◆野田政権の従属体質は異常
太田原 私はずっと農業経済学をやってきて、問題意識にはいつも日本農業の生産力や自給力があるため、自民党農政に対しては失望と反発を繰り返してきました。
だから民主党への政権交代にはかなり期待したのですが、それもTPP問題などで空しくなり、私自身が今までやってきたようなこともすべて否定されるのかといった気持ちで農協の人たちと一緒にTPP参加反対運動をやっています。
民主党政権の状況をどう理解したらよいのかずばりお聞かせ下さい。
森田 2007年の参議院選挙で民主党が圧勝した後“大連立”騒動が起きました。調べたところ、同党もまた従米体質において自民党政権と同じで、基本的に悪い点を訂正していく可能性は極めて低いと感じました。
沖縄の普天間基地問題は、これは鳩山由紀夫首相が「最低でも県外」という自分の主張を改めずに辞職すべきでした。ところが鳩山首相自身が自民党政権時代に決めた辺野古への基地移転を受け入れてしまった。
これによって民主党が持つ自民党以上の従米的体質が露呈しました。特に野田政権になってからはTPPについて、国民も国会も何も知らない間に、恐らく内閣さえも知らない中で、米国に受け入れの意向を伝え、いつ正式に受け入れを表明するか、発表の時期を選んでいるというとんでもない錯誤の状態をつくり出しています。
野田政権は米国のいうことなら何でも聞く、むしろ先手を打って米国の気に入ることをやるという政権になっています。これは異常すぎる事態です。
◆永遠の占領下に置かれて
森田 ここで1951年の日米安全保障条約の話になりますが、ポツダム宣言の12項目めには、日本に民主主義的な政権ができたら、すべての駐留軍は撤退するとあります。
米国はサンフランシスコ平和条約調印の時に、ポツダム宣言の約束をきちんと実行するべきでしたが、実際にはこの約束を守らず全く非合法に講和条約とセットで日米安保条約(第一次安保)を締結したのです。
調印直前の国会で、吉田茂首相は質問に対して「まだ何も決まっていない」と答弁して訪米しました。条約の草案発表、国会審議、全権大使の指名などといった手続きは一切抜きにされました。壮大なごまかしが行われたのです。
条約の中身を知っていたのは吉田首相のほかは一部の外務官僚だけだったでしょう。それなのにわが国の議会は、講和と安保がセットになった形で両条約を批准しました。
これにより、日本は国内に米軍基地を置かなければならず、米国の永遠の占領下に置かれるという体制がつくられました。
これら第一次安保条約の矛盾をごまかす目的もあって1960年に安保改訂がなされましたが、これは第一次安保のインチキ性にふたをしたのです。
日本は、ある時期まで経済的問題には日本独自で取り組もうという考え方でしたが、80年代のレーガン米大統領以後は経済を含め、すべてを米国が命ずる通りにやっていこうという行き方が日本の政治の主流派体制としてでき上がりました。
これに抵抗する官僚は米国政府や共和党から「あの官僚はけしからん」などと攻撃され、人事異動などで姿を消し、日本の自主交渉力は弱まりました。
私は、TPPはそうした対米従属の集大成ではないかと思っています。TPPの目的は日本の富を米国が自由に壟(ろう)断できるという状況をつくることになるのではないかと心配です。
太田原 私は1959年大学入学の60年安保世代です。今考えれば身体を張って安保体制に反対したのかなという自覚があり、当時はほとんどの国民が反対したように覚えています。
それがいつのまにか安保体制は戦前の天皇制と同じように第二の「国体」になっていると政治学者はいいます。また「政権交代にもかかわらず国体は護持された」といういい方もします。
私はTPPの悪影響が全国で一番大きいのは北海道じゃないかと思っています。農林水産業が専業体制であり、地域経済の中で、そのウエイトが大きいからです。
◆メディアの論調に変化
太田原 反対は最初、第一次産業だけでしたが、現在では医師会、消費者団体など43団体が「TPPを考える道民会議」というのをつくり、行政も知事をはじめ道議会、市町村など“オール北海道”で反対しています。
