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幻想の准組合員問題2014年9月16日

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【森島 賢】

 農協の准組合員数が正組合員数を超えた。これは大問題だ、として農協攻撃に使われている。彼らの言い分を聞いてみよう。
 准組合員は、不当な差別を受けている。これは不正義だ。准組合員にも正組合員と同じ権利を与えよ、という主張に続く。だが、実際に准組合員がそのように考え、主張していることは聞いたことがない。
 また、正組合員は「農業者」だが、准組合員は「農業者」ではなく、「非農業者」だ。「農業者」が少数になったのだから、もう「農業」協同組合ではない。組合の名前から「農」の字を消すべきだ、と主張する。そうして、農協の法律的根拠である農協法を廃止せよ、という主張に続く。そうなれば、農業者の協同組合は抹殺されてしまう。
 しかし、農村でそんな主張を聞いたことはない。都市でも聞かない。
 こうした主張は、財界の一部と、それを代弁する一部の政治家から聞こえるだけだ。それは、現場の実態から遊離した幻想にすぎない。惑わされてはならない。

 いきなり私事で恐縮だが、筆者は病気になると、近くの警察病院で診てもらっている。
 警察病院だから、主な患者は傷害事件などで血まみれになった犯人や被害者かと思っていたら、そうではない。警察職員の健康維持のための病院だという。そのための体制を整備した病院なのだろう。
 だから筆者は員外利用者だ。農協なら准組合員と同じ立場である。
 員外利用者だからといって、診療に差別はない。不満といえば、警察職員の患者とは受付の窓口が違い、待ち行列が少し長い、という程度である。この程度の不満は我慢できる。
 それよりも、歩いて10分程度の近所で、バスに乗れば3つ目の停留所にある。しかも、外科もあるし、眼科もある総合病院なので、その利便性を享受している。
 だから、員外利用者として、病院の目的である警察職員の健康維持には協力したい。しかし、病院の運営に口出しするつもりは全くない。

 受付で推測すると、員外利用者の数は90%を超えているようだ。だからといって、名前から「警察」の字を消せ、と主張するつもりはないし、そういう主張は聞いたことがない。
 員外利用を量的に制限せよ、という主張も聞いたことがない。そんなことをしたら、筆者のような員外利用者は困ってしまう。だから反対するだろう。病院も高額医療機器の利用量が減り、採算が悪化するから反対だろう。
 もしかすると、採算を一時悪化させて、病院全体を安値で乗っ取り、企業に高く売りつけようとする不心得違者が出てくるかもしれない。よそ事ではない。
 病院長は、地域の皆様のご支援を頂きながら、地域に貢献したいといって、地域の員外利用者を歓迎している。農協の組合長も、同じことをいっている。だが、なぜ農協だけが不当な非難を浴びるのか。

 長々と書いたのは、准会員と正会員がいる組織は、どこにでもあるし、准会員の数の方が多い組織も、どこにでもある。そのことを言いたい。
 農協の准組合員数が半数を超えたことが問題だ、というのなら、何が問題か、を実態に基づいて、具体的に示さねば、問題にさえならない。そのことを言いたい。

 農協の実態を具体的に見てみよう。
 下の表は、正組合員戸数と准組合員戸数の、最近9年間の増減を、農業県と都市県とに分けて示したものである。1戸に2人以上の組合員がいる場合があるので、組合員数ではなく、組合員「戸」数で考えよう。

正・准組合員戸数の増減(2003-2012年度)

 上の表から分かることは、農村県は、正組合員戸数は12%減ったが、准組合員戸数が23%増えた。その結果、全組合員戸数は2%だけ増えた。つまり、ほとんど変わらなかった。
 都市県は、正組合員戸数は7%しか減らず、准組合員戸数が71%と大幅に増えた。その結果、全組合員戸数は32%と大幅に増えた。

