特集

2012年新年特集号 「地域と命と暮らしを守るために」
もう一度考えよう! この国のかたちを

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日韓ともに新たな社会発展モデルを  日本農業新聞・金 哲洙

・強行採決への怒り
・FTAは1%の富裕層のため
・怒りの理由 ―若者の高失業率
・与党の崩壊、政権交代の危機
・野党、廃止を選挙公約に
・農業の「5大毒素条項」
・コメ、関税化の可能性も
・「99%」の幸せをこそ

 韓国では、韓米FTA(米国と韓国の自由貿易協定)の反対集会が長期化している。与党・ハンナラ党が国会で、米韓FTAを強行採決した11月22日から1カ月、全国各地でほぼ毎日のように反対集会が行われている。農業界や医療界だけではなく、若者を中心とする格差社会への不満が背景にある。4月の総選挙を控え野党も、「韓米FTA廃止」を公約に掲げ、韓米FTA無効運動を後押ししている。昨年末、その現場を追った。

韓米FTA反対集会の意義
―経済優先の格差社会に警鐘―


◆強行採決への怒り


 韓米FTA批准をめぐる国会本会議は本来、11月24日を予定していた。農業者や労働者でつくる韓米FTA阻止汎国民運動本部(阻止本部)もその日程に合わせ、大規模集会を計画した。しかし、与党のハンナラ党は、国会本会議を前倒しし22日、強行採決に臨んだ。民主党などの野党40数人の議員が、会議進行を防ごうとし、催涙弾騒ぎもあったものの、議員295人中、与党の170人が参加し、賛成151人で批准された。野党・民主党の孫鶴圭(ソン・ハクキュ)代表は同日、記者会見を開き「韓米FTAは無効と宣言する。無効闘争に突入する」と怒った。
 翌日、野党5党と阻止本部は緊急会合を開き、韓米FTAの破棄を目指す「無効闘争」の方針を固め、政党演説を兼ねた集会を行った。午後6時ごろ、警官隊が取り囲んでいる中、ソウル市庁前で、野党議員の演説を皮切りに、「韓米FTA無効」集会が始まった。
 国会で催涙弾を投げた民主労働党の金先東(キム・ソントン)議員が壇上に上がる際には、長らく拍手が続いた。金議員の「FTAを破棄しよう」との呼び掛けには、参加者が一斉にろうそくを掲げて「廃止しよう、廃止しよう」と応えた。議員演説後には任意発言時間を設け、労働者や大学生、高校生が発言した。高校2年の女子生徒は、マイクを握り「私たちの未来を米国に売り渡さないでほしい」と訴えた。集会は、午後8時半くらいまで続き、それからデモ行進に変わった。興奮した集会参加者は、警察官が「不法デモだ。即座に解散しろ」と放送しても、「(韓米FTA)批准無効、明博(イ・ミョンバク大統領)退陣」を訴えながら、デモ行進を継続した。警察は、水車を出動し、デモ隊の進路を遮り、デモ隊の解散を繰り返し促した。

 

◆FTAは1%の富裕層のため


 しかし、デモ隊は、一層激しい口調で、与党や現政権を批判した。対峙して30分程度、警察は、デモ隊に水を発射した。マイナス気温で、正常にカメラを構えることさえ難しいなか、デモ隊は依然とプラカードを掲げ、韓米FTAの批准無効を叫んだ。午後10時過ぎまで、20数人が警察に連行され、デモ隊は、強行に解散された。
 24日には、全国各地の農家や労働者がソウルに集まり、韓米FTA廃止運動をさらに盛り上げた。全羅北道の30人の農家と共に集会に参加した米農家の趙在雄(ゾ・ゼウン)氏(63)は「与党ハンナラ党の一方的な韓米FTA批准に強い怒りを感じる。怒りで、とても家にはいられなかった」と話した。昨年の口蹄(こうてい)疫で畜産が大打撃を受けた慶尚北道安東からも多くの農民が参加し、農家の尹昌(ユン・チャン)氏(68)は「韓米FTA廃止を訴えること以上に重要なことはない」と、怒りをあらわにした。
 同日の集会も解散後、デモ行進に変わり、ソウル中心部の交通は1時間半くらいマヒした。デモは、ますますエスカレートした。26日の4000人が参加した全羅南道デモでは、全国農民会総連盟の魏闘煥(ユィ・トファン)事務総長らの20数人の農民代表が、血で「韓米FTA廃止」と書いた布を掲げ、「韓米FTAで農業は壊滅する」と訴えた。
 30日には、全国で同時多発的に10万人規模の集会が開かれた。ソウル汝義島(ヨイド)会場では若者を中心に5万人が参加した。会場には、151人の韓米FTA賛成議員の顔写真を拡大した紙を貼り、参加者がそれを踏み渡るようにした。参加者の30代男性は「これまでFTAは自分とは全く関係ないと思った。しかし、今は違う。FTAは1%の富裕層のためであり、99%の貧困層を生む。絶対に廃止しなくてはならないと思った」と話した。