マスコミの論調は昨年1月に共同社説のように同じ論調でTPP参加推進を打ち出しましたが、今は世論も随分変わってきていると思います。
野田総理は6月のG20の席上、TPP参加を表明したかったけれど、先送りになってしまったといいます。これは国内での反対運動を反映していると思います。今後の見通しや条件についてはいかがですか。
森田 TPPを国会にかける場合、条約締結の形にした場合は、衆議院の批准だけでよいのですが、法律案とした場合は衆参両院を通らないと承認されません。しかし今の民主党では、法律として成立させることは困難です。
「例外なき関税撤廃」がいわれていますが、では例外はないのかというと、実際に交渉している人たちの中からは、コメを含めて全体の4%ほど(約10項目)は認めさせないと批准と立法化の見通しは立たないといった声が聞こえてきます。例外なき関税化などはじめから無理なことなのです。
最近の政治の現状はひどいものです。民主党政権と東京のメディア、経済界、中央官庁などはなんとなく、ひとかたまりになって日本の政治を引っ張っています。地方の人びとが「いまの政治はおかしい」と思うようになっているのは当然です。
とくに地方では農業団体の影響力が拡大していて、その主張に同調する人が増え、商工会などでもTPP反対の意見がだんだんと強くなっています。
◆TPPという名の毒薬
太田原 北海道の経済界は以前に拓殖銀行がつぶれるとか北海道開発庁の廃止などもあり、みな危機感を持って地域経済のあり方を勉強してきました。そうした中で、この国のかたちや、米国、財界、政権のトライアングルも見えてきました。
オール北海道ということで思い出すのは、商工会議所連合会が日豪のEPAに反対した時のことです。日商などが反対しなかったことに対して「経済団体の民主化が必要だ」と怒っている議員がいました。
会議所の会員は、地場に密着した商店街とか町工場の人たちですが、役員は多国籍企業のような大企業の人たちです。
森田 商工会議所の役員選出規定は会員の負担金に比例する票を持っています。結局、大企業が役員を取ることになってしまっています。会議所は基本的には地域経済のために存在する組織でありながら、役員たちは大企業から出ます。ここに会議所の二重性と矛盾があります。
私は若いころから、経済界のリーダーにインタビューをたくさんしましたが、当時の経営者の大半は最も大事な雇用の安定を経営理念と考えていました。
ところが80年代以後はそのような経営者が少なくなり、ここ10年ほどは自分や自分の企業が利益を得るためには容赦なくリストラで従業員を解雇し、海外への工場移転もやる経営者が増えました。日本の大企業経営者の堕落です。
私はそういう人たちのところへ行くと「あなた方は日本の経営者ですか」と問うています。
80年代以後、自由主義革命を推進する勢力はグローバリズムの旗を掲げて弱肉強食の市場経済を広げようとしてきました。日本も新自由主義革命の荒波を受け、大企業経営者の間に「自分さえよければ」の思想が広がりました。
彼らは日本国内の工場を閉鎖して海外に工場を建設し、企業だけの利益を求めて日本を離れます。率直にいうと日本人ではなくなるわけです。日本から出て行く人が、後に残る人に対し、毒薬であるTPPを飲みなさいなどという資格があるのかと私は問いかけています。また「あなた方は本当に日本人ですか」と批判しています。
◆経済団体の民主化図れ
太田原 法人税を下げなければ海外に本社を移すというような人たちは日本人とはいい難いですね。この人たちは国益を代表していません。代表しているのは地場資本、中小企業、農業など日本から逃げようのない人たちだと思います。
森田 大企業のリーダーたちは日本経団連を握り、政府の審議会の多くにポストを持って、あたかも日本国民のリーダーのような顔をしてえらそうに発言していますが、実は日本の資本主義はもう大企業資本主義ではなくなりつつあるのです。
大企業は円高や電力危機を理由に海外移転を進めております。日本国内の主導権は中堅企業に移り中堅企業が経済の担い手に変わってきています。
