大企業本位のグローバル化か、
地域特性を活かしたグローカル化か
◆持続可能な社会経済建設
東日本大震災・原発事故、タイの洪水被害、EUの金融危機など天変地異やグローバル経済問題など地球レベルでの予測不能な高リスク環境に遭遇する中で、いま求められている経済政策の目標は大企業本位のさらなる成長戦略ではなく、高リスク時代に対応できる国民生活向上のための持続可能な社会経済建設である。
その際の基本的観点は、エネルギーを含めて地域資源を可能な限り活用する地域内経済循環力を高めた個性豊かな地域経済づくりである。
(よしだ・けいいち)
昭和24年大阪市生まれ。55年同志社大学大学院商学研究科博士課程修了。東洋大学経済学部教授を経て、平成14年駒澤大学経済学部教授。
◆グローカル指向の産業振興
このタイプの国民経済の先例としては、中部ヨーロッパのドイツ、フランス、イタリア、スイスが存在している。日本と並ぶ工業大国のドイツでは、林業関連産業の対GDP比は自動車産業と同じく5%を占めており、機械工業をみても自動車のみならず林業関連機械や印刷機械・医療機械器具など多様な関連業種が地域特性を生かした形で、ローカル循環を基本とした中堅・中小企業によって担われている。また先進国間の二国間貿易で日本が赤字基調となっている国はフランス、イタリア、スイスである。これらの3国から日本が輸入しているものは繊維製品、皮革工芸品、雑貨、機械式時計、家具や飲料・食品・食材という在来型の一次産品や軽工業製品である。但し、それらは地域の資源と生活文化を活かした自国製の高級ブランド力を持つ品々であり、ローカル循環の質的高度化に競争力の根源を有する。徹底的にローカルの個性に特化することにより、グローバルに高い評価を受けるというグローカル指向の産業振興の道筋である。
熟成型の地域産業振興は、わが国のような成長指向の「記憶を消し去る街づくり」ではなく、地域資源を活かした地場産業、風俗習慣、伝統的な街並みや個性的なライフスタイルなどの地域生活文化を大切にした「記憶を重ねる街づくり」を底流としているので自然環境とも共生可能であり、豊かな地域コミュニティが継承・発展される経済基盤となる。
◆農林漁業と地場産業が主役
フランスやイタリア、ドイツなどで高い付加価値を有する衣食住を中心とした軽工業は数十年前までは日本でも主力産業であったが、高度経済成長期以降は衰退の一途をたどり、今日では輸入産業化している。かつては日本経済を支え続けた繊維産業ではユニクロ型のグローバル化戦略によるアジアへの生産移管の結果、繊維製品の輸入浸透率は95%(大部分は逆輸入)という驚くべき高水準である。木造住宅でも大手ハウスメーカーの使用する木材の8割は輸入外材であり、国民の命の糧である食料自給率は4割で先進国では断トツの低レベルである。
「欧米に追い付け、追い越せ」をスローガンとしたキャッチ・アップ時代の20世紀において経済政策の中心は重化学工業化に置かれ、農林漁業と軽工業は比較劣位産業として切り捨てられた。しかし一人当たりGDPで世界のトップクラスに位置する今日、フロント・ランナー型の経済構造を築くためには衣食住を基本にした第一次産業と軽工業を生活文化産業としてレベルアップさせ、“どこで造られたのか”に価値を有する経済基盤を創出するべきであり、その主役は農林漁業を含めた地域経済・地場産業である。
(写真)
農林水産業を主役に地域再生を
◆地域コミュニティーの再生
多国籍大企業の利害を中心に据えたグローバル循環型で成長指向の国づくりは、国民生活の犠牲の上に成り立つものである(下図)。いま求められているのは国民が生きがいを持てる幸せな国づくりの道筋である。その際のキーワードは、東日本大震災の復旧過程で改めて脚光を浴びた地域コミュニティの再生である。
地域再生の基本的観点は、(1)憲法25条で保障されている「健康で文化的な最低限度の生活」を営むことができる社会経済的土台づくりであり、(2)住民の地域定着を可能にする雇用の場を提供する農林漁業と地域密着型中小企業集積の拡充にある。地域資源を活かした中小企業・自営業者・農林漁業者を中心にした経済活動はそれぞれの地域固有の自然環境と共生可能な社会経済的空間を形づくる。その際に地元資源の活用の度合いと、それらの素材から加工・製品化さらには配送・販売の生産連関に関わる営業がどれだけ地域内で充足されるか(地域内経済循環力の度合い)によって、地域の内発的な発展力は左右される。
◆地域特性豊かな分権型国づくり
