協同組合の力が社会と人間を守る
この国の幸せのために広範な運動を
「99%」の側に立つ協同組合の価値観を全面に
◆物言えぬ社会から「二極化」が進んだ
堤 9.11がこの流れを加速させました。私はあの瞬間隣のビルにいましたが、あの悲惨な事件によって国民は一気に恐怖に支配され思考停止に陥ったのをよく覚えています。
国民が災害や戦争、クーデターなどでパニックになっている間に過激な政策を導入するやり方、「ショックドクトリン」と呼ばれる手法を使ったのが、当時のブッシュ政権でした。まずはじめは監視社会化を強める「愛国者法」、これは日本の治安維持法と同じ内容で、当局による監視体制、それを合法化したものです。
それによってまずは自由に意見が言えないようにしておき、そのうえで規制緩和を加速させる。
対テロ戦争で軍事費が跳ね上がったことを理由に社会保障予算を大幅に削減し、その分民営化を拡大したのです。
その結果この10年で、大企業、特にグローバル資本の収入は上昇したものの、低賃金の非正規社員と家計支出が増えた正社員が極度の生活苦に陥るという「1%vs99%」の二極化社会が急激に進んでしまった。
◆バッシングで世論形成 人々を分断し貧困大国化
堤 愛国者法の次に出てきたのが「落ちこぼれゼロ法」という法律で、これは利益至上主義の価値観を教育に導入したものです。短期間でテストの点数をあげられなければ生徒も教師も切り捨てる、特に教員の厳罰化を進め、多くの教職員組合が解体されてゆきました。
実は橋下徹大阪市長が導入しようとしている「教育基本条例」とこの「落ちこぼれゼロ法」の内容は同じです。教育基本条例支持者はTPP推進派と一致するでしょう。橋下氏は教職員組合や文科省をバッシングしていますが、米国でも同じ状況でした。過度に身分保障された教師たちが米国の公教育荒廃の元凶だというキャンペーンを張った。テレビ脳になっている親たちは「変化」「革命」といった耳触りのいいスローガンにすぐ騙される。私たちはこんな苦しい生活をしているのに教師はすごく恵まれている、おかしい、と考えるようになっていく。親と教師と生徒が分断されることで、連帯がしにくくなってゆき、グローバル経済にとってより効率の良い状況に変わりました。
教師をしめつければしわ寄せは子供たちに向かいます。点数至上主義の教育市場化で切り捨てられた低所得層の子供たちは軍に入隊し、中流の子供たちは予算削減で高騰した学費で借金漬けになります。
戦争も学資ローンもグローバル企業のビジネスチャンスになっているという構図です。非正規、正社員ときて、次にきたのが公務員バッシングで、財源がないことを理由に今どんどん自治体が民営化されています。
つまりこの数十年で加速したこうした一連の流れがアメリカを貧困大国化し、その矛盾が吹き出したのが昨年の100万人公務員デモとウォール街デモの2つだったということです。アメリカ市民にとって、TPPはこの延長線上にあるのです。
ウォール街デモの参加者にTPPのことを聞くと、2つの反応が返ってきます。
1つはTPPなんて知らないという人たち。結構な知識人がそうですし、日本通の大学教授が知らない、と言う。
ところが若者は知っているんです。なぜ知っているのか? と聞くと、自分たちの反対している価値観そのものじゃないかと。99%の犠牲の上に1%が豊かになるしくみを支えるのはもうごめんだと。
労働者や組合もTPPに反対です。自由貿易を進め規制緩和を拡大すれば仕事はさらになくなり、儲かるのはグローバル企業だけだと身をもって知っているからです。失業率が非常に高いミシガンのある労働者は私に言いました。「米国内のTPP推進企業の顔ぶれを見ると、国内で労働者や第一次産業を搾取してきたグローバル企業ばかりだ」と。
ここ数十年の米国、特に9.11以降の十年をみていると、「グローバル化」「自由貿易」「情報統制」「規制緩和」など、TPPが象徴する価値観があちこちに見え隠れするのがわかります。
壊滅的な水害のあと、被災地を復興特区にして大資本のビジネスチャンスに変え、ついでに教育市場化の実験場にしたニューオーリンズのハリケーンカトリーナの例も、日本で去年12月に衆院を通過した復興特区法案と重なります。漁業の規制緩和をして外資が入れるようにするという宮城県の主張は、ニューオーリンズの復興ビジネスが花開いた時と同じだからです。米国市民から見たTPP問題は単に日米関係などというものをはるかに超えた、長い間米国を浸食してきた価値観だという事に気づかなければなりません。
「グローバル経済」が国民を幸福にするというレトリックと現実の乖離に、アメリカ国民は気づき始めている。ウォール街デモも教育も医療も雇用もTPPも、全て同じ線上にあるのです。
◆なぜ、新自由主義は「組合」を攻撃するのか?