中堅企業は日本にしっかりした足場を持ち、雇用を守っていこうとしている上、経営者は法的には無限責任を負っています。命がけなんです。しかし大企業経営者はそんな責任を負いません。大多数はサラリーマン経営者です。
私はコスモポリタン化した経営者はもはや去るべきだと思いますし、そんな大企業経営者は日本商工会議所からは引退すべきだと思っています。
太田原 原発事故で東京電力の社長が責任を問われた時に経団連は全く動かなかった。やはり責任感を無くしているようです。さて経済では中堅企業への期待がありますが、政治的に期待できる点はどうでしょうか。
森田 民主党は根無し草になってしまいました。政権交代以来、地方選挙で連敗を重ねるなどして、組織の基礎が草の根から消滅しつつあるという状況です。
国会の議席数は大きいけれど、国民生活からは浮いてしまった宇宙船のような存在になってしまっているのです。
自民党のほうも地方議員が減って根無し草に近い状況になり、2大政党は形骸化して草の根の意見を代表できなくなっています。
両党が根を張るためには国民が求めていることをしゃにむに実行しないとだめですが、両党の政治家の能力は急速に衰退しています。
太田原 欧州の農業政策が手厚いのはイギリスで言えば保守党と労働党が政権交代を繰り返してきたからだと思います。資本家の党と労働組合の党が伯仲する時、決定権を握るのは中間層の農民票です。これを取り込むため二大政党がともに農業政策を手厚くしてきた、その結果が今日のEU農業になっていると私は見ています。
そこで日本の政権交代に期待したのですが、現実には民主党の崩れ方にがっかりしています。しかし農業への希望はまだ失っていません。
◆大規模経営は人減らし経営
森田 私はいま関西テレビの仕事をしています。このため関西を中心に全国各地を取材して回っていますが、今一番輝いているのは、ファーマーズマーケットです。朝は5〜6時ごろから農家の人たちが手作りの野菜や果物を並べています。多くのファーマーズマーケットを訪ねましたがどこも主婦層の買い物客でにぎわいます。
1つのモデルになった和歌山県の「めっけもん広場」(JA紀の里)は土日曜となると関西全体から客が来て活況を呈します。
商品を広場に出す手数料は15〜20%。あとは農家の毎月の現金収入となります。農家にも張り合いがあるため生産者の中には「夫婦で85歳くらいまでは働きたい」という人もいます。皆頑張っていいものをつくっています。何よりも品質の良さが評判です。
これに学んだのが福岡県の「伊都菜彩」(JA糸島)です。野菜・果物広場の展開は全国的に例を挙げればきりがありません。
広場がない所では道の駅の中にファーマーズマーケットを開設しています。農業生産の現場に近いところに拠点が生れつつあり、農業の重心が下に移ってきています。この流れは日本を救うのではないかと私は思っています。
太田原 政府は農業の大規模経営をいいますが、それは地域の人を減らすことになり、有機農業なんかもできません。TPPで米国は▽残留農薬の表示はいらない▽食品添加物の禁止を緩和せよ、などといっていますが、それは大規模農業が、化学肥料と農薬でしか作物を作れないという制約を持っているからです。
その点で日本農業は可能性を持っています。地球上で一番人口が増えているのはアジア・アフリカですから、この地域で食料を増産しないといけませんが、農業経営の規模は零細であり、また近代化や生産性向上や品質向上を迫られています。小規模農業の近代化の経験を持っているのは日本だけです。そのことを考えれば、日本農業をなくすことは人類の大損失だと思います。
森田 私は北海道産の「ゆめぴりか」というおコメを食べていますが、すばらしいです。「おぼろづき」という品種を勧める人もいます。とにかく北海道ではコメも野菜も果物も品種改良が非常に進んでいます。やはり農業の基本は手作りだと思います。
漁業にしても宮城県知事は「資本主義を持ち込みたい」といいますが、これは伝統や文化を知らない者のいうことです。愚かな考えです。
◆松下イズムはどこへ?
