射能汚染マップ作成を共同で実施している。この汚染マップ作成モデル事業を通して、緊急的復興課題としての「風評被害」対策([1]全農地汚染マップ、[2]農地・品目移行率、[3]出荷前本検査、[4]消費地検査の4段階検査体制とその普及)と中長期的復興解題として損害構造([1] ―:域内生産物、[2] トック:域内総資本、[3]社会関係資本)の解明を行い、他地域への普及モデルを作成する必要がある。
そこで重要なのが、福島県内各協同組合組織が加盟する福島大学協同組合ネットワーク研究所とともに福島県生協連、福島県内17JA及び全農福島を横断する協同組合間協同モデル内で4段階安全検査体制を組み込んだ産消提携モデルを構築することである。
とくに安全検査に消費者自身が関わる体制づくりと認証制度の構築は必須課題であるといえる。4段階安全検査と生産・流通モデルを協同組合間協同事業として設計し、緊急時のリスクに対応した域内フードシステムと地域間システムの構築に関する理論を解明することが急がれる。
【略歴】
(こやま・りょうた)
1974年東京都生まれ。97年北海道大学農学部卒、2002年北海道大学大学院農学研究科博士課程修了。同年、博士(農学)学位取得。05年より福島大学経済経営学類准教授。現在に至る。うつくしまふくしま未来支援センター産業復興担当マネージャー。福島県米需給情報検討会議会長。日本協同組合学会常任理事。専門は農業経済学、地域政策論、協同組合学。