「韓米FTA無効」「李明博退陣」「韓米FTAは農業崩壊宣言だ」などのプラカードを手に、韓米FTA廃止を訴えるデモ隊

(写真)
「韓米FTA無効」「李明博退陣」「韓米FTAは農業崩壊宣言だ」などのプラカードを手に、韓米FTA廃止を訴えるデモ隊

 

◆怒りの理由 ―若者の高失業率


 自由貿易、経済優先の韓国発展は、農村地域の疲弊を生み出すだけではなく、貧富格差を拡大し、非正規雇用を増やした。1997年のアジア通貨危機をきっかけに、労働法規制が緩和され、2割弱だった非正規雇用は、55%まで高まった。若者の失業率も8%と、全世代平均の2倍以上となった。特に、大学卒業生10人中9人が放浪状態となっているのが実態だ。そのため、韓米FTA廃止デモには、若者の参加が目立った。韓米FTAの世論調査がそれを裏付ける。
デモ行進を防ぐため「警察」と書かれた水車で、道路を封鎖した警察 12月10日、韓国の韓米FTA推進媒体といわれる大手「朝鮮日報」によると、全国の20〜40代の500人を対象に携帯電話で調査したところ、「韓米FTAによって韓国が米国の経済植民地になるか」の質問に対し、49%が「そうだ」と答えた。とくに20代では51.9%、30代では51.3%が「そうだ」と答え、米国の経済植民地化に危惧を抱えている若者が多いことが分かった。
 韓国の社会動向研究所が11月24日、与党が韓米FTAを強行批准したことを受け、全国の成人1055人に電話調査したところ、「強行批准は誤りだ」(50.8%)が「やむを得ない」(40.9%)を上回った。批准を採決する時期も「後で処理すべきだ」(57.5%)が「今処理すべきだ」(37.7%)を大きく引き離した。
 また、韓米FTA推進メディアの大手「東亜日報」の委託調査でも同様の傾向が出た。11月22日、23日の2日間、電話調査したところ、強行批准に対し20代は「否定」(60.6%)が「肯定」(31.2%)の2倍となった。30代は「否定」47.5%で「肯定」34.3%、40代も「否定」(47.8%)が「肯定」(41.6%)を上回り、若者ほど強行批准に否定的なことが明らかになった。

(写真)
デモ行進を防ぐため「警察」と書かれた水車で、道路を封鎖した警察

 

◆与党の崩壊、政権交代の危機


 韓米FTA廃止運動の広がりに伴い、与党は、崩壊の危機に追い込まれた。12月7日、ハンナラ党の最高委員の3人が同時に辞任したことが最初のショックとなった。現地報道によると、辞任を表明したうちの1人で韓米FTAを積極的に進めた国会通商委員会の南景弼(ナム・キョンピル)委員長は、「国民の警告に対処できていなかったわが党と李明博政権は国民から非難されるだろう」と心境を語った。
 12月12日、韓国外交通商部のFTA交渉代表の崔晳泳(チェ・ソクヨン)氏は、「(韓米FTAの)来年1月1日の発効は難しくなった。米国側の法律検討作業や年末年始の休日などがあるためだ。ただ、発効するのは、そんなに遅くならないだろう」と事実上、来年1月1日の発効が不可能になったことを認めた。韓米FTAの早期発効に強気だった韓国外交通商部の通商交渉本部の金宗【つちへん+燻】(キム・ゾンフン)本部長も「遅くとも来年2月には発効したい」と弱気になった。政府は、あくまで米国の事情で遅れていると説明するが、阻止本部は「運動の影響、来年の総選挙への影響などがある」とみる。

 

◆野党、廃止を選挙公約に


米韓FTA廃止集会の会場に地べたに貼った151人の米韓FTA賛成議員の顔写真 一方、来年4月11日の総選挙、12月19日の大統領選挙を控え、野党は、「韓米FTA廃止」を総選挙の公約に掲げ、与党と現政権に対する批判を強めている。
 最大野党の民主党は11月25日、韓米FTA無効化闘争委員会を立ち上げ、徹底的に与党を叩く姿勢をとった。同日夕方、委員長の鄭東泳(ジョン・トンヨン)氏に闘争方針等を聞いた。氏は、「韓米FTAは明らかに不平等条約だ」と怒りを抑えながら口火を切った。 米国にとって韓米FTAは単なる行政措置でも、韓国にとっては憲法6条(国際条約は国内法と同じ効力を持つ)に基づくもので、韓米FTAは自由貿易協定ではなく、韓米経済統合協定、韓米市場統合協定だと説明した。最後に氏は「韓米FTAは終わっていない。20〜40代で反対が増えている。国民は韓米FTA廃止、李明博大統領の退陣を求めている。韓米FTA廃止を公約に、来年総選挙の勝利に向けて闘争運動を進めたい」と付け加えた。