 農村県を考えよう。ここで准組合員戸数が増えたのは、正組合員戸数が減ったからである。だから、全組合員戸数は変わらなかった。
 つまり、正組合員の資格を失った農家が、そのまま資格を変えて准組合員になった。そのことを意味しているのだろう。
 正組合員の資格は、各農協がそれぞれ独自の定款で決めている。定款で、耕作面積と農業従事日数の下限を決めている。10アールと90日が多く、小規模農家になると正組合員の資格を失う。そうしないと、農水省が農協法第59条や第44条に基づいて、定款の認可をしないのだろう。
 正組合員から准組合員に変わったのは、規模を縮小して、この下限を下回ったからである。
 このばあい、古典的な理論によれば、都市へ流出するのだが、日本資本主義には、それほどの力がなかった。それに対峙する農業者は、それほど非力ではなかった。
 だから、名前が正組合員から准組合員に変わっただけで、相変わらず農協に残り、組合員であり続けた。そうして、自他ともに非農業者になったとは思っていない。
 問題は、規模を縮小した原因である。それこそを問題にしなければならない。

 原因は、人口が減り農産物の需要が減ったからだ、という俗説がある。まるで人為ではどうしようもない原因だ、と言いたいようだ。
 だが、そうではない。農政が原因である。食糧自給率を上げようとしない農政に原因がある。それを改めれば、需要は大幅に増える。食糧自給率を、いまの39%から2倍の78%にすれば、需要は2倍に増える。それを政策課題にしないことこそが需要減の原因であり、規模縮小の原因である。
 また、少子化で後継者が不足しているからだ、という俗説がある。人為によるものではない、と言いたいのだろう。
 だが、そうではない。農政が原因である。後を継ぎたい若者は大勢いる。だが、自由化農政による価格の下落で、農業では食っていけない。だから後を継げない。ここでも、輸入農産物への依存を強める農政、食糧自給率向上を目指さない農政こそが規模縮小の原因である。

 都市県を考えよう。ここでは、正組合員戸数がこれ以上減る余地がなくなった。その上で、准組合員戸数が大幅に増えた。
 その原因は、農業県と同じように正組合員から准組合員に名前を変えたことが、1つの原因だろう。
 それに加えて、JAはだの(神奈川)のように、定年帰農者などの新規就農者を積極的に迎えたことによるだろう。
 この農協では、農業塾を開き、趣味としての農業を支援している。彼らの多くは、新しく准組合員になる。
 それだけではない。准組合員になって、直売場に出荷できるほどに、耕作面積を広げることを奨励している。塾生と塾の卒業生は、それに応えて、耕作面積は、正組合員の資格条件に満たないものの、新しい准組合員になっている。
 こうしたことが、准組合員の増加の原因である。

 もう1つの実態をみてみよう。
 太田原高昭教授によるJAセレサ川崎(神奈川)の聞きとり調査によれば、この組合の准組合員の多くは、高度成長期に農村から川崎へ集団就職で移住してきた人たちである。いまは農業から離れて、京浜工業地帯で働いているが、ふるさとの農村への忘れがたい郷愁の思いをもっていて、川崎の農協を暖かく見守っている。そうして准組合員になっている。
 彼らの子息も、農業と農村に格別な親近感をもっていて、成人すると農協の准組合員になって、力強い応援をしている。准組合員が増えた原因は、ここにもある。

 これらの実態からみられるように、准組合員は、正組合員とともに農を愛する熱い志をもっている。利害が対立しているわけではない。ともに農業者の協同組合運動の発展と、農業の再興を願っている。
 農協は、その名前から「農」の字を消せ、という主張は、こうした実態を無視した主張である。正組合員はもちろん、准組合員からも、そうした主張は聞いたことがない。
 自主的な改革というのだから、この主張は撤回すべきである。もしも撤回しないなら、反TPPの農協に対する見え透いた嫌がらせであり、陰湿ないじめと考えるしかない。厳しく糾弾しなければならない。

 

(前回 農政の潮目が変わる

(前々回 政府の農協改革案の破壊力

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