【読書の楽しみ】第4回2016年7月14日
★ベルンハルト・ホルストマン (瀬野文教訳)
『野戦病院でヒトラーに何があったのか』
(草思社、2700円)
第1次大戦末期にヒトラーは毒ガスで失明し失意のどん底に落ち込みますが、そこからいかにしてはい上がったのか、を描いた世界史レベルのドキュメンタリーをまずご紹介しましょう。
ヒトラーが収容されたのはベルリンから100㌔、ドイツ北東部にあるパーゼヴァルク野戦病院でした。そこで彼は精神科医のフォルスター教授から治療を受けますが、教授は無名の上等兵だったヒトラーの外見と挙動に興味を引かれ驚くべき治療を施します。
教授の精神療法はヒトラーの自己陶酔、自己顕示欲、過剰なエネルギーを逆手に取ったもので、視力を回復させた上に、彼にある暗示をかけるのです。
独裁者としてのヒトラーの後半生はそこから始まるのですが、あまたのヒトラー研究書が従来、無視軽視してきたパーゼヴァルクの「闇の中の28日間」が世界の運命を決めた瞬間を多面的に解明していくところは、読み応え十分です。
卑屈で目立たぬ男が1日で扇動政治家に生まれ変わる。精神療法のすごさを知る一方で歴史の皮肉も味わうことができるでしょう。
★しまたけひと
『みちのくにみちつくる』
(双葉社、上下各1080円)
「読書にマンガは含まれない」という説が多数派かもしれません。 でも私は、マンガにも小説や教養書以上の内容をもった秀作がたくさんあると思って「読書」にいそしんできました。このマンガもその一つで、男女3人の主人公たちが青森県八戸市から福島県相馬市までの700㌔の道程を踏破する物語。
マンガである以上、ドタバタやギャグ、オーバーな表現が次々に登場しますが、著者が問いたいことは意外に真面目です。被災者の方々がこんなひどい目に遭っているのに観光もどきに遊山して歩いていいのか、非力な自分たちに何ができるのだろう、地元の人の身もままならないのにトレイルなど整備する余裕はあるのか、などなど。
名所旧跡を楽しみながら「風化」し始めている東北大震災について考えるには、良質のマンガは格好の素材ではないでしょうか。小学生でも理解は十分可能かと思います。なお東北といえば、女性冒険家イザベラ・バードの探検旅行をマンガにした佐々大河『ふしぎの国のバード』(KADOKAWA、各669円)もお勧めです。
★内田樹・小田嶋隆・平川克美
『街場の五輪論』
(朝日新聞出版、648円)
東京五輪、本気で心配です。2019年に大地震・大津波・富士山爆発があったらどうするのか。リオ五輪を揶揄する資格が日本にはあるのでしょうか。
鼎談している3氏は反対または懐疑論者として評論の世界では圧倒的少数派だそうです。「オリンピックって本質的に反デモクラシー的なもの」だとか、「オフィシャルスポンサーは1業種1社なのに、大新聞は朝日、読売、毎日、日経、東京と産経を除きすべて協賛企業だ。これでは批判的記事など期待できない」とか、いろいろ考えさせられます。
カネ原理主義とナショナリズム一辺倒のオリンピックですが、国別メダル数を競い合うかの報道だけは勘弁してほしい・・・いえ、なくなるはずもありませんが、純粋にスポーツを楽しめたらと思いつつ、五輪以外にもあちこち話が飛んでいく気楽な鼎談をすいっと読んでしまいました。
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