アメリカ型は日本の文化と制度を壊す
民主党衆議院議員・篠原孝氏
◆「開国=成長」は誤り
鈴木 日本はここ20年の間、名目ゼロ成長が続いています。そうした閉塞感が、国民の間にTPPが経済成長をもたらすという幻想をもたらしているのではないでしょうか。
篠原 まさにその通りです。そして、この閉塞感を打ち破るためには「開国」か「鎖国」か、これが起死回生の手段だ、などというとんでもない選択肢が挙げられたのです。
この両者を並べると、なんとなく響きのいい「開国」に人気が傾くものですが、これは誤ったイメージです。日本の歴史を見ても例えば江戸時代は鎖国していましたが、平和で、芸術が発達し、生活の質が高い時代だったと後々言われています。
実際、江戸末期に開国を迫った西洋人たちですら、当時の日本を指して「東洋の楽園」と呼び、町はきれいでゴミ一つ落ちてなく、皆が子どもを大事にして、文化的にも豊かで、お祭りのために仕事をしているような印象で、こんな理想社会はないと絶賛しています。そして、開国を迫る立場でありながら、西洋のルールでこの美しい理想郷を崩壊させるのは胸が痛い、我々は果たして正しいことをしているのだろうか、と自問自答して苦悩していたという日記が残されています。
今の日本も同じ状況で、長年かけて培ってきた社会制度、価値観、地域社会の伝統などは誇るべき大切なものであり、これを「平成の開国」とか「第3の開国」などと言って無理やり改変してしまうのは、地域社会の絆を瓦解させる元にもなります。
◆ルールそのものを変えようとする米国
鈴木 確かにTPPを論じる際、日本の良き制度や地域社会のありようについては議論がなされないまま、盲目的に経済の停滞や人口減少などに怯え、国際競争という言葉に引っ張られ、その結果、アメリカ型の自由貿易が推し進められようとしている感がありますね。
篠原 私は、自由貿易そのものも経済学者の虚構、幻想がかなり多いと前々から指摘しています。自由貿易を推進する人は、これが絶対的善で、やらなくてはいけないと盲信している人がほとんどではないでしょうか。
今はインターネットなど情報技術が発達したので、人や技術の交流はより活発に行われるべきですが、モノについては、食べ物だけでなく、あらゆる物品についても地産地消、旬産旬消が一番であって、消費する近くで作り、貿易量はなるべく少なくするというのが理に適ったやり方です。ですから、日本や米国のように国内で消費するものを国内で生産できるような大国が、太平洋を挟んだ反対側同士で、規制のない自由貿易をやろうというのはおかしなことです。
さらに言えば、アメリカ型の改革しか選択肢がないと考えてしまうのも大きな誤りです。欧州型、アジア型、とさまざまな形があるということになぜ目が向かないのでしょうか。
米国のやり方というのは、かつて学校給食をパン食にしてコメの消費量を減らしたように、単にモノを売り込むだけではなく、ルールそのものを変え、米国のモノを買わせる仕組み、いわば依存体制をつくるやり方です。ですから、TPPに参加すれば、日本人は単に米国企業を儲けさせるための道具になってしまうわけです。
その上、米国は他国との貿易交渉においては本当にしつこい国で、まったく諦めない。10年、20年かかっても、米国の仕組みを押し付けようとする、そういう国です。その典型が、日本に対するBSE牛肉基準の緩和要求です。
◆モノづくりを忘れ、疲弊した米国
鈴木 その米国ですら、今ではものすごく格差が広がっていますよね。つまり、自由貿易は国を疲弊させることが、すでに証明されているのではないでしょうか。
篠原 米国が現在の窮状に陥ったのは、自由貿易を進める中でモノづくりを忘れていったからです。GATTウルグアイ・ラウンドの時、米国にはマネーと競争力があるからと、海外投資、サービス貿易、知的財産権の3つを自由貿易の新分野として大々的に推進したのがその典型です。
