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乳価暴落招く指定団体廃止(上)2018年2月23日

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【鈴木宣弘・東京大学教授】

・改定畜安法の本質的問題点

 「畜産経営の安定に関する法律」(畜安法)の一部改定が行われ、「加工原料乳生産者補給金等暫定措置法」が畜安法に取り込まれ、補給金交付制度が恒久化でき、指定団体の機能も維持された、という評価もあるが、それは一面的である。改定畜安法の施行を前にして、再度、その本質的問題点を2回にわたってまとめておこう。

◆背景と位置づけ

toku1710200701.jpg 規制改革推進会議の答申に沿ってまとめられた「農業競争力強化プログラム」に基づく「農業競争力強化支援法」を中心とした関連8法の1つとして成立した「改定畜安法」で、酪農の指定生乳生産者団体(以下「指定団体」)は廃止される。生乳の全量委託を義務付けてはならないことになり、「指定団体」という名称は残るが、別物になる。これは一連の農協による共同販売(以下「共販」)の解体の一環といえる。
 すでに、全農についても、農産物販売の価格交渉力を発揮するのでなく、他の買取業者と同列の農家から農産物を買う一買い手になること、資材購入の価格交渉力を発揮せずに、農家とメーカーをつなぐ情報提供に徹することなど、共販と共同購入を否定、つまり、協同組合の存在意義を否定する方向性が要求され、それに応える全農の目標が出された。歴史を逆戻りさせ、農産物の買いたたきと資材価格のつり上げにつながりかねない。
 前々回指摘したが、農業競争力強化支援法では、農協共販を「中抜き」して農家の直接取引を推奨している。「改定畜安法」は指定団体を通さない直接取引を推進する。バター不足が指定団体にかかる規制によってもたらされているので、取引を自由化すれば酪農家所得が上がるという論理を規制改革推進会議は主張するが、酪農家が個別取引で分断されていったら、英国のように乳価は暴落しかねない。

 

◆生乳流通の特質

 そもそも、腐敗しやすい生乳が小さな単位で集乳・販売されていたのでは、極めて非効率で、酪農家も流通もメーカーも小売も混乱し、消費者に安全な牛乳・乳製品を必要なときに必要な量だけ供給することは困難になる。だからこそ、まとまった集送乳・販売ができるような組織・システムが不可欠であり、そのような生乳流通が確保できるように政策的にも後押しする施策体系が採られているのは、世界的にも多くの国に共通している。
 そして、腐敗しやすい生乳が小さな単位で集乳・販売されていたのでは、買いたたかれる。この取引交渉力のアンバランスが生乳市場の特質である。まとまった販売力がなければ、酪農家が疲弊し、安定供給はできなくなる。だからこそ、共販が不可欠である。それを崩してしまったらどうなるか。
 小売のマーケットパワーが強い市場では規制緩和は市場の歪みを増幅し、買いたたきを助長して生産者をさらに苦しめる。買手側からすれば、それが狙いといえる。その人達が「酪農家の所得向上のため」に指定団体を廃止すべきというのは欺瞞ではないだろうか。

 

◆政策決定プロセスの特徴

 官邸、規制改革推進会議、と所管官庁のトップで農政の方向性が決められ、それに対する修正は難しい。「50年ぶりの見直し」という言葉に喜ぶ官邸と規制改革推進会議の「実績づくり」のために指定団体の崩壊へのレールは敷かれた。50年ぶりの見直しという重大な案件なのに、所管官庁の食料・農業・農村審議会の畜産部会で一度も議論されずに進められるという異常事態となった。最初から結論ありきで、(1)補給金対象を限定しない、(2)全量委託を要件としない、ことが決まってしまい、日本の生乳の97%を流通させてきた指定団体の結集力の土台が崩され、あとは条件闘争のみになっていた。
 当初、所管官庁は抵抗したが、担当局長も担当課長も異動になったのち、当該局長は1年後に退職した。後任の担当局長や担当部局は政省令で何とか工夫しようとしたが、「小細工無用」との監視の目が光っている。

 

