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【コラム・キサクな老話】早苗饗(さなぶり)と田植え2017年5月28日

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【一般社団法人・農協協会会長 佐藤喜作】

◆「豊か」だった暦生活

早苗饗(さなぶり)と田植え 正月を迎えやっと雪が消え梅が咲いた頃から、急に忙しくなる。東北の冬の日本海側では太陽が恥ずかしいのか、めったに顔を見せてくれないので、日中でも暖房と電気を点し続けることになる。弥生(3月)になり明るさを取り戻すが、昭和初期のころは雪も多かったから田圃が乾かず、急いで田面排水を掘って乾燥させる。そして前年の稲株抜きをして、人力の三本鍬か馬で耕起する。 土が適当に乾いた頃砕土し、田植えは6月1日から始まるから5月始めには水苗代の播種もしなければならない。5月下旬には苗も伸びるから本田の代掻きで多忙だ。水田地帯の春の田植えと、秋の稲刈りの農繁期に労働が集中し、この切り崩しが頭痛の種。
 猫の手も借りたいから学校の農繁休校が春秋2回あったが、今はもう機械化で解消されてしまった。ところがデンマークでは今でもポテト収穫期には農繁休校を実施している。農を大事にする国は違うものと感心させられた。
 田植えになると、まさに猫の手も借りたい「80と8度」の手がかかる。水苗代にはタップリと水を張り、主に高齢の男子が苗引きで、両手の小指を泥に浸けて苗を引き、泥を抱えた根を水で落とし、予め準備した苗葉藁で縛り一把の苗にしてとり続けるが、やがて手首が異状になり(「そらで」と言った)若い娘が縫い糸で手首を縛ってもらうと楽になると言われた。
 2~3時間もすると寒くなり手が悴んでくる。藁を持ってきて焚き火で暖をとりながらの苗取りである。そこで取られて水に浮いている苗を数え10把ずつ
にして水田の大きさに応じて背負いもっこに入れての苗運びは水が滴り、腰下がずぶ汚れになる辛い仕事で若者の担当。一方田圃の方は水を払い型枠を転がして田植えの準備。そこえ子供逢が適当に苗束を撒布して早乙女が田植えを始める。
 女性の服装は絣の半天の様な膝までの作業着に紺の股引(モッペ)に素足。紺の腕抜きに手甲だけで、顔には頭に手拭、顏には鼻顔という耳だけが見える独特のゲートルのような紺染めを巻きつけ虫除け男よけに独特のいでたちである。町方の人も加勢に来てくれ賑やかで、隣近所の噂や歌、時には子供には内緒のH話なども。畦に控えて苗を切らした時に投げて届ける小苗打ちは少年の役で、耳を傍立てて聞こうとしたものだ。家では老婆が小昼のおやつづくりや乳飲子を負ぶってママに連れてくる。総てが欠け甲斐のない存在であった。
 そして夕暮れ迫る頃作業終了で衣服を排水で洗い始めるが、女性の股引を脱ぎまっ白な大腿など見ると、艶めかしく凄く色めいてぞくぞくしたものだ。
 長い田植え(五月と言った)が10日位で終るとさなぶりが始まる。一番嬉しいのが、お袋が長着物を着て日中家にいる安堵感である。そして牡丹餅を作り神仏に捧げ豊作を祈り向う8軒両隣におすそ分けする。その頃入梅に入ると雨垂れの音を聞きながらの昼寝の醍醐味は表現の仕様がない楽しい安らぎの満足感で熟睡したのである。そして嫁所(よめじよ)になり、嫁さんは数日実家に里帰りしてくる楽しみなのであった。
 多忙ではあったが現代のカレンダー生活より、暦生活のほうが精神的な豊かさがあった。

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