田代 みなさんのお話を伺っていると、単なるTPPではなくて、今日のグローバリーゼーション、ポスト冷戦体制下のグローバリーゼーションの問題であるということですね。さらに補足があればお願いします。
中野 鈴木先生が指摘されたように、市場に任せ強いものが勝ちという経済でいいという新自由主義のイデオロギーが根本にあって、それが堤さんの話のように、公務員や教職員組合を既得権益だとバッシングしてきたという流れですね。
ここでおもしろいと言ってはなんですが、実は新自由主義的な人たちは必ず組合をターゲットにすることを指摘しておきたいと思います。これは組合発足の由来を見るとよく分かる。
組合というのは産業革命後、19世紀ぐらいから出てきます。これはカール・ポランニーが主著「大転換」のなかで語っていることですが、産業革命というものが社会をぶち壊して市場で人間を取引するようになった。あのころは児童労働の規制すらなく労働を商品として扱いはじめ、自然もどんどん破壊されていくということが起きてきたんですが、産業革命や市場がもたらすものが分かっておらず、経済学も古典派経済学で市場に全部任せればいいという考えでした。
しかし、それでは現実がめちゃくちゃになってきたので、組合をつくって人間や社会を守ろうという考え方が出てきたわけですね。たとえばロバート・オーエンです。つまり、そもそも組合の成り立ちとは市場が人間や自然を破壊するのでそれを阻止するために出てきたということです。
だとすると市場原理主義者がなぜそれを既得権や利権などと呼ぶかといえば、市場に任せておけばいちばん強い者に富が行くはずなのにそれを阻止しているからです。本当は強いもののところに行くべき富を彼らが行かないように阻止をしている、それを既得権益と呼んでいるんですね。今回、TPPで農協がターゲットになったのも米国で公務員や教職員組合がターゲットになったのも、彼ら市場原理主義者が理想とするお金という価値だけで人や物や自然が取引される夢のような世界を阻止しているから、組合が気に入らないわけです。
しかし、組合は団結して市場原理だけで動かないように人間や社会を守ります。そのため当然、政治力とも結びつきます。そうするとこれを破壊するにはもっと強烈な力がいるということになる。
◆民主主義の質が問われている
中野 その力には2つあります。1つは自然災害。これは先ほども話題になったナオミ・クラインのショック・ドクトリン、災害便乗型資本主義という話ですね。まさに自然災害やさらに恐慌、戦争、こういったものを組合組織の強固な団結力を上回るパワーとする。
もう1つは全体主義です。橋下徹もそうだし、小泉純一郎もそうですが、全体主義的な力でぶち壊す。これに使われるのがマスメディアです。
ただ、ここで1つ矛盾があるのは、先ほど民意を踏みにじっているとの指摘がありましたが、正確に言うと議会制民主主義を踏みにじっているということですね。議会も組合と同じで、議会という団体です。一方、橋下徹は直接投票で選ばれていますが、あのようなワーッとした一方的な流れが生まれてしまいます。しかし、議会は常にそこで議論して考えるので一方的な議論に流れることを防ぐ。
だから橋下徹も議会を敵視したわけです。名古屋の河村市長もそうですね。全体主義的な人というのは必ず議会を敵視する。今回のTPPでも議会はTPP交渉参加表明にノーと言ったんですが、それが踏みにじられた。しかし、議会制民主主義を踏みにじるのは、直接的な大衆民主主義、マスメディアに煽られた民主主義だということです
だから質のいい議会制民主主義と、直接的な世論誘導型の質の悪い民主主義、こういう構図になっていてTPPではそれが如実に出たと思います。
田代 民主主義といっても討議民主主義といいますか、公共性を求めるような民主主義でないとやはりおかしなところに行ってしまうということですね。
(写真)
大震災からの復興と農業の復権がこの国の最優先だ
◆議論の「嘘」を見抜き明確な反論を
田代 では、ここからは2012年には何が求められているかについて伺っていきたいと思います。最初に鈴木先生からお願いします。
鈴木 TPP参加への流れをつくるために見え透いた嘘がたくさんつかれている。それをきちんと、ここが嘘なんだということをみんなが把握して対処することが大事だと思います。
