種子法廃止「附帯決議」は気休めにもならない2017年10月5日
今回は、「建前→本音の政治・行政用語の変換表」に次の二つを追加したい。
●附帯決議
=ガス抜き。法律に対する懸念事項に一応配慮したというポーズ、アリバイづくり(賛成・反対の双方にとって)。参議院の公式ホームページでも「附帯決議には政治的効果があるのみで法的効力はありません」と明記されている。
●パブリックコメント
=アリバイづくり。皆の意見を聞いたふりをして、膨大なコピーをとって審議会などで席上配布したのち、すぐに捨てる。反対者にとってはガス抜き。
最近、あるセミナーで種子法の廃止法への付帯決議について考えさせられる質問があった。「今後も都道府県に対して予算を確保し、種子が海外に流出したり、特定企業に独占されたりすることのないようにするとの附帯決議がなされたから懸念は払拭されたのではないか」という質問である。それに対して筆者は、「残念ながら、附帯決議に実効性はない」と答えた。
8月26日に「亡国・売国の漁業権開放」への懸念を解説したが、すでに成立した種子法の廃止は、まさに、もう一つの亡国・売国政策と言うべきものであり、もう一度振り返ってみたい。
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◆不意打ちを狙ったか?-結論ありきで議論を飛ばす
2016年11月に政府・与党が取りまとめた「農業競争力強化プログラム」に基づく「農業競争力強化支援法」などの関連8法が2017年春に成立した。そのうちの一つとして、主要農産物種子法(以下、種子法)が廃止された。
種子法は、1952(昭和27)年に制定されて以降、都道府県に原種・原原種の生産、普及すべき優良品種(奨励品種)の指定、種子生産圃場の指定、検査等を義務付けることにより、「我が国の基本的作物である主要農作物(稲、大麦、はだか麦、小麦及び大豆)の種子の国内自給の確保及び食料安全保障に多大な貢献をしてきたところである」(種子法廃止の附帯決議の前文より)。
しかし、この極めて重い法律は、「最近における農業をめぐる状況の変化に鑑み、主要農作物種子法を廃止する必要がある。これが、この法律案を提出する理由である」という一文だけの提案理由で、急きょ浮上して、わずかな質疑時間で採決されるというあっけない展開で「息絶えた」。
そこに至る経緯にも首を傾げざるを得ない。規制改革推進会議農業ワーキンググループで、2016年9月から始まった議論でも種子法廃止に関する説明はわずかしかなかったのに、10月6日の第4回会合で「民間の品種開発意欲を阻害している主要農作物種子法は廃止する」ことが明記され、これに対して、既定路線のごとく、その是非の議論は行われていない。事の重大さに気付かないうちに他の法案と一緒に潜り込ませて一気に走り抜けた感がある。
◆民間活力の最大限の活用による種子価格の引き下げ?
しかも、種子価格の引き下げという目的と完全に反する結果を生むことが明白であった。だからこそ、議論しようとしなかったともいえる。
「農業競争力強化プログラム」に基づく関連8法は、「農業者の所得向上」を図るために、「民間活力の最大限の活用」により、「生産資材価格の引下げ」や「農産物の流通・加工構造の改革」などに取り組み、農業の競争力強化を実現するとしている。
では、種子法の廃止は、生産資材としての種子の価格引下げに寄与するであろうか。都道府県が優良品種を安く普及させるために国が予算措置をしてきた根拠法がなくなれば、予算措置が認められなくなり、都道府県による事業継続が困難になっていく懸念がある。
命の要である主要食料の、その源である種は、良いものを安く提供するには、民間に任せるのでなく、国が責任を持つ必要があるとの判断があったわけだから、民間に任せれば、安価に優良種子を開発・普及する機能が失われる分、種子価格は高騰するのが必然である。
実際、現在、稲で民間種子として販売されている「みつひかり」の種子価格は公的品種の10倍もするというデータもある(表1)。米国でも遺伝子組み換え種子が急速に拡大した大豆、とうもろこしの種子価格が3~4倍に跳ね上がったのに対して、自家採取と公共品種が主流の小麦では、種子価格の上昇は極めて小さいことから、公的育種の重要性がわかる(図)。
◆野菜の自給率、実は8%?
