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(046)世界貿易と「牛の幸福」2017年9月1日

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【三石誠司 宮城大学教授】

 世界の牛肉貿易を輸出という視点から簡単に眺めてみたい。簡単に言うと、近年の世界の牛肉輸出量は約1000万tであり、輸出国上位4か国で6~7割のシェアを占める。日本人の場合、牛肉輸出となれば常連国としてすぐに頭に浮かぶ国は、米国とオーストラリアであろう。多くの場合、こう理解しておけば十分だが、世界全体で見るとこうした理解が一面的にすぎないことがわかる。

 まず、近年では米国とオーストラリアに加え、ブラジルが常連国としての地位を確保している。それだけでなく、今や年によっては牛肉輸出量世界一を誇るまでに成長している点を押さえておく必要がある。
 では残りの1か国はどこか? それがインドである。
 やや不思議に思われるかもしれない。インドの宗教はヒンドゥー教であり、その特徴としてよく知られているのは、牛は神聖な動物であること(もちろん食べてはいけない)、左手は不浄というものだからだ。
 実際、インドの国勢調査(2011年)によると、同国における宗教の割合はヒンドゥー教徒79.8%、イスラム教徒14.2%、キリスト教徒2.3%、シク教徒1.7%、仏教徒0.7%、ジャイナ教徒0.4%である。簡単に言えば、ヒンドゥー教が8割、イスラム教その他が2割ということだ。このうち牛肉食を問題としないイスラム教徒とキリスト教徒だけでも16.5%になる。さて、ここからは算数の問題だ。

 

※  ※  ※

 

 インドの人口は何人か?
 データは各種あるが、ここでは13.4億人としておこう。単純計算で16.5%を掛けると2.15億人という数字が出る。これが「牛肉を食べる」インド人の数であると推定できる。変な例えだが、ヒンドゥー教徒にビーフカレーは言語道断であっても、イスラム教徒やキリスト教徒にとっては何の抵抗もない。むしろ御馳走かもしれない。
 問題は母数であり、そこに大国の怖さと可能性が共存している。インドには、日本の倍、約2億人の国内牛肉マーケットが存在するということだ。
 ここで簡単にインドの牛肉の需給(2017年)を示すと、国内生産量が425万t、国内消費量が251万t、そしてその差185万tが輸出されている。
 2017年の世界で牛肉輸出第1位はインド、続いてブラジル(180万t)、オーストラリア(140万t)、米国(124万t)である。
 牛肉を食べないヒンドゥー教徒が国民の8割を占める国でも、残りの2割だけで日本の倍以上の人口であることを考えれば当然と言えば当然かもしれない。一面的な理解では見逃しがちな点である。

 

  ※  ※  ※

 

 しかしながら、物事はそれほど単純ではない。困ったことに何を食べるかは、個々人の好みや宗教上の理由だけではなく、実は時の政治にも影響される。
 現在のインドは行政区画として29の州と7つの連邦直轄領から構成されているが、ヒンドゥー教保守派に配慮した連邦政府は「牛の幸福を守るため」、食肉処理を目的とした牛の売買を禁止、既に今年5月の時点で18州において実行されたという。
 規模40億ドル(約4000億円)とも言われるインドの牛肉業界はイスラム教徒が多く、当然のことながらこうした動きには反発している。それは、今後の動向次第で国内での牛肉消費だけではなく、国際市場でのインドの牛肉シェア争いに大きな影響が考えられるからである。
 世界の約2割を占める既存のインド産牛肉輸出先を他の3か国のどこが取るか、既に水面下で熾烈な駆け引きが行われているであろう。

 

※  ※  ※

 

 わが国ではWTOルールに従ったセーフガードの発動ですら議論になる中で、世界市場では既に次を睨んだ戦いが始まっているということも考えておく必要がある。

 

本コラムの記事一覧は下記リンクよりご覧下さい。

三石誠司・宮城大学教授の【グローバルとローカル:世界は今】

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