たとえば農業がゼロ関税では立ちゆかないというのなら、差額補てんをするから大丈夫だと言う。しかし、少し計算しただけでも今の農業予算の2倍の4兆円もかかることが分かります。消費税をなんとか2%上げるからこれをやりましょうといってもできるような額ではない。だからゼロ関税と自給率向上はどうやっても両立できないという結論になるわけですが、何とかするから、と言ったりする。
それから日本の米はおいしいのだから必ず買いますという主張もある。しかし、いちばん最初にカリフォルニア米でおにぎりをつくって商売しそうな経済人がそれを言うわけです(笑)。かと思えば、カリフォルニアは水不足だから米の生産量は絶対に増えないと言う。しかし、アーカンソーは水浸しでいくらでも日本向けの米をつくることができるのに、それを分かっていてそう言う。普段、ビジネスとはビジネスチャンスによって取り扱う量や品質は変わるものなんだ、と言っている人たちが、この議論になると、品質と量を絶対視するような、今まで言ってきたこととは逆のことを言う。こういうことがいっぱいある。
それから多国間だからTPP協定は緩やかになる、とも言う。ところが一方ではベトナムとの2国間協定では直接投資と金融、保険サービスの自由化が徹底できなかったので、今度はTPPで自由化を徹底して攻めまくれと言っている。多国間協定だから緩やかになると言っておきながら、一方では徹底すると言っている。しかもこの主張から分かるのは米国から日本は攻められて金融、保険などで国民が苦しくなっても、経営陣はベトナムを攻めて儲ければいいという論理だということです。まったく自分たちの利益だけです。しかもどこかでいじめられたらどこかでもっと弱い者をいじめればいいというようなことしか言っていません。
また、いろいろな懸案事項がどんどん今回の事前協議の段階で出てくるわけですが、それは当然、TPP参加のための入場料といいますか、念押しで言われているのに決まっているのに、政治家や外務省はこれは日米間の別問題だから、というような言い方をする。こういう見え透いた嘘をつく。
BSE問題がそうですね。これはもう規制緩和をすると言ってしまったわけです。食の安全を守るための基準なのにまだ交渉が始まる前から、こちらは何でもやります、といった姿勢がありありですが、そうではなくちょうど安全基準を見直す時期です、と説明する。こんな嘘ばかりで話を進めることはおかしい、眉唾だ、と国民がやはり見抜かなければなりません。
最終的には事前協議で出たきた問題に野田総理がイエスと言うかどうかです。
イエスと言ってしまえば、交渉参加は認められるが、その後、交渉の余地も途中で抜ける余地もなく、もうそこで事実上終わっているわけです。したがって逆にいえばこの数か月が非常に大事で、野田総理は世界に誇れる医療制度と自分が母親の背中で見た美しい農村は断固として守り抜くと言ったわけですから、これをふまえて事前協議でこれはできないとなればそこでやめる。この段階で何とか止めないといけない。
それから若者の支持も増えています。韓国でも韓米FTAの10万人デモが起きましたがほとんどが20代、30代の人たちで、それはネットを見て集まったということです。日本も本当に考えている若者たちを集める方法を考えないといけません。集会を開くことも大事ですが、それとは別に世論の集結をやらないと。ここまでやって、やはり負けました、ではすまない。どうしてもこれは止めないといけない。
覚悟を持ってそれぞれの立場でやっていかなければならないと思っています。
大切なことは政治全体から目を離さないこと
田代 2012年が後から振り返れば大きな歴史の転換点というか、屈折点にならないようにがんばらなければいけないと思います。ご指摘のようにいろいろな嘘があるので、それを1つ1つ明確にしていくことが大切だと思います。
では、堤さんお願いします。
堤 反TPPについて一つ気づく事は、非常に多くの人たちがこれをアメリカと言う一国家の枠でみていることです。TPPはアメリカの陰謀だ、推進派は親米だといった論調がまだまだ根強いのが気になります。狭いところで犯人を特定すればするほど、推進派から「陰謀史観に立っている」、「TPPお化けだ」、とかえってワンフレーズでやられてしまう。そして何より、米国の反TPPの人々とすら、連帯できなくなってしまう。
