新たな段階に入った米流通業界の海外コメ戦略
国産米需要を奪うビジネス・モデルの最前線とは
◆劇的に変化した国内の外国産米需要
今年度第1回目のSBS入札が9月25日に実施された。
輸入枠は、一般米が2万2500t、砕精米枠が2500t、合計2万5000tである。この輸入枠に対して3・6倍に相当する9万187tもの応札があった。
SBS枠で外国産米を輸入する商社やこれを使用するコメ卸など流通業者の入札前の事前予測では、国内での低価格米が不足傾向にあるため応札数量が増加するとの見方であったが、実際にはその予想を上回る札が入れられた。しかも落札価格は、大幅に上昇、カルフォルニアや中国の短粒種はキロ当たり290円から300円にもなった。
入札に参加した商社は「応札が増えて競争率が高くなることは分かっていた。だから最大限マークアップをキロ110円に設定したのだが、それでも不落になった。結果が信じられない」と驚いている。 商社間の情報を総合すると落札した外国産米のマークアップは、最低でもキロ117円、高いものは150円を超えたものとみられる。
国産低価格米の代替需要として外国産米の引き合いが強まると予測されていたにしてもこれほどまでにSBS入札がヒートアップした原因を説明するには十分ではない。そこには新たな段階に入った商社や大手卸の海外コメ戦略が今回のSBSの落札結果に反映されたと見るべきである。そのことに触れる前に劇的に変化した国内での外国産米需要の実態を紹介したい。
◆米トレサ法と原発事故の風評被害が原因
変化の端緒となったのは、コメ加工食品業界である。
その第一弾は、2011年9月に米菓業界第二位の大手米菓メーカー三幸製菓(株)が取引先に自社製品55品目の原料米表示を「国産米」から「外国産米」使用に変更すると通知したことである。
米菓業界では、米トレーサビリティ法(以下、米トレサ法)施行で使用原料米の原産国表示が義務付けられたことから、消費者の購買意向調査を行ったところ国産米指向が強かったため国産米確保に動いた。このことは米菓業界だけではなく焼酎業界など他のコメ加工食品も同様の方向に動いた。ところが東日本大震災に伴う福島原発事故で事態が一変する。
三幸製菓は、国産米から外国産米使用に変更した理由について、原発事故以降消費者から国産米産地の問い合わせが多く寄せられたことをあげる。米菓業界が使用する国産米は加工用米かくず白米で、いずれも産地を特定することが難しかった。原料米の放射能検査に関しては1ベクレル/kg以上検出されたものは使用しないとし、納入業者にも検査を義務付けていたが、これも消費者の不安を払拭するまでには至らないと判断、結果、同社の製品から日本米の表示は消えた。
米トレサ法施行によりコメ加工食品業界全体で使用していた外国産米は25万tから一気に8万tまで減少したが、それが原発事故で再び外国産米にシフトしていったのである。 外国産米シフトは、コメ加工食品業界にとどまらず外食業界、さらには大手量販店まで外国産米を店頭に並べるところが出始めた。これらは一般マスコミにも取り上げられ周知のこととなったが、コメ卸業界にとって最も衝撃的な情報は、大手商社が刑務所に外国産米を納入することに成功したことである。
◆大手商社の外国産米ビジネスの実態
下表は、2011年度の商社別SBS落札数量の一覧だが、これで明らかなようにダントツの商社は住友商事である。落札数量は自社分だけで2万4000t、これに関連企業分も加えると3万t以上落札したものとみられ、実に輸入枠の3分の1を占めた。
国内での住友商事のコメの扱い量は、三菱商事や伊藤忠に比べて少なかったが、政府米販売の受託企業体の資格を取得してから加工原料米を中心に飛躍的に国内でのコメ扱い量が増加した。同社が次に目を付けたのが矯正施設、分かりやすく言うと刑務所へのコメ納入で、SBSで落札した外国産玄米を予定価格よりキロ当たり30円も安い206円85銭で2912t納入することに成功した。刑務所は施設内で精米するという決まりがあり、これまで国産米を使用してきたが、これほどまでに安い玄米は国産では確保出来ず競争相手の卸は一蹴されてしまった。刑務所の年間コメ使用量は8000tにもなるが、この分もすべて同社が外国産米を納入することになると見られている。
その次が外食企業で、同社のコメ販売部隊は、肉の担当営業マンと一緒に外食企業に売り込みをかけている。肉は世界最大の食肉加工会社スミスフィールド社の特約店になっており、この分野の営業力は図抜けている。この営業力を駆使して大手牛丼チェーンにオーストラリア米を納入することに成功した。
締めは量販店で、中国産白米の販売がマスコミを賑わしたのは周知のとおりである。
外国産食企業ではチカラめしの三光マーケティングや吉野家も外国産米使用に踏み切ったほか寿司チェーンでも外国産米を使用し始めている。言ってみればこれまで国産米の重要なユーザーであったところが次々に外国産米に浸食されているのが実態である。
(写真)次々に外国産に浸食される外食産業
◆世界へ拡散する日本米「海外コメ戦略」の狙いとは?
