「クリニックセンター」がめざすこと
◆「ビタミンAコントロール」とは何か?
訪れたのは岩手県下閉伊郡岩泉町にある(有)上野牧場。社長の上野耕一さん(62)が一代で築き上げた牧場で最初は養鶏、養豚、和牛肥育とさまざまな畜種で農場を経営していたが、40年ほど前から和牛の肥育に絞り、増頭を重ねてきた。
現在の飼養頭数は黒毛和牛700頭。長男の広貴さん(42)が後継者として場長を務めている。
ここに東北分室の宇留野勝好所長とこの春、全農に入会し千葉県佐倉市の家衛研クリニックセンターに配属された清水耕平さんの2人が、盛岡市を早朝に出発し3時間以上かけて到着。ほかに北日本くみあい飼料(株)北東北支店肉牛課の佐々木仁課長代理も同行した。 この日の目的は11月に実施した「ビタミンAコントロール」の検査結果の報告と次の検査のための採血だ。
まずは事務所で先月の検査結果について宇留野所長から広貴さんに説明し、その後、意見交換を行った。
ビタミンA濃度は黒毛和牛の肉質に影響する要因のひとつ。18カ月齢から22カ月齢の間のビタミンA濃度が高いと「さし」が入りづらくなるため、この月齢では血中濃度を30【?】50IUに抑えることが理想とされる。ただし、濃度が低くなりすぎるとビタミンA欠乏症となり、飼料摂取量が減る、いわゆる食いどまりが起きたり、発育のばらつき、下痢、四肢の腫れ、視力の低下なども引き起こす。そのためあまりにも低下していればビタミンAを給与することや飼養管理全体を改善することも必要になる。
検査項目はほかに血中コレステロール濃度と肝臓障害が起きていないかどうかを判断するγ-GTP。飼料をよく食べて発育のよい牛はコレステロール濃度は高い。月齢によってその目安の数値は異なるが、逆に100mg/dl以下なら飼料の給与量が少ないか、食い止まりが起きているのだという。
こうした指標に照らし合わせると前回の検査結果から、上野牧場の牛たちのビタミンA濃度は標準通りに下がっていた。ただし、やや下がり過ぎている牛も認められたためビタミンA欠乏症に注意が必要なことが宇留野所長から伝えられた。
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上:東北分室は盛岡市内の事業所内にある
下:岩手県岩泉町の上野牧場
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上:(左から)北日本くみあい飼料(株)北東北支店肉牛課の佐々木仁課長代理、クリニックセンターの清水耕平さん、上野牧場の場長、上野広貴さん、クリニックセンター東北分室の宇留野勝好所長
◆飼養管理全体をサポート
検査結果の説明のあとは採血作業に。宇留野所長がサポートし畜舎のなかで新人の清水さんが尾の付け根から採血していく。北日本くみあい飼料の佐々木課長代理が採血した牛の耳票番号をチェックしていく。また、牧場の従業員が採血する牛をロープで固定したり採血しやすいように牛を抑えたりなどの協力をする。
ただし、暴れて採血に苦労した牛はほとんどおらず、清水さんは「おとなしい牛ばかりですね」と感心していると佐々木課長代理が「飼い主の性格に似るんですよね」と広貴さんに。一同に笑いも生まれた。緊張が強いられる作業も穏やかな雰囲気で進んでいく。宇留野所長によると採血作業に苦労することもあるという。この日は広貴さんの要望で牛を選び、合計28頭から採血、午前中に作業を終えることができた。
ただ、この検査は個体診断が目的ではない。「あくまで農場の飼養管理全体を評価するためのもの。それをもとに農家とコミュニケーションを図りながら現場の課題を解決していくことが目的です」と宇留野所長は強調する。
上野牧場は3年ほど前からこのビタミンAコントロールのための検査を利用している。「大規模経営になるとすべての牛に目を行き届かせるのが難しくなります。見た目では分からない牛の状態を数値化してもらうことで、その後の飼養管理を修正し、いい牛に育てることに役だっています」と広貴さんは評価する。
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牛の採決風景。今年入会の清水さんと、それをサポートする宇留野所長たち。この日は28頭の和牛から採血した。採血は牛の尾のつけ根から
◆現場で知恵を出す
家畜衛生研究所には研究開発室がある。ここでは家畜の病気と健康をテーマに研究活動をしており、得られた知見と技術を活用して疾病診断法と対策法を確立するほか、検査資材・ワクチン・機能性飼料など開発している。
一方、クリニックセンターは開発された診断法などを現場で活用して農場から家畜の病気をなくすための指導・支援をしている。このうち、この日取材したビタミンAコントロールのための検査は、いわばよりよい畜産物を生産するための検査といえるが、もちろん病気を防ぐための検査も行っている。
実際、この日も作業を終え、2週間後に訪問して検査結果を報告する「勉強会」をしようなどと話し合っている際に、広貴さんから下痢を起こしている牛が数頭いるとの話が出された。他の牛へは広がらないため感染症などは考えられないが「導入した素牛ならエサが変わったから、という理由も考えられるがそういう牛ばかりでもないんです……」という。宇留野所長らはこうした話に耳を傾け疾病検査もするように提案、広貴さんもうなずいていた。
「つまり、われわれに求められているのは畜産農家が今抱えている課題や悩みなどを聞き出し、それを解決するための知恵を出すということ。それが獣医である私たちの仕事であり、検査はそのための重要なツールだと考えています。」と宇留野所長は話す。
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場長の上野広貴さん(右から2人目)を囲み報告と意見交換
◆畜産農家との懸け橋に
クリニックセンターのこうした仕事は畜産農家や飼料会社、JAなどからの要請に基づいて決まっていく。東北分室は宇留野所長を含め獣医3人を配置しているが東北6県のすべてをカバー。そのためほとんど毎日現場に出向くという。取材した日は同行者は飼料会社だけだったが、県本部やJAの担当者が同行することも多い。多くの関係者が協力して畜産農家を支援する体制をとっているが、技術面での支援によって生産現場との懸け橋になっているのがクリニックセンターのスタッフだといえる。
入会3年めで東北分室の宮内大輔さんは「入会前は研究所勤務などで研究室での作業だと考えていて屋外で仕事をするとは思っていませんでした。しかも、検査結果を単に届けるだけでなく、組合員の農家と深く付き合いながら農場全体を改善するお手伝いをすることに大変やりがいを感じています」と話す。
農家から初めてじっくりと話を聞いた清水さんは「今の牛肉相場や子牛価格の話題もありました。農家が関心のあることをもっと勉強していかなければとも思いましたが、とにかく足を運ぶことからスタートです」と話す。
宇留野所長はクリニック事業について「結局、牛を飼っているのは人間。その人間を知る最前線の仕事がクリニックだと考えています」と話していた。
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クリニックセンター東北分室の宮内さん