さっきも言いましたが、世界中で今起きているTPPへの反対は、そこに象徴される「グローバル経済」の目指すもの、規制を最小限にするために国家という枠を外し、人間を数やモノにし、企業利益が正義であるという「価値観」に対するアンチテーゼです。国家対国家の枠をとっくに越えてしまっている。そこをはっきりさせることが重要です。
ただ米国を見ていてまだ日本と違うと思うのは、米国はこの数十年でかなり制度自体が変わってしまったという部分です。制度を変えるのは法律ですが、とくにここ10年、米国国民は法律を変える政治の動きに無関心でした。
◆反TPPは反アメリカではない
堤 この問題は非常に大事です。例えばJAグループの中で、果たしてメンバー全員が今きちんと政治を見ているのかどうか。TPPは反対だけれども、今、国会で何が審議されているのか分かりません、というのではアメリカと同じようにやられてしまう危険が高いと思います。法律と言うのは一度変えられてしまうと翻すのはとても難しいのです。政治から目を離し、いつの間にか制度が変えられ、気付いた時には土台が崩されていた、となると、署名をどれだけ集めても何万人がデモをやっても間に合いません。
米国市民は9.11の後、政治から眼を離したわけですが、実はその後もう一回波があった。それはオバマが大統領選挙に出た4年前です。余りにもブッシュ政権下で戦争や貧困が拡大したから、政権交代というワンフレーズですごく高揚してしまい、ああもう大丈夫だと安心してしまったのです。日本でも同じでしたね。小泉政権がひどかったから、民主党になりさえすればうまくいくだろうと思った。政権交代と政権担当能力を切り離して考えず、やはり日本でも政権交代後に国民は政治から眼を離してしまった。二つの国を見ていると、運動が政治にきちんとリンクすることの重要性を本当に強く感じます。
(写真)
「ウォール街占拠」。米国市民にも広がる反TPP運動
◆1人1人が意識を高め周りに語っていく
堤 もしアメリカの十年から参考にするとすれば、これから運動を強めていく際に、たとえば農業者は反TPPの署名をするだけでなく、末端にいる1人1人が賛成派の官僚を論破できるぐらいの理解力を持つくらいの勢いが必要だと思います。TPPは農業だけではなく、食、教育、働き方、多国間の関係全部にまたがる思想、価値観なんだということを全員が徹底的に勉強し、農協幹部だけでなく末端にいる現場の人間も含めて、誰もが説明できるようにする。
1人1人の意識を高める事が、地道なようで実は早道ではないかと思います。
米国の反TPPグループも、まずは世界の事例を徹底的に調べています。NAFTAのほか米国が結んでいる他のFTAについてや、FTAに詳しい議員に直接話を聞きに行ったりしています。それからIMF(国際通貨基金)や世界銀行がこれまでにやってきたこと。これは何となく「第三国救済の赤十字」のようなイメージをもっている人がとても多いんですが、実はTPPと同じ価値観を押しつけることで、国内産業を破壊し格差を拡大してきた歴史があります。ここもつながっています。
過去のFTA、あるいはIMF、世銀の歴史、そしてTPPの未来、と過去から未来までを時系列でつなげてゆく。これが縦の軸ですね。
そしてもうひとつ横の軸は、世界の事例を調べることです。NAFTAでのカナダやメキシコの事例だけではなく、アフリカや南米で同じ価値観が何をもたらしてきたのか。反TPP運動をしている1人1人が、縦軸と横軸で徹底的に勉強していく。すると周りの人たちの理解も幅広くなってきますし、自分自身もニュースの見方が変わってくると思います。
JAで講演するたびに私はあえて医療や教育のことを話すんですが、それはJAの人たちにTPPがもたらす別分野への弊害について理解して語ってほしいからです。農業者が農業のことをいくら訴えても、推進派からすれば既得権益というネガティブイメージにはめやすく、世間もどこかで他人事だと受け止めてしまうでしょう。伝える側が当事者意識を持てるように、発信の仕方を工夫していくことが大切です。
そしてメディア。報道に関わる人たちの中にも、まだTPPについて分かっていない人が多いです。もちろん大手メディアは上のほうから推進論で報道しろといわれているのでしょうが、記者個人はただ知らないだけという人も少なくない。味方につけるべきでしょう。