しかしSBSの輸入枠は高々10万tであり、商社がやるビジネスとしてはあまりにも数量が少なすぎる。にもかかわらずSBS入札にこれほどまでに熱心なのは別に理由がある。
今年度第1回目のSBS入札が行われる直前、ある商社と大規模稲作生産者が集まって私的な食事会が開かれた。会食会の目的は、生産者側が自ら生産したコメを海外に輸出したいとの希望を持っており、その相談に商社が乗ったというものであった。長年農産物や食品を扱ってきた商社の役員が自らの体験としてオーストラリアでは手巻きずしがヒットして日本からの輸出額が20億円から一気に90億円になったなど各国の状況を話し、大変興味深いものであったが、会食も終わりに近づいたとき商社側からある提案がなされた。
この商社は海外各国に拠点を設けて日本食品を販売している。コメについては、日本からの輸出も手掛けているが、海外の日本食レストラン、寿司店に販売している寿司米はこの商社が海外の生産地で農家と契約栽培したもので、種子は日本のコシヒカリやあきたこまちである。生産地はヨーロッパとアメリカだが、企業戦略として経済発展著しいアジアで寿司米を本格的に販売したいという計画を持っており、そのために東南アジアに寿司米生産の拠点を設け、その栽培の技術指導を生産者に頼んだのだ。
海外での日本米生産ビジネスは、この商社に限らず、複数の商社や大手卸が乗り出しており、世界的な日本食ブームもあって潜在的な需要も拡大しつつある。
今年度第1回目のSBSがヒートアップした原因の一つに、カリフォルニアで日本米の契約栽培面積が倍増して、その分を捌くために強引に落札しに行ったことも言われている。 現在、日本から海外に輸出される日本米は年間2000tにも満たない。その一方で、海外で生産された日本米により国内の市場が浸食されつつある。
この構造は、大きなコメの内外価格差が厳然として存在している以上、無くならないであろう。
海外でコメ作りを始めた日本の大規模稲作生産者は「国内でコメを販売するより海外でコメ作りをして販売した方が楽だ」とまで言っており、今後こうした動きが加速する可能性が高い。これまで日本米の生産を行ってきたアメリカや中国に加え、東南アジアや南米でも日本米作りが計画されており、世界中に日本米が拡散しつつある。
(写真)
上:深川政府倉庫に保管されているMA米
下:米国サクラメントの水田
「米トレーサビリティ」とは?
正式名称は「米穀等の取引等に係る情報の記録及び産地情報の伝達に関する法律」。平成20年に発覚した事故米不正流通事件をきっかけに21年に制定された。内容は▽米、米加工品に問題が発生した際に流通ルートを速やかに特定するため、生産から販売までの各段階を通じ取引記録を作成・保存(平成22年10月から)、▽米の産地情報を取引先や消費者に伝達(平成23年7月から)。
対象品目は▽米穀:もみ、玄米、精米、砕米、▽主要食糧に該当するもの:米粉、米穀を挽き割りしたもの、米粉調製品、米菓生地、米こうじなど、▽米飯類:各種弁当・おにぎり・ライスバーガー、赤飯、おこわ、包装米飯、乾燥米飯類など。▽米加工品:もち、だんご、米菓、清酒、単式蒸留焼酎、みりんなど。取引の際に必要な項目は▽品名、▽産地、▽数量、▽年月日、▽取引先名、▽搬出入した場所、▽用途を限定する場合はその用途。
【わが国の米の輸入】
わが国は1993年にウルグアイ・ラウンド交渉で米のミニマム・アクセス(最低輸入)機会の提供に合意。WTO(世界貿易機関)の発足のもとで1995年からミニマム・アクセス(MA)米の輸入が始まった。
現在は年間77万t(玄米ベース)を国家貿易で輸入。このうちSBS方式で輸入されるのは10万tで主食用に流通している。SBS(売買同時契約)方式とは輸入業者と仕入れ業者(実需者)がペアで入札に参加する方式。買い入れ価格と売り渡し価格の差額(マークアップ)が大きいものから落札される。(下図)