太田原 日本では縄文時代以前から沿岸漁民が資源を守ってきた伝統がありますが、米国の資本主義漁業は一網打尽の略奪漁業です。TPPは米国ルールの押し付けだから、資本主義漁業の導入は大変なことになります。
森田 宮城県知事は松下政経塾の出身ですが、私は80年代始めに塾(茅ヶ崎市)に取材に行き調べてみまして〈この学校はアメリカ政府のために働く者を養成するアメリカ製中野学校(注1)のようなものではないかと感じました。のちに問題を残すだろう〉と思いました。
今では国会議員の中に総理大臣まで含めて塾の出身者が何十人もおります。民主党がとくに多いのですが、自民党の中にも多くいて両党で協力し合っています。
教育内容は、自由主義、市場原理主義、弱肉強食主義の日本における推進で、非常に危ない人間を生産しています。伝統文化などの教育はしていませんでした。
太田原 松下幸之助さん自身は“報徳”の実践者ですが、どこでどう食い違ったのでしょう。
森田 パナソニックは最近、大量の人員整理を決めました。不況でも従業員解雇はしないとした松下イズムはどこへいった?というところです。
松下さんは後継者を育てることで失敗したのではないかと思います。だから松下イズムとは全く別のものが生れて、米国的弱肉強食主義の信奉者たちを育てているんだろうと思います。政経塾出身者の思想は「自分さえよければ主義」です。
太田原 そういう道は間違いなく日本を滅ぼしますね。
森田 日本の伝統や文化は古くて新しい時代に合わないから、これを変革していかないと日本は立ち行かなくなるという日本の伝統を軽視する論議は80年代から広がりました。
そういうことをいうのはたいていがフリードマンという米国の経済学者の弟子です。フリードマン(注2)は破壊者です。その論理を日本で実行すれば日本社会は崩壊してしまいます。
しかし東京の有名大学で経済学部の教授をしている人の多くは最近はほとんどが米国でPhD(学位)を取っており、フリードマンの弟子たちです。
◆広がった弱肉強食思想
太田原 TPPについては政治学者はかなり発言しますが、経済学者は反対論も賛成論も余りいわないという状況があります。大事な変革期に発言しないというのは知の退廃ではないかと、私は逆に危機感を持ちます。
森田 彼らは公共経済学とか政治経済学といった総合的な学問はやっていません。金融論などといった個別の学問分野にのみ取り組んでいます。
しかも“自分さえよければ主義”という間違った思想に取りつかれてしまっていますから損なことはやらないのです。
政治家にも損か得かで物事を判断する人が増えました。これは日本指導層の堕落だと思います。
太田原 最後に、森田さんの農協論をお聞かせ下さい。
森田 基本的にいえば農協支持です。農協は日本国民のために役に立っていると私は判断しています。
最近、農協が草の根ではじめていることはすごいことだと思います。ファーマーズマーケットについては、すでに話しましたが、社会に根付いてきています。社会の真の新鮮で安全な食料の供給源になっています。
どこの野菜も果物も非常に品質が高くなっています。こうした努力が花を開きつつあるのではないでしようか。その努力をみんなで評価し合い、経験を交流し合う方向に向かっています。農協の中央団体もそれを応援する姿勢であると思います。マスコミはこのような農協の地道な努力に目を向けるべきです。
注1:〈陸軍中野学校〉1938年に防諜研究所として新設。当初はスパイ技術養成機関だったが、太平洋戦争開戦後はゲリラ戦術教育機関に変わった。
注2:〈ミルトン・フリードマン〉米国のマクロ経済学者。マネタリズムを主唱。市場原理主義者たちのリーダー。1976年にノーベル経済学賞受賞。
対談を終えて
森田さんの評論は、かねてから核心をつく分析と正確な見通しで定評があり、私も大のファンでした。しばらくテレビでお目にかかっていなかったのですが、とてもお元気で安心しました。穏やかな紳士ですが、話が始まるや舌鋒火を噴く憂国の弁に魅了されました。 民主党は国民生活から浮き上がった宇宙船、松下政経塾はアメリカ版中野学校、コスモポリタン化した大企業経営者は日本人といえるかなど卓抜な警句を交えた快刀乱麻の発言に、このような人々がこの国を壟断していることへの怒りが込められていました。
一方でTPP参加反対運動への目配りも確かで、その影響力が日増しに拡大していることを周到に指摘されています。また農業や農協の草の根での確かな取り組みについて楽しそうに語られたのが印象的で、森田さんの目指すこの国のかたちの一端がみえたように思いました。ご多忙な中での限られた時間でしたが、とても充実したお話が聴けました。(太田原高昭)