その後は政治家。企業がマスコミに支配力を持ちすぎている今、政治家にとって私たちが思うほどデモや署名など怖くありません。一番怖いのは地元の有権者なのです。だからこそ反対のメッセージは農業を越えた全体像で訴えてゆく事で幅広く大衆を巻き込み、強い世論で圧力をかけていく。政治家を育てる意味は、彼らだけが法律を変えられるからです。そして官僚は政治家が騒いでも動かないでしょうが、基本的に法律の枠のなかで動く優秀な人達です。だからアメリカもそうなんですが、TPPの問題と言うのは国の未来にどう関わるかという問いなんですね。私たちはどんなに今失望していても決して政治をあきらめてはいけないのです。
戦後初の条約承認阻止を国民運動が重要に
田代 では中野先生お願いします。
中野 もちろん運動は不可欠で強化していかなければなりません。
しかし、私は客観的な分析として相当危ないと思います。民意を無視したというのはそのとおりだと思いますが、交渉参加表明を総理が民意を無視してやることは形式上はできる。なぜならば憲法73条第2項に外交関係の処理は内閣の専権事項だと書いてあるからです。地方議会の意見はもちろん聞く必要はないし国会の承認もいらない。
では民主的にどうやってコントロールすればいいかといえば、条約締結には国会の承認がいるので文句があるならそこで勝負してくれということなんですね。
しかし私の知る限り日本は戦後、政府が合意した条約を国会で承認しなかったという例はない。だから、そんなことはやったことがないのですが、最終的には国会での否決に勝負がかかってくることも考えなくてはなりません。
ところが、条約締結の承認は予算と同じで衆議院の議決だけでいいんです。一方、TPPが狙っているような医療制度を変える、共済を解体させるといったことを国内法改正でやろうとすれば衆議院と参議院の議決が必要で、衆参の議決が異なる場合は衆議院で3分の2の可決がなければ成立しません。そう簡単ではないということですね。
しかし、妙なことにTPPであれば、衆議院と参議院で議決が分かれたとしても、衆議院の議決だけで承認できてしまうわけですから、はるかにハードルが低いということになる。つまり、予算と同じ簡便な手続きで国内制度を簡単に変えさせることができるということです。今回TPPではそこを突かれたんですよ。
さらにもっと妙なことは日本の交渉参加表明は国会の議決は必要とせず政府が勝手にやっていいわけですが、日本の交渉参加には米国議会の承認が必要だということです。だから、日本の交渉参加という同じ事実について日本の民主主義ではコントロール不可能なのに、米国の民主主義ではコントロールできるということです。
◆密室の交渉をどう打ち破るか
中野 さらにTPP推進派は交渉に参加しないから情報がとれないと言っていますが違います。交渉に参加したら交渉中の事項は外交機密としてこれまた国民に公表することはできないし、しない。向こうとの約束で公表できない。つまりどっちにしろ密室で行われる。
もし阻止しようと思ったら衆議院で条約を否決をしなければなりませんが、現行の国会の勢力では不可能です。それに政府の成案ができると米国をはじめとした国々との関係をもっと考慮しなくてはならず、おそらく今TPP反対と言っている政治家も、これを拒否すると米国との関係が悪くなりますよと脅しをかけられ腰砕けになる可能性もあります。むしろ推進派が狙ったのは米国の外圧を使って反対派の議員を腰砕けにするためです。
議会制民主主義を真剣に考える
中野 どうしてこういうことになってしまったのか……、そう思うのであれば、09年の総選挙で自分はどこに投票したのか胸に手を当てて考えてみるしかない。日本人は民主主義をなめすぎていると思います。つまり、1回ぐらい政権をとらせてダメだったらまた代えればいいなどというのはなめすぎだということです。
菅前総理は与党ですらすぐに降ろすことはできなかった。日本の総理大臣の権限はものすごく強い。大統領制ではないから弱いなどと言う人がいますが誰も総理を辞めさせられなかったじゃないですか。今回のTPPもそうです。本気でこれを推進しようとすると誰もそれを止められない。
ところが、外交や大災害で人が死ぬような事態のなかでの政治判断について、ダメだったらやりなおせばいいということにはならない。普天間が典型で、沖縄や米国とのこじれた関係は、もうやり直しはききませんし、震災で死んだ人の命はもう帰ってきません。政治ってそれだけ重いものなんですよ。
だから、1回やらせてみるか、などというふざけた判断をしてはいけなかったんです。リーマンショック後の世界が100年に一度の恐慌だと言われている危機的な状況で、海のものとも山のものともつかぬ政権を選んだ。その高い授業料を払うしかない。
