(043)EU農業の持続可能性と「大豆宣言」2017年8月11日
世の中には、コラムには重いが、そうかといって無視できないものがある。2017年7月、ドイツとハンガリーが出した提案にオランダを始めとする各国が賛同する形で、EU13か国による「大豆宣言(EU soy declaration)」が出された。この内容は、色々な意味で興味深い。
第1に、EUで有機農業やオーガニック食品に関心を持つ人が増え、その流れが着実に増加していることを踏まえているという点である。この分野を支持する人には極めて分かりやすく朗報であろう。特に、非遺伝子組換えを求める消費者や生産者には基本、追い風と考えることができる。ただし、これを国際貿易の現実で見るとやや異なる絵が見える。
例えば、主要な油糧種子の約6割を占める大豆の場合、世界の生産量は約3.5億トンであり、輸出量は1.5億トンである。生産量を国別に見た場合、米国、ブラジル、アルゼンチンの3か国合計が2.8億トンと約8割を占めるが、EUは約230万トンに過ぎない。
一方、2016年の大豆作付面積に占める遺伝子組換え品種の割合を見ると、3か国とも9割超である。この3か国の大豆輸出量合計は年間約1.3億トンということを考えれば、9割(1.2億トン)が遺伝子組換え品種だとした場合、非遺伝子組換え大豆は3000万トンという概算になる。今回の大豆宣言はこれ「も」ターゲットにしているため、非遺伝子組換え大豆の獲得競争を煽る可能性があるが、事はそう単純ではない。
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第2に、EU全体の大豆輸入数量は年間約1500万トンである。単純計算すると、EUにおける大豆の自給率は13%程度(230÷(1500+230))になる。膨大な輸入大豆は主に飼料として用いられる。簡単に言えば、EUは域外から膨大な大豆(正確には大豆及び大豆製品)を輸入し、それを大前提とした畜産を構築している。大豆輸入数量では中国が際立つため見逃しがちになるが、実はEUの大豆輸入量は世界第2位である。
今回の「大豆宣言」に賛同したオランダはその中心である一方、卵や卵製品、酪農製品、その他食肉輸出ではいずれも世界の輸出上位に属している。オランダ型農業がわが国でも注目される所以であるが、その背景にはオランダの地理的優位性を基盤とした膨大な飼料穀物の輸入という大前提があることにも注意すべきである。
第3に、ここで先の2つが結びつく。オーガニックに関心ある消費者の増加は、当然のことながら、最終製品だけでなく原材料へのこだわりも増加することを意味している。その結果、元々、域内生産が少ない大豆については域内外(具体的には欧州中央部や東欧)での大豆生産振興(恐らくは将来的な作付転換)と同時に、長年の間に確立した輸入飼料依存型で持続可能性に不安が残る畜産を何とかしたいという本音が伺える。
※ ※ ※
今回の「大豆宣言」を筆者なりに読み解くと以上のような形になる。
世界の主要な大豆輸出国の生産が大きく遺伝子組換えにシフトした中で、目の前の消費者が原材料にも非遺伝子組換えを望んできた時の対応が最もわかりやすい第一層、元々輸入依存型であった畜産を少しでも域内自給型に近づけ、できればEU全体の作物生産の大きな転換に結び付けることが第二層、さらに、その結果として、将来の熾烈な争奪戦になる可能性を想定し、非遺伝子組換え大豆の生産体系を域内および域外周辺各国との間で確立した上で最終製品を輸出すれば、世界市場で競合相手に対し付加価値で明確な差を付けられるということが第三層である。
実際、「大豆宣言」の付属文書を見ると、EUと非EU各国とのパートナーシップということで、ウクライナ、モルドバ、セルビア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナとの連携が示されている。これらの国々は恐らくEUにとっては将来的かつ潜在的な非遺伝子組換えの「大豆産地」として想定されているということになろう。
以上はあくまでも筆者の頭の中の妄想である。囲碁やポーカーに慣れた人には当たり前の事だが、したたかで現実的な戦略とは、絵に描いたような綺麗で単発なものではなく、幾重にも複層化していることが多い。農業の持続可能性を本当に考えるならば何手先まで手を打てるか、その競争が国際レベルで始まっているということだ。
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