日本でも、民間依存で種子の9割が外国の圃場で生産されている野菜の種子価格が相対的に高いことは、露地野菜の生産コストに占める種子代の割合がコメ・麦・大豆の2倍前後も高いことからも間接的に示唆される(表2)。
なお、自給率80%で唯一コメに次いでまだ高いと思っていた野菜も、種まで遡ると、自給率8%(0.8×0.1)という現実も衝撃である。
◆これまでの種子開発成果の譲渡義務に透ける真の狙い
「生産資材価格の引下げ」という目的に明らかに逆行するにもかかわらず、種子法廃止が唐突に組み込まれたのはなぜであろうか。背景には、公共種子・農民種子をグローバル企業開発の特許種子に置き換えようとする世界的な種子ビジネスの攻勢がある。世界的には、途上国の農家が自家採取していた種子が、いつの間にかグローバル企業に特許登録されて、使用料を請求される事態さえ起こっている。
それと関連して、注目すべきは、種子法廃止法とセットになっている「農業競争力強化支援法」の8条の4項にある次の規定である。
種子その他の種苗について、民間事業者が行う技術開発及び新品種の育成その他の種苗の生産及び供給を促進するとともに、独立行政法人の試験研究機関及び都道府県が有する種苗の生産に関する知見の民間事業者への提供を促進すること。
「生産資材価格の引き下げのため」と言いながら、それに逆行することは間違いなく、かつ、公的な育種の成果を民間に譲渡することを義務付けた規定がセットされていることから、本当の目的が透けて見える。
都道府県が開発・保全してきた育種素材をもとにして民間企業が新品種などを開発、それで特許を取得するといった事態が許されるのであれば、材料は「払い下げ」で入手し、開発した商品は「特許で保護」という二重取りを認めることになる(京都大学久野秀二教授)。
確かに、大豆やとうもろこしの次に、コメや小麦という主要食料の種子のGM(遺伝子組み換え)化を準備している寡占的な多国籍GM種子産業にとって「濡れ手で粟」である。日本の稲の種子をベースにGM種子にして特許化して独占し、それを買い続けない限り、コメの生産が継続できなくなったら、価格も吊り上げられていくことになり、国民の命の源を握られかねない重大な危機である。
◆グローバル種子企業の「新しいビジネスモデル」?
実際、M社は2003年までの6年間、愛知県農業試験場とコメ品種「祭り晴」のGM化の共同研究を行っていたが、58万人に及ぶ反対署名で断念した経緯がある。また、インドでは地域の綿花をGM種子で独占した後、種子価格の高騰で綿花農家に自殺者が続出して社会問題になったこともある。
英国ではサッチャー政権の民営化政策の一環として、公的育種事業を担ってきた植物育種研究所(PBI)や国立種子開発機関(NSDO)が1987年にU社に売却され、1998年にM社に再売却された。1970年代から民営化までの時期、PBI育成の公共品種が小麦生産の約80%を占めていたが、2016年にはフランスやドイツなどの海外企業を中心とした民間品種に完全に置き換わっている。当時のPBI所長は、PBI跡地で「ここで植物育種は死んだ」と述懐したという(京都大学久野秀二教授)。
なお、M社(GM種子と農薬販売)とドイツのB社(人の薬販売)の合併は、米麦もGM化され、種の独占が進み、病気になった人をB社の薬で治す需要が増えるのを見込んだ「新しいビジネスモデル」だという極端な見方さえ出てきている。
民間活力の最大限の活用、民営化、企業参入、と言っているうちに、気が付いたら国が実質的に「乗っ取られていた」という悪夢は様々な角度から進行しかねない。
なお、誤解のないように付記するが、筆者はGMが安全でないと言っているわけではない。筆者にGMの安全性を評価できる能力はない。ただ、懸念する消費者が多数存在する以上、消費者の選択権がなくなるような事態は回避すべきだと述べている。
◆附帯決議は気休めにもならぬ?
こうした懸念を背景として、種子法の廃止法の附帯決議には、次のような内容が記されている。
・種苗法に基づき、主要農作物の種子の生産等について適切な基準を定め、運用すること。
・主要農作物種子法の廃止に伴って都道府県の取組が後退することのないよう、引き続き地方交付税措置を確保し、都道府県の財政部局も含めた周知を徹底するよう努めること。
・主要農作物種子が、引き続き国外に流出することなく適正な価格で国内で生産されるよう努めること。
・特定の事業者による種子の独占によって弊害が生じることのないよう努めること。
しかし、最初に述べたとおり、附帯決議はあくまで努力目標であり、その実効性は保証されるものではない。国家安全保障のリスクを回避できる実効性のある措置を検討する必要があるだろう。「附帯決議」は気休めにもならない。
※出所: 表1、表2、図ともに「農民連ブックレット」2017年5月(鈴木宣弘・北出俊昭・久野秀二・紙智子・真嶋良孝・湯川喜朗 著)
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