農協改革騒動にみる民主主義の劣化2015年2月10日
農協改革をめぐる攻防は、第1回戦を終えた。大まかにいえば、農協側が実をとり、政府が名をとった、と評価できるだろう。
農協側が実をとった、とはいっても、最悪の事態を回避できた、という程度である。第2回戦以後には、今まで以上に全国の農協の力を結束して立ち向かわねばならぬだろう。
一方、なぜ政府は名にこだわったのか。いったん安倍晋三首相が言い出してしまったので、意地を張っていて、取り消しにくかったのだろう。事態を予知した上での補佐が、不十分だったのである。
ここには、我が国の民主主義の劣化がある。構造的な危機といっていい。マスコミも深くかかわっている。
なぜ、政府は名にこだわり、実を捨てたのか。それは、このままでは、2か月後に迫った地方統一選挙で、大敗するからである。
このことを、自民党が、ことに首相官邸が、事前に予知できなかった。最近、気がついたのだが、あまりにも遅かった。だから、首相が農協改革を、いわゆる規制改革の象徴に仕立て上げてしまった。その後、県中会長などの建言により、いまになって、ようやく気がついたのである。
◇
ここには、小選挙区制に基づく首相への権力の集中、という独裁制の問題がある。
同時に、首相を補佐すべき首相官邸に人材、ことに地方や農業に精通した人材がいない、という問題点がある。その奥には、首相官邸による独裁制という問題がある。
これらの問題を避けるために、権力の集中を排除する民主主義が採用される。しかし、首相は民主主義を、そのように評価していないようだ。
◇
以前なら首相を補佐する政治家がいて、こうした醜態は未然に防げた。民主主義は、それなりに機能していた。
いまは、そうした政治家が少なくなった。とはいえ、農村や農業の実情を熟知した政治家が農林族のなかにいて、こんどの民主主義の危機を、不十分とはいえ、乗り越えることができた。その奥には、県中会長など、農協の活動家がいて、農林族を支えた。
◇
マスコミも同じ状況にある。
ことに東京の多くの大新聞には、地方や農業に精通した記者がいない。だから、あたりさわりのない、無難な記事しか書けない。
それには、政府の発表した文書などを、そのまま記事にする。これなら実態を見なくても書ける。政府は、政府の政策にとって都合のいい事例だけを示すのだが、新聞は、それを実態だとして、政府と同じことを書く。
つまり、いまのマスコミには、その生命線ともいうべき批判精神がない。農協は全国に694組合もあるのだから、政府の政策案にとって都合のいい農協は、いくつかある。だが、批判精神を捨てて、それを鵜呑みにしている。694組合の多くの実態を客観的にみて、批判すべきだが、実態を見ようとしない。だから、こんどのように、政府の醜態をまねいた共犯者になっている。
◇
政府の裏には、財界が隠れていて、政府が代弁者になっている。財界が、新聞広告で新聞の生殺与奪の権をにぎっている、という事情があるのかもしれない。そもそも、いまの農協批判は、財界の利益代表で固めた規制改革会議に、その発信源がある。
だが、それを気にしていたのでは、マスコミは成り立たない。企業としての新聞を言っているのではない。新聞は社会の公器であり、民主主義の守護神なのである。
だから、マスコミの劣化は、民主主義の劣化に直結している。
◇
さて、農協は実をとった、といったが、前途は多難である。
全中の建議権は、跡かたもなく否認される。今後は、首相や県知事に建議することが、法律的には出来なくなる。建議しても、首相や県知事は、法律的には無視できる。農協の社会的地位は、そのように下げられる。
全中の代表機能と調整機能は維持したが、農協法の付則で規定するという。農協法の本則で認知された嫡子ではない。不安定な身分に追いやられる。これは、建議権とともに、いつの日にか、復権しなければならない。
全中監査の剥奪は免れた。会計と業務の一体監査は維持される。だが、一般監査法人の監査との選択制になる。一般の法人に農協の一体監査など、できる筈がない。事実上、空文化するだろう。
准組合員問題は先送りになった。執行猶予のつもりだろう。だが、今後の蒸し返しは拒否しよう。
全農の株式会社化、信用・共済の代理店化、厚生連の社会医療法人化、それと、理事の構成については、何もいっていない。断念したのか、ほおかむり、なのか分からない。警戒が必要だ。
◇
このように、農協改革騒動は、終息したわけではない。第1回戦が終わっただけである。
第2回戦は、国会を舞台にして、今週から始まる。野党がどれほどの意気込みで奮戦するか、注目しよう。この国会では、農協改革だけではない、TPP問題も急迫している。両にらみの注目が欠かせない。
国会を見つめているだけでは安心できない、国会外での監視も、ことに独裁体制のもとでは重要になる。いよいよ本格的な攻防が始まる。第1回戦が終わっただけである。気は抜けない。隙を見せれば、激しい攻撃がいっきょに襲ってくるかもしれない。
(前回 農協を「分割して統治せよ」という暴挙)
(前々回 悪意に満ちた農協監査論議)
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