つまり自国では何も作らず、他人の褌で相撲を取ろうとしたわけです。ですから国内にモノづくりの基盤がなくなり、いつの間にか世界中からモノが入ってくる単なる大消費地になってしまった。結果として、中間層が極端に少なくなり、一部のお金持ち以外は、4600万人もの人々がフードスタンプ(米国政府が低所得者向けに発行する食料品引換券)のお世話になる貧困層に陥ってしまった。
日本でも今や繊維製品の国内生産はほとんどなくなり、家電製品も東南アジアなどが生産の中心ですね。
20年前、一体誰が、日本国内で服やテレビが作られなくなると予想しましたか。今の米国の姿は日本の数年後の姿です。この間違ったやり方を変え、できるかぎり近くで事足りるようにする。それはつまり地域社会の延長線上で助け合って生きていくということです。これこそ、これからの世界の正しい在り方だと思います。
地産地消という観点で言えば、例えばフランスは本当に自分たちの国のあり方をしっかり考えていて、カルフールのような大型店舗もありますが、大店法できちんと管理し、小さい町のマーケットも必ず生き残れるようにしている。私が以前住んでいた町では月水の週2日は必ず駐車場にテントが出店してマルシェに変貌し、買い物に人が集まり、円滑なコミュニケーションが成り立っていました。
日本ではこうした風景はだんだんと消えてしまい、アメリカナイズされ、郊外に大型のショッピングセンターができ、小さな商店街はシャッター通りと化しました。車を運転できないお年寄りは、公共交通が整備されていないため、買い物難民になってしまった。
これはもう救いようがない悲惨な状況です。アメリカ型のやり方が日本の社会を壊す、という典型だと思います。
◆高齢者の就農こそ究極の社会保障
鈴木 そうした地域の衰退を防ぐ有効な手立てはないのでしょうか。
篠原 やはり、地域に根差した産業を作ること。つまりは農林水産業を軸に据えた産業づくりが大事です。
例えば長野県は第1、2次産業従事者を足した数が全国でも断トツですが、外国に輸出している企業も多いのでTPP賛成が多いかと思いきや、実は昨年のTPP反対署名でも、全1166万筆のうち長野県は61万で、2位の北海道より10万も多い最多の署名を集めました。実に県民の約30%が反対したわけですが、これはやはり農業を軸にした強い地域産業を育て、自立して自分たちで地域を守るという気持ちが強いからでしょう。
私は、農業の多面的機能で最も大事なのは社会保障なのではないかと思います。
長野県は世界一の長寿地域ですが、その一番の理由は高齢者が元気に農業をやっているからにほかなりません。
高齢者就業率が日本一高く、みんなが元気に働いているおかげで、高齢者1人あたりの年間医療費が全国でもっとも少ない60万円程度。もっとも高い県は100万円を超えていますから、差額は40万円もあります。仮に後期高齢者2500万人がすべて長野県民のようになれば、年間で10兆円(2500万人×40万円)の医療費節減になるのです。
しかし、これが農村地帯全部に当てはまるかというと、まったくそうではありません。お年寄りが自分の範囲でできる限り働けるカタチをしっかり守っていくことが大切なのです。
TPPで農業問題を語る時、日本の農業は高齢者率が高いのが大問題だとかいう指摘はまったく的外れであって、高齢者がしっかり農業をやり、地域の直売所に出して経済を回し、医者にもかからない元気な体をつくる、というのが日本の農山村を救う方法ではないでしょうか。
そもそも戦時中ではあるまいし、高齢化とか人口減が悪だと考えるのがおかしいのです。お年寄りがしっかり働ける社会を守る。そのために農村地帯の絆を壊さないようにする。これが大事なのです。
鈴木 日本の農山村の豊かな生活のイメージが浮かんできました。TPPを考える時、こうした日本全体のカタチをどうするかをまず考えるべきですね。今日はありがとうございました。
◇ ◇
共助・公助の視点で国のあり方を考える
自民党参議院議員・党農林部会長・山田俊男氏
◆TPPは形と内容が悪い!
