◆被災地でプライマリ・ケアを実践し人材の育成を
―震災被災地である石巻市の診療所でどのような医療活動をめざしていますか。
医療にプライマリ・ケアという分野があります。病人や高齢者を病院や施設だけでなく、それぞれの家庭や地域で面倒みようという考えです。そのためには医療・保健・福祉を包括した総合的なケアが必要です。「予防は治療に勝る」といいますが、健康に暮らせる生活環境がなければなりません。つまり高齢者にとっても、子どもにとっても住みやすい地域社会であることが前提になります。
ここに来るまでにいたJA長野厚生連佐久総合病院ではメディコ・ポリス構想という形で医療・福祉、さらに農業や林業、観光も含めて住民が生計を確保できる地域づくりを提起しています。佐久での診療所勤務のときには、町や村にこうした地域づくりのための提案もしてきました。
石巻市の診療所に来たのは、震災直後から支援してきたつながりがあり、こうしたプライマリ・ケアを実践し、志ある人材を育てたいと考えたからです。
(ちょう・じゅんいち)
1966年東京生まれ、1993年佐久総合病院研修医、1999年国民健康保険川上村診療所長、2005年佐久総合病院地域ケア科、2008年国民健康保険川上村診療所長、2009年佐久病院付属小海診療所長、2012年4月石巻市立病院開成仮診療所長
◆被災者には息の長い支援が必要
診療所のある開成地区には大規模な仮設住宅があり、約1900戸、4600人もの被災者が住んでいます。入居者は慣れない生活環境で医療以前のさまざまな問題を抱えています。
都市と農村の違いはありますが、車を持たず、高齢の一人暮らしが多いなど、仮設住宅の暮らしは、高齢者や子どもの生活環境、メンタル面で、佐久地方の山間部農村と同じ問題があります。被災者に対する息の長い支援活動が必要です。
これまでの経験をいかした医療がしたいと考え、特に仮設住宅内に診療所を開設していただきました。
被災者は、仮設住宅の生活が始まってまだ一年ほどです。仕事や家族、人の付き合いなど、メンタル面を含め健康について、これからさまざまな問題が出てくるのは目に見えています。必要なことは被災者に将来の生活の展望が持てるようにすることです。住宅の建て方をはじめ、健康・福祉を考えた地域、町づくりに取り組まなければなりません。医療面からそれに少しでも役立てばと思っています。
◆若月先生の志を継承することが進むべき道
―地域でケアする地域医療にかかわるようになった経過は。
東京生まれで、関西中心に住み、阪神大震災の支援活動にも参加しました。もともと漠然とした農村へのあこがれがあり、大学は農学部に入ろうと思ったこともあります。学生時代から社会的マイノリティ(少数派)の支援をしたいという想いがあり、信州大学医学部に入って医療教育やへき地医療、途上国医療支援、在宅医療や“看取り”の問題などを勉強してきました。
これらは一般に、医師があまり関心を示さない分野でもあり、自分の生き方を求めて、さまざまな分野の医師や病院を訪ねて回りました。
存在は知っていましたが、さまざまな分野の人の話を聞くなかで、地域医療・農村医療の分野で活躍していた佐久総合病院の若月俊一先生の大きさを知りました。
研修医として入ったときは、臨床医としての基本的な力をつけるというよりも、若月先生を学ぶというのが第一の目的でした。
先生は在野精神を失わず、地域実践を積み重ね、常に日本の医療全体、あるいは社会に対して地域医療・農村医療のあり方について発信してきました。この志を継承するのが自分の進むべき道だと確信しました。
(写真)
昨年の大震災後の石巻市内
◆健康面では小規模経営を守ることが大事に
―地域医療にとって農業・農村の価値はどこにありますか。
農村は、さまざま面で高齢者や子どもにとって暮らしやすいところだと思っています。これはデータ上からも明らかです。
長野県は長寿県として知られていますが、医療費の少なさ、また在宅死の比率の高さで際立っています。これは、JA長野厚生連の農村医療運動や国保の地域医療運動によるところもありますが、高齢になっても農作業に従事する人が多いということも大きな要因です。
傾斜地が多く、経営規模が小さくて農業が機械化されていないことも関係があるようです。機械化が進み、高齢者が農作業に従事する機会が少なく、医療費が高い北海道と対照的です。
このように農村医療の視点からも、小規模経営が難しくなるTPPには問題があります。
健康や医療費の観点からも小規模経営を守ることの重要性を検証することをJAの取り組みとして提起したいと思います。
◆仮設住宅に家庭支援や小規模農場を
仮設住宅には、海に近いところで自家用の野菜を作っていた人も多く、仮設住宅の狭いところでも花を植えています。
来年は提案しようと思っていますが、仮設住宅の近くに畑を借りて農作業の機会をつくるのも、メンタル面で医療の一つです。農作業で生じた健康面の効果を測定することで、今後仮設住宅をつくる場合、家庭菜園や小規模な農場を併設するよう提案できるのです。
このように、農作業は医療費の削減にも、健康にもよいのです。まさに農業の多面的機能であり、これをとなえているJAで是非とも取り組んでほしいところです。
◆人間らしく豊かに生きる母なる農村を守る
若月先生は農村を守ることの重要性を一貫して主張し、「母なる農村」という言い方をしていました。農村こそが人間らしく豊かに生きる地域だと考えてのことです。その農村を守ることで、今の日本社会が抱えるさまざまな問題を見出すことができるのです。
いま大きな社会問題は高齢化です。都市に出ていた大量の団塊世代が退職を迎え、今後、介護を必要とする高齢者が急激に増えます。これは、農村ではすでに大きな問題になっていることですが、都市で高齢化問題が表面化するまで、放置されてきました。しかしこれから高齢化に都市がどう対応するのかということが大きな問題になります。
この視点から、「高齢化の先進地」である農村での高齢者福祉の取り組みを再検証し、その中からこれからの高齢社会のあり方を示す役割が我々にはあります。
―メディコ・ポリス構想にある農村づくりに必要なことは。
いくつもの段階がありますが、第一に医療・福祉で付加価値をつけた農村づくりです。つまり、産業としての農業だけでなく、医療から、福祉・教育・環境へと広げ、積極的に発信していくことです。退職した都市部の高齢者が、農村にリゾートや別荘を求めたり、田舎暮らしを求めたりする人がこれから増えます。
しかし、利用できるのは元気なうちだけです。病気がちになると帰ってしまいます。
◆高齢者を受け入れ介護事業で雇用を創出
ここに訪問診療や訪問介護、あるいはケア付き住宅など、福祉面のケアを充実すれば、好きな農村で最後まで暮らそうという人が増えるでしょう。また、子どもたちを対象にした農業体験や食育などで、滞在型の利用者を増やせば、地域で一定の雇用や消費を生み出すこともできます。
特養(特別養護老人ホーム)でのケアなど、農村の方が経費も安く、質の高いケアができ、利用者を増やすことで高齢者を対象にした産業が生まれ、若い人の雇用機会も増えます。
これから田舎で雇用誘発効果が高いのは介護事業です。人口の減少で遊休化した保養施設や公共施設の有効活用にもなります。保険料が農村の介護施設に回るようにする制度面の改革が必要ですが、これから農村で積極的に高齢者を受け入れていくということも可能です。