【小松泰信・地方の眼力】農林水産 "辛" 時代と三安主義2018年1月24日
京都大学は22日、京大iPS細胞研究所(山中伸弥所長)の特定拠点助教(36)の論文にねつ造と改ざんがあったことを発表した。特定拠点助教とは、任期を付して雇用される非正規教員。この助教の雇用期限は今年3月末。正規教員と比べてあきらかに不安定な、そして多様かつ無用な“競争”にあおられる、プレッシャーに満ちた雇用条件下に置かれている。皮肉なことに、同日開幕した通常国会の施政方針演説において、安倍首相は働き方改革に言及する中で、「雇用形態による不合理な待遇差を禁止し、『非正規』という言葉を、この国から一掃してまいります」と宣言した。
◆"改革"の嵐がもたらすのは "辛" 時代
その演説において農業は、「5地方創生」の中の"農林水産新時代"という節で語られている。
そこでの皮切りは、戦後以来の林業改革への挑戦。農地バンクを模した「森林バンク」を創設し、意欲と能力のある経営者に森林を集約し、大規模化を進めるとのこと。
漁業では養殖業への新規参入が容易となるよう、海面の利用制度の改革を宣言する。すなわち漁協に優先的に与えてきた漁業権の民間解放などによる水産業改革であり、それに向けた工程表を策定し、速やかに実行するとのこと。
林業についても漁業についても、基本は農業・農協改革で身につけた手口の応用である。
その「攻めの農政」の成果として、農林水産物の輸出が5年連続で過去最高を更新するペースであること、直近の生産農業所得が3兆8000億円と過去18年で最も高い水準であること、そして40代以下の若手新規就農者が、統計開始以来、初めて3年連続で2万人を超えたことなどを誇示している。
また食品事業者には、「国際的スタンダードに基づく衛生管理を義務付け、おいしい日本の農水産物の世界展開を力強く後押しします」と、輸出促進への意欲を示している。
最後は、農林水産業全般にわたる「改革」によって、若者が、夢や希望を持てる「農林水産新時代」を築いていく、と宣言。
「推進の決意を強調した」(新潟日報社説、23日)にすぎず、地方や農業には、夢も希望もない "辛" 時代をもたらすのみ。
◆山積する課題と裸の王様
日本農業新聞(22日)の論説は「転換期の農政は議論すべき課題が多い」として、今国会を「農政改革検証国会」と位置付け、与野党による骨太の論戦を期待している。今国会へは64本の政府提出法案が見込まれ、うち9本が農林関係。なかでも、農業競争力強化プログラムと連動した卸売市場法改正案が、与野党の対決法案になる可能性を指摘する。さらに、今年度補正予算案と来年度予算案の審議において、「一連の農政改革の是非や貿易自由化への対応...、米の生産調整からの国の撤退や、米の直接支払いの廃止、飼料米に傾斜した水田フル活用対策、復活した土地改良予算」等々、論ずべき事項が山積していることを強調する。
首相が誇らしげに語る「攻めの農政」の成果をはるかに上回る課題の多さ。何も解決されていない状況から目をそらし、手柄にもならないことを手柄として自慢する姿は、醜き裸の王様そのもの。さらに同紙は、安倍政権の農政改革の中でほとんど手つかずで、現場に放置されてきたテーマとして「中山間地域対策」をあげて、駄目を押す。
◆食と農に迫り来る危機を伝えないことは罪
にもかかわらず、メディアや国民の関心は乏しいが、世界に目を転ずれば、食や農業への関心は決して低くない。
「しんぶん赤旗」(22日)は「食と農業を守れ "環境と動物にやさしく"」という見出しで、20日に3万3000人が参加した、ドイツ・ベルリン市内で行われたデモの様子を伝えている。世界70カ国が参加する「ベルリン農業相会議」に合わせたもので、環境や動物にやさしい農業への転換や食の安全を求めて、100以上の団体が呼び掛けて行われた。
「デモは、大規模畜産・養鶏が環境に悪影響を与え、動物を虐待していると強く批判。農業大企業に補助金を支払うのではなく、家族農業を保護するよう呼び掛け」るとともに、今後できる新政権に対して、農業政策の抜本的転換を求める横断幕も掲げられていたとのこと。さらに、「農民によるトラクターデモのほか、鶏、牛、ミツバチなどさまざまな着ぐるみ、かぶり物が登場。主催者の呼び掛けで多くの参加者が持参の鍋をたたきながら、にぎやかにデモ行進しました」と、伝えている。
対話病に犯され、署名活動すら行わないJAグループには、この程度の話でも刺激的だろう。しかし、食と農に迫り来る危機とそれが人や社会に多くの問題を引き起こすことを伝えないことは罪である。
◆死守すべき三安主義と毅然とした姿勢
22日の日本農業新聞には、同紙がまとめた「農畜産物のトレンド調査結果」(野菜、果実、米、畜産物、花の5部門に関し、スーパー、生協、専門小売店、外食、卸売業者など約300社の販売担当者を対象に実施。回答は176社。今年で11回目)の概要が紹介されている。
「農畜産物の2018年のキーワードは何だと思いますか(複数回答)」という問いに対して、最も多いのが、「安全・安心」(43.5%)、これに「おいしさ」(36.5%)、「健康」(32.9%)が続いている。上位3項目は昨年と同じ。「安全・安心」は3年連続1位である。
「産地への要望(回答は上位二つ)」という問いに対して、最も多いのが「品質の安定」(24%)、これに「安定供給」、「安全・安心」が続いている。上位2項目に共通するのは、「安定」という言葉である。
これらから、流通業者には、安全・安心・安定という三安主義とも言える基準があることがうかがえる。それは、消費者の意識を反映したものでもある。故に、農業者やJAグループには、三安主義を脅かすものに対しては、毅然とした姿勢が求められる。
iPS不正問題を取り上げた各紙(24日)の社説が、三安主義を脅かすものと、それへの毅然とした姿勢を示唆している。
「国は本腰を入れて『行き過ぎた成果主義』の是正に取り組むべきだ」(産経新聞)
「行き過ぎた競争が論文不正の温床となっているとの指摘がある」(新潟日報)
「若手研究者の雇用の安定化は、山中教授がかねて主張してきた」(毎日新聞)
「国は研究にじっくりと向き合える環境の整備を急ぐべきだ」(神戸新聞)
当コラムによる下線の箇所は、仕事全般に関わること。働く者を不安定な環境下に置き、過度に競争を煽り、多くの成果を求めても、良いものは生まれない。必ずどこかで取り返しのつかない破綻を招き、辛い人生を作り出す。
医学も農業も"生命の連鎖性"に関わる仕事。あせらず、じっくりと、腰を据えて、納得できる仕事をする。それしかない。
「地方の眼力」なめんなよ
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