鈴木 山田議員は民主党のTPP慎重派、反対派とも連携をとり、野党としてバックアップをしているようですが、自民党としてのTPPへの対応が、世間にはあまり浸透していないと思うのですが…。
山田 一昨年10月の菅首相の第3の開国発言の直後に、「TPP参加の即時撤回を求める会」をつくりました。野田首相になってから、TPP交渉の事前協議参加が打ち出されたのに対し、今年の3月9日には「TPPについての考え方」として、政府が「聖域なき関税撤廃」を前提に進める限りTPPには反対する、国民皆保険制度を守る、食の安全安心の基準を守るなど6項目を自民党の姿勢として決めました。
これは自民党の広報にも載せてあるし、マニフェストにも盛り込んでいます。谷垣総裁や石原幹事長も、3月9日以降はしっかりこの立場で意見を述べられています。
鈴木 そうした意見に対して、経済界からの批判はありませんか。
山田 1月の自民党大会で経団連の米倉会長が来賓として壇上に立ち、「TPP推進をお願いする」と言ったので、党をあげて反対しようとしている自民党にやって来て何を考えているんだ、TPOをわきまえてくれと言ったところ、そのあと何人もが立ち上がって「そうだ、そうだ!」と一時騒然となりました。我々のTPPへの姿勢は伝わっていると思いますよ。
私はそもそもTPPは形と内容が悪い、と一貫して主張してきました。貿易の促進、経済成長は当然必要だと思っていますが、ただ、それを実現する方法がTPPでいいのか、ということを訴えているわけです。
鈴木 形と内容というと?
山田 形とは、すべてを新自由主義と市場原理主義で律しようとしている、ということを意味します。内容とは、聖域なき関税撤廃、米国型の論理、規制緩和などの押しつけになっているということです。
例えば日本と米国では、気候風土も国土の条件もまったく異なるわけで、本来ならば違った条件の国同士がともに発展していこうという姿勢が大事なのに、TPPにはそうした配慮がまったくありません。その配慮が各国の多様な農業の発展につながり、ウィンウィンの関係構築にもなるわけです。
◆米国型社会の押しつけ
山田 例えば、映画『フード・インク』にもありましたが、米国の「食」は圧倒的な商業主義で、これがそのまま日本に持ち込まれたら大変なことになりますよ。そもそも米国は比較的乾燥していて穀物が中心、一方、日本は四季があって湿度が高く生食文化が強い、と気候風土や食文化がまったく違います。これを米国基準で扱うと日本は壊されてしまいます。
鈴木 米国型社会と日本型社会の違いというと、例えば、私は東日本大震災の被災地によく行きますが、今回の震災では、JA共済の対応が非常によかったと感じました。被災者の立場で、できるだけ共済金を支払おうという姿勢で査定していましたが、これは他の企業、特に米国の企業にはない思想だと思います。
山田 「共済」という仕組みは、米国にはない仕組みで、これこそ日本の文化や国柄そのものと言えるかもしれません。相互扶助の理念の下で、隣近所、仲間同士が協同して助け合うという、いわゆる「共助の仕組み」です。
一方、米国型社会は、近代個人主義の枠組みの中で合理的に保険料を集めてきました。こうした歴史や伝統を無視し、日本型の社会を攻撃して、金融の原理で取り仕切ろうというのは、いわば日本固有の文化や国柄の否定であり、そんな要望に応じる必要はまったくないわけです。「共済」の仕組みが米国資本の保険会社の事業拡大を阻害しているなどというのは、大変な言いがかりですよ。
鈴木 私は常々、政治をリードしている方々が、日本の国柄について、どうして理解を示さないのかが不思議でたまりません。米国型の市場原理主義の導入ばかりに熱心で、日本型の社会、文化への理解が欠如していると思います。
山田 政治家に限らず、わが国の経済界が、市場原理主義と新自由主義の中で競争を唯一の原理だとして、日本型社会を壊しているとさえ言えます。TPPがまさにその典型であって、わが国の農林漁業が置かれている実態を知れば、市場原理や競争原理だけで社会全体を律しきれないというのは、すぐ分かるはずです。
