(051)「俊寛」の価値観2017年10月6日
今から840年前の1177年、現在の京都市左京区で、有名な「鹿ケ谷の陰謀」があった。簡単に言えば、時の政権(平氏)打倒の陰謀が事前に発覚し、首謀者とされた3名が鬼界ケ島へ流されたのである。その後、望郷の念にかられた2名が1000本の卒塔婆を作り、歌を記して海に流したところ、その中の1本が厳島に流れ着き、翌年の清盛からの恩赦へとつながる。
ただし、赦されたのは2名のみ。卒塔婆流しに加わらなかった1名は迎えの船には乗せられず、1人、島に残された…という話である。
残された1名の名は俊寛。彼がとり残される場面は、平家物語の名場面の1つでもあり、かつては中学か高校の国語の教科書にその場面の抜粋が載っていた記憶がある。
何とか、道理を曲げてでも乗せていってほしいとの俊寛の頼みを都の使いは断固として断り、船を沖へ漕ぎ出し、俊寛が泣きわめく様を平家物語は以下のように記している。
「僧都せん方なさに、渚にあがり倒れふし、をさなき者の、めのとや母などをしたふやうに、足ずりをして、『是乗せて行け、具してゆけ』と、をめきさけべども、漕ぎ行く舟の習にて、跡は白波ばかりなり。」(注1)
名場面も文学的素養のない筆者が現代語にすると、味も素っ気もない。
「俊寛(僧都)は仕方がなく、渚に上がり倒れ伏し、小さい子供が乳母や母を慕うように足をばたばたさせ、『これ、乗せて行け!連れていけ!』と喚き叫ぶものの、漕ぎ行く舟の常で、残るのは白波ばかりであった。」
※ ※ ※
さて、数日前に出張の機会があり、移動途中に倉田百三の「俊寛」(1918)(注2)、菊地寛の「俊寛」(1921年)(注3)、そして芥川龍之介の「俊寛」(1922年)(注4)を読み比べてみた。いずれも今では青空文庫で無料、携帯用の読書端末で読めば、文庫本を持ち歩く手間も省けるし、同じ人物を異なる視点から眺めることができて興味深い。
倉田が描く俊寛と、菊地・芥川が描く俊寛像には大きな違いがある。ネタばらしになるので詳しくは作品を読んで頂きたいが、環境変化をどのようにとらえるかという点で、100年近く前の作品でありながら、現代人にも通じる視点がいくつも読み取れる。もちろん、現代の感覚や事情、倫理観とは大きく異なる点も多々あることは仕方がない。
しかしながら、権力闘争の果てに、たまたま勢いを得ても盛者必衰、また野に下ったとしても、それは全ての終わりではないことをも伝えている。倉田は戯曲、菊地・芥川は小説のため、読みやすいところから目を通せば十分である。
※ ※ ※
ここ何年もの間、我々は余りにも生産性と効率性を追求しすぎてきたのかもしれない。「持続可能性」という言葉を使うまでもなく、現代社会の様々なシステムが悲鳴を上げつつある。
俊寛の時代、彼は流刑の島で生きて行くために、自ら土を耕し、魚を釣らざるを得なかったのであろうが、現代社会でも基本は同じである。人はまず生きていかなければならない。それ以上に共通している点は、「何をもって満足するか」という点であろう。
富、社会的地位、家族、食料、...一人ひとりにとって、本当に大事なものは何かという価値観が問われている。それは、グローバルかローカルかという問いが、地域的な広がりを規定するいわば同時代に限定された共時的な問いであるのに対し、時間軸を過去から現在、そして未来につなげる共通かつ通時的な問いと考えても良いかもしれない。
※ ※ ※
最後に、鬼界が島とはどこか。現在の薩南諸島(種子島から与論島までの島々)のうちのどこからしく、硫黄島と喜界島には俊寛の墓や銅像があるという。筆者の知人の鹿児島県人は、新婚旅行でこれらの島々を一泊ずつ順番に回ったという話を20年ほど前に聞いたことがある。いずれ機会があれば行ってみたいものである。
注1:「平家物語一」『日本古典文学全集』、校注・訳 市古貞次、小学館、1973年、205-206頁。
注2:倉田百三「俊寛」青空文庫、これは戯曲である。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%8A%E5%AF%9B
注3:菊地寛「俊寛」青空文庫、http://www.aozora.gr.jp/cards/000083/files/1101_19885.html
注4:芥川龍之介「俊寛」青空文庫、http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/159_15201.html
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