非キリスト教文化圏で唯一、豊かで幸せな国づくりに挑戦しうる可能性を有するのが日本であり、欧米文化とは質的に異なる文化的付加価値を有している日本は、十分に中部ヨーロッパの国々と対抗できる能力を持っている。それゆえ戦後の生産力の発展を基礎にしつつ持続可能で幸せな国民生活を確保する道筋は、地元資源を活用した地域単位での安定した営業と雇用を生み出す経済基盤の確立、すなわち地域経済循環力の再生・強化が求められねばならない。
いま日本は、少数の多国籍大企業のグローバル化戦略を土台にした貧困と格差を拡大する市場原理主義的国づくりの道か、それとも誰もが「この国に生まれて良かった」と実感できる豊かさと幸せづくりを土台にした地域特性豊かな分権型国づくりか、という岐路に立っている。
「平成の壊国」につながるTPPの問題点
◆日本は13の国・地域とEPAを締結
菅首相の「平成の開国」というキャッチフレーズに乗り、政府やマスコミは「TPPに入ってアジアの成長を取りこむ」「バスに乗り遅れると世界の孤児になる」と不安感をあおっているが、それは事実であろうか。
TPPは自由貿易協定(FTA)の拡大版であるが、二国間・多国間で関税を撤廃する協定であるFTAの場合はお互いの国の都合の悪い部分は除外しあい、相互にメリットが出る形で自由化できる。ちなみに日本は現在13の国・地域とFTAの拡大版である経済連携協定(EPA)を締結しており、その数はアメリカとほぼ同レベルであり、韓国を上回っており、菅首相が述べたような鎖国状態ではない。
◆TPPは平成の不平等条約
FTAに対してTPPの重大な問題点としては、(1)関税撤廃に関して一切の例外を認めないため、農業のみならず、これまでも安価な製品の輸入増に苦悩してきた多くの地場産業は壊滅的打撃を受けかねず、(2)非関税障壁の撤廃を含む原則100%開放なので経済面のみならず、行政・司法・立法面でもアメリカとの平準化の可能性がある。
また(3)TPPと同時に締結される予定の「労働協力に関する覚書」の内容次第では、労働政策を加盟国と合わせる必要が生じ、労働条件・雇用保険など日本人の労働環境・条件が激変する可能性があり、失業の増大、賃金切り下げによる内需基盤の弱体化が進むであろう。さらに(4)地方の中小企業にとって重要な官公需の海外企業への開放による地域内経済循環の破壊が懸念されるとともに(5)リフォーム助成や公契約条例などの自治体独自の地域中小企業向けの政策や低利融資などが自由競争・外資参入を制限する非関税障壁と見做される可能性がある。
加えて(6)混合診療の解禁による国民皆保険制度の改悪や保険分野の開放(相互扶助型の自主的な共済組織つぶし)が進み、(7)相互扶助による自主的な共済制度の撤廃など、社会・経済システムのアメリカ化の進展が懸念される。
さらに(8)参加国の経済主権を侵害する海外投資家保護(本質はアメリカ資本)のISD(毒素)条項という時限爆弾がある。元来、ISD条項は投資先の国が突然に国有化の宣言をする等、不測の事態への対抗手段であったが、アメリカはこれを拡大解釈し、海外でのアメリカ企業の利益擁護の手段として乱用しており、自由貿易協定を結んだ国々との間でISD条項に基づく紛争が絶えない。
例えば、オーストラリアでは2011年12月に「たばこ箱規制法」が導入されたのに対して米のフィリップ・モリスは反発し、豪州と香港の投資協定にあるISD条項を利用して、香港法人が政府相手に損害賠償請求した(写真)。香港経由で訴えた理由は、オーストラリアはアメリカとISD条項を結んでいないからである。これでは政府や自治体による外資規制は不可能になり、アメリカの思うままの市場経済社会となってしまう。
そして、(9)アメリカは他国に対しては、国際条約は国内法に優先するという原則に従って例外なき関税廃止を求めつつ、自国に関してはすべての貿易協定で「合衆国法の優越性」を明記した協定実施法(国内法)を制定しているので、国際条約の中でアメリカにとって不利な条項には従う義務はない。これでは平等・互恵の貿易協定ではなく、平成の不平等条約である。なおアメリカの最終的な狙いは現在協議中のTPPの内容を基本として、今後加盟国を増やし、環太平洋経済圏を造ることである。
以上の考察から明らかなように、TPP問題は決して農業問題に限定されるものではなく、日本の国づくりのあり方が問われている問題である。
(写真)
米国のタバコ会社フィリップ・モリスが強力な禁煙法を制定したオーストラリア政府を相手に数十億ドルの投資家?国家訴訟(ISD)を提起。写真はタバコの箱
資料:「事業所・企業統計調査」「経済センサス」
資料:『データブック 国際労働比較』2008年版、146頁、2012年版、112頁より作成。
資料:工業統計調査