◆日本型社会の理解に欠ける経済界
鈴木 そういう意味では、農山漁村の実態を知らない政治家が増えたと思いますね。大手マスコミも経済界の意見ばかりを主張しています。米国ではなく欧州から学ぶべきものがあるように思いますが。
山田 欧州は、経済発展を進める一方で、食の安全安心を守る、美しい農村景観を守る、食料自給率の向上をめざす、という食と農のあり方に関する3つの国民合意を持っており、それらをしっかり守っています。まさに国のあり方をしっかり考えて、政策を進めていると言えますね。
一方、わが国以上に経済至上主義に傾斜しているのが韓国です。韓国はグローバル経済の中で勝ち抜くために、ある意味、農業を犠牲にして米韓FTAに同意した。韓国には統計上、たったの1粒も小麦の生産はないし、カロリーベースの食料自給率も急激に落ち込み日本と同水準。生産現場は高齢化が進み、外国人労働者が増えています。日本がTPPを進めれば、韓国と同じことになりますよ。
鈴木 まさに、反面教師として見るべきですよね。しかし、そうした韓国の現状を日本のマスコミは伝えないので、一般の国民はほとんど知らないと思います。
山田 日本のマスコミはTPP一色ですからね。これは報道しません。韓国の農業者も大変な危機感を持っていたのですが、韓国の政府やマスコミが、貿易立国をめざして競争に勝ち抜こう、と相当強引に世論を形成していったのではないでしょうか。
◆日本型資本主義の確立をめざす
山田 実は1月末に、自民党の若手参議院議員を中心に30人ほどが集まって、「新しい日本型資本主義を考える会」を立ち上げました。
TPPをどう考えるか、を発端に、4月末まで3カ月間、ほぼ毎週1回議論をして、意見を取りまとめました。
テーマは、デフレ経済をどう克服するか、医療・福祉はどう改革できるか、農林漁業はどう活性化するか、雇用の安定をどう実現するか、憲法をどう考えるか、国の安全保障をどう考えるか、など15の分野に渡ります。その議論の中で感じたのは、どの分野においても、自助、共助、公助の視点でわが国のあり方を考えるということが大事だということです。
新自由主義を推し進めてわが国を成り立たせるためには、よりいっそう経済競争路線を邁進し、金融資本主義に傾斜し、規制緩和を進める、という方向に行かざるを得ません。その流れの中では、農業は合理化と効率化だけが論じられ、産業については内需拡大や国内の雇用安定など関係なく世界規模で工場を展開し、地域の共同や国民生活は往々にして無視されるでしょう。そのような国のあり方ではいけないのではないか、という問題提起から、この会を立ち上げたのです。
鈴木 その会の提案はいつごろ発表されるのですか。
山田 内容が膨大な量になっているので、もう少し簡潔に分かりやすく、政策提言の形にして、しかるべき時に発表したいと思います。
鈴木 それは楽しみです。ぜひ、国民全体にそのご意見が行き渡るようにしてほしいですね。
山田 ええ、努力します。
鈴木 ぜひ、お願いします。今日はありがとうございました。
インタビューを終えて
篠原・山田両議員のTPP参加阻止に向けての不屈の覚悟を感じるインタビューであった。
両議員の主張は政党という枠を超えて、重なる部分が多い。米国は国民の構成や風土、文化が日本とは大きく異なる。しかも、近代個人主義が先鋭化した国柄であり、その米国型のルールを日本に持ち込むことになるTPPへの参加は、日本という国が長年かけて培ってきた伝統、制度、さらには地域社会における相互扶助の価値観などを破壊することにつながるという。米国が主導するTPPは市場原理主義的な志向が濃厚であり、多様な社会、経済の在り方を認めない。無秩序な自由貿易は資源・エネルギーを浪費し、格差拡大と農山漁村の荒廃を招き、さらに、他国依存度が強く、自立性の弱い社会経済制度に改悪されるなど、その負の部分の影響は計り知れないものがある。日本のあるべき国のかたちを探求しようとする篠原・山田両議員の真摯な主張に多くの政治家が耳を傾けてほしい。
(鈴木利徳)