もしこれを覆そうとするなら、多大な労力がかかる。非常に望みは薄いんですが、最後はやはり政治家にがんばってもらうこと、議会制民主主義を真剣に考えるということです。
日本人は政治家のことを馬鹿にし過ぎです。今回、TPP反対の立場でがんばっていたある民主党の政治家が言っていました。「私のもとに3000通のTPP反対がんばれというファックスを、メールをいただいた。私はその束を持って執行部と闘った、政治家は有権者からがんばれと言われると奮い立つんだ」と。そして、「だから何党でもいいから近くの議員事務所に行ってあなたの思いを伝えてください、応援してください」と。これは大事だなと思いました。したがって、国会議員、とりわけ衆議院議員ですが、いいかげんにしないと次の当選はないぞ、というぐらいの勢いで戦後初の国会の条約承認阻止をやるしかないと思います。
(写真)
声をあげ世論の集結を。写真は原発事故への抗議デモ
◆歴史と海外に改めて学ぼう
田代 非常に厳しい認識を持つべきだとの指摘でしたが、消費税引き上げとなるとTPPとともに国民の関心が高まると考えられ、総選挙もあり得るだろうとまさに一寸先は不明だということですから、有権者としてしっかりと判断をしなければならないということだと思います。
それでは冨士専務から、JAグループにとどまらない国民的な運動を高めていくために何をしていくべきかについてお話をいただけますか。
冨士 われわれも中間総括をして3月までの大枠の運動の方針を再確認しました。やはり国民運動をもっともっと盛り上げていくことが大事です。今は団体間の連携強化をやっていて、それはそれで重要ですが、団体には限界もある。たとえば日本生協連は態度保留ですね。その理由は職域生協があり、そこはTPP賛成だから、だということです。やはり団体間の連携には限界があるので、個々の人たちに接触していくことが大切で、そういう意味でいろいろなツール、新聞・テレビ以外のインターネットなどを通じた情報発信が大事だと思いますし、若者の気持ちをつかむ運動にしていくことが求められていると思っています。
そのためには情報収集です。今日も再三指摘されたように日本政府が情報を隠すのは当たり前という状況ですが、米国から情報が漏れてくるなど関係国からの情報収集も必要です。われわれも農業団体との付き合いがありますから、カナダやベトナムの農業団体を通じて情報収集しそれを発信していく。
それから指摘されたようにTPPの持っている価値観、思想をきちんと整理して伝えていく。それを1人1人が広報マンになるというか、個人レベルで説明能力を高めて広げていくという国民運動が大切です。
そして政治家対策です。TPP反対の請願紹介議員365名にもレベルはいろいろあって、絶対阻止だという議員からAPECでの参加表明は反対だという議員までいます。そこを結束してもらい情報を共有していくなかで衆議院でも過半数、参議院でも過半数をとれるような政治力の結集に取り組んでいくことが柱になっていくと考えています。
田代 今日のお話からはまだ闘いの時間はあるということです。しかし、相当手強く、中野先生の指摘のように今までの歴史になかったことをやらなければならないほどの問題だということです。私の世代は日米安保条約の衆院通過1か月後の自然成立という事態を思い出してしまいますが、あれだけの闘いをやってもあのような結果になったわけですから、相当にきちんとしたことができなければいけないということが強調されたと思います。
堤さんからは過去の事例、外国の事例に学ぶことの重要性が指摘されました。その点では韓米FTAがひとつの事例になると思います。それらを丹念に調べていく、現場を知るということだといます。
それから冨士専務が強調されたように、やはりJAグループだけの運動ではないのであって国民の生活それ自体が変わってしまう問題だということです。
同時にこれはやはり政治の問題であって、リアルに衆議院の過半数だけで条約の批准ができてしまうということを考え、TPP問題だけではなく、消費税、社会保障制度、大震災からの復興はどうなっていくのか、と1つ1つ政治を考えていかなければならないということでした。
まだ運動の時間はある、わけですが、今までとは違った取り組みが求められているということです。ありがとうございました。
(前編はこちらから)