(写真)
米韓FTA廃止集会の会場に地べたに貼った151人の米韓FTA賛成議員の顔写真

 

◆農業の「5大毒素条項」


 韓米FTAに「5大毒素条項」が含まれていると指摘したのは、通商条例に詳しい弁護士の宋基昊(ソン・キホ)氏。ソウル大学を卒業し、農業法、食品法、国際取引通商法の弁護が専門だ。現在は、国際通商条約における新法律が憲法に反するかどうかをチェックし、憲法側に立って弁護することも担当している。そのため、各国とのFTA条約に非常に詳しく、いち早く韓米FTAの投資者・国家間訴訟制度(ISD)を問題視し、大きな波紋を広げた。昼食をはさみ、氏に「5大毒素条項」について聞いた。その内容は、下記の通りだ。
 1つは「特別緊急輸入制限措置(SSG=セーフカード)」の無力化だ。世界貿易機関(WTO)は、外国産農産物の輸入急増から国内農業を保護するためSSGを設けている。しかし、韓米FTAにあるのは、SSGより品目が少なく、運用も難しい「農業緊急輸入制限措置(ASG)」だ。輸入制限を発動できる基準はSSGより厳しく、国内農業を守る効果が小さい。さらに発効16年目以降、ASGは廃止される。それ以降に関しては、工業製品に適用する緊急輸入措置(SG)を利用するが、同じ農産物に対し「1回を超えて使用してはならない」となっている。しかし、米国には、韓国産自動車が輸入急増した場合の「1回使用」の制限がない。つまり、複数回発動が可能となっている。
 2つ目は関税の撤廃問題だ。韓国の平均関税率は55%だが、韓米FTAではこれがなくなる。韓国はWTO(世界貿易機関)に加盟する際、輸入を認める代価として55%の関税率で保護することとなっている。その中には、農業も含んでおり、米国を含む各国から保障されている関税率だ。金泳三(キム・ヨンサム)政府が1994年、農民に対して韓国がWTOに加盟しても農業衝撃を緩和する装置を作った、と宣伝したのがこれだ。しかし、韓米FTAでは、これがなくなる。

 

◆コメ、関税化の可能性も


 3つ目は、米国式の遺伝子組み換え(GM)食品に関する基準を韓国に押し付けること。韓米は2007年4月、FTA妥結直前に「農業生命工学了解覚書」を結んでしまった。韓国のGM食品表示の法律や規制は、米国の理解が得られるものでなければいけないという内容だ。
 また、新たなGM作物が出現しても、その作物が既存のGM作物と「慣行的な交配」で生産した「次代交配種」の場合、その新GM作物による人間や動物、健康に関する危険性を評価することが出来なくなっている。そのため、消費者が求めるGM食品表示の強化も不可能になるだろう。
 4つ目は、米を関税化する可能性があることだ。韓米FTAは米を除外したといわれている。しかしウィキリークスによると、駐韓国の前米国大使(廬武鉉政権時)の外交文書では米の関税化について再協議するとしている。つまり、韓国で米国産米の輸入が増えるのは時間の問題だ。
 5つ目は、韓米FTAを締結しても米国が補助金農業などを変えない点だ。米国の農業補助金制度は何の是正もされず、米国が将来、食品輸出を規制した場合に備えた対策もない。しかし、韓国は、韓米FTAがいつ発効するかに関係なく、豚の冷凍首肉やカルビは2016年1月1日に25%の関税を撤廃することとなっている。

 

◆「99%」の幸せをこそ


 国連は2011年10月31日、世界に70億人目の子供がインド北部で生まれたと報告した。人口増加に伴い、限られた農地、限られた資源は、ますます逼迫し、経済成長を優先とした大量生産、大量消費、大量廃棄による社会発展は、もはや飢餓人口の増加や環境破壊、格差問題を一層加速化する。それに対する反発運動も、ますます世界規模で広がっている。米国の「ウォール街を占拠せよ」、ニュージーランドの「オークランドを占拠せよ」、韓国の「韓米FTA廃止運動」…等々。こういった運動は今後も拡大するだろう。
 その中で、未曾有の「3.11」を経験した日本。今こそ、経済成長を優先した社会発展モデルを修正する良いチャンスだ。1%のためのFTAやTPPではなく、99%の幸せを目指した社会をどう構築するか。NPO法人「環境文明21」の代表で環境学者の加藤三郎氏の言葉を借りると「経済文明を発展動力とした20世紀の社会モデルは、もう終わった。21世紀は、環境文明を発展動力とする社会モデルを作らなければいけない」。
 平たく言えば、自然環境、人間関係と文化土台が調和した環境文明を追求する社会モデルこそ、われわれが追求すべき未来ではないだろうか。

 

(2012.01.18)