◆実効性のない言葉

 「農業競争力強化プログラム」で「生乳流通を自由にする」と明言する一方で、「生乳需給調整に国が責任を持つ」、「用途別販売計画に基づき監視する」、「いいとこ取りの部分委託は認めない」との趣旨が法に書かれているが、3つのいずれも実効性が担保できるとは思えない。

(1)国が需給に責任もつ?
 コメについては生産調整から手を引くという政府が、酪農については「生乳需給調整に国が責任を持つ」という奇妙な趣旨を法に入れているが、「生乳流通自由化」の下で「生乳需給調整に国が責任を持つ」というのは矛盾する。過剰乳製品の買上げシステムなども正式に廃止する中で、政府による需給調整機能が発揮できるとは思えない。

(2)販売計画で監視する?
 補給金対象になる要件として需給調整に責任を持つよう「用途別販売計画に基づき監視する」(飲用向けと加工向けとの用途別の販売計画を出してもらい、日本全体の用途別の需要から見て、飲用向けが多すぎないか、といったチェックを行う)というが、簡単に監視できないし、個々の計画の達成と国全体の需給とは別物である。また、需給事情の変化に基づく調整が生じるのが常であるから、当初の販売計画がそのままではかえって需給は混乱してしまう。

(3)いいとこ取りは認めない?
 「いいとこ取り(独自ルートで有利に販売できる分だけ自分たちで販売して売れ残り分だけ組織に販売委託する)の部分委託は認めない」と言うが、実質的に部分委託を認めないことにしないかぎり、いいとこ取りは防止しきれない。「季節変動を超える変動」や「売れ残り」の判断は難しく、「極端に考えれば、乳価の高い飲用向けが全て共販外に流出し、乳製品向けだけが共販に残存する事態も考えられる。」(北海道大学講師・清水池義治氏)

 このように、いずれも、言葉は踊れど、実効性が担保できるとは思えない。

 

◆酪農所得低迷の原因

 酪農は「トリプルパンチ」である。以前に解説した「TPPプラス」(TPP以上)の日欧EPAとTPP11の市場開放に加えて、「改定畜安法」により農協共販の解体の先陣を切る「生贄」にされた。このままでは、生乳生産の減少が加速し、バター不足の解消どころか、「飲用乳が棚から消える」事態が頻発しかねないと乳業メーカーも危惧する
 近年のバター不足の背景には、酪農家の所得が十分に確保できない状況が長年続いていることがあるが、その原因を指定団体制度による規制に集約するのは間違っている。

 

(1)固定的補給金の限界

 酪農所得低迷の根本原因の一つは、我が国では、従来、生乳生産費と販売価格との差額を補てんしていた仕組みを改定し、2001年以降は、加工原料乳に生乳1kg当たり10円程度の固定的な補給金が支払われるのみなので、酪農家の生産費がカバーされる保証がなくなった状態が続いていることが挙げられる。

 

(2)小売からの川上部門へのしわ寄せ

 我が国では、2008年の飼料高騰によるコストの急上昇にもかかわらず、乳価が上がらず、酪農経営が苦況に陥った。諸外国では、飼料危機当時にも、乳価上昇による調整が非常に迅速に機能したが、我が国では、大型小売店の取引交渉力が強く、牛乳価格の引上げが遅れ、多くの酪農家が倒産した
 我々の試算では、我が国では、メーカー対スーパーの取引交渉力の優位度は3対7で、スーパーがメーカーに対して優位性を発揮し、酪農協対メーカーの取引交渉力の優位度は1対9に近く、メーカーが酪農協に対して優位であるため、しわ寄せが酪農家に集中する構造が示されている。

 

(3)需給調整機能の負担

 さらには、欧米では、政府が乳製品の市場価格が低下してくると支持価格でバター・脱脂粉乳を買い入れ、市場価格が高騰すると在庫を放出する需給調整機能を果たしているので、バター・脱脂粉乳の不足は起こりにくいが、日本政府は同様の機能を畜安法に規定しながら、この何十年間一度も発動せず、早くから放棄してしまっていた。このため、我が国では、欧米のような「はけ口」がほとんどない中で、生産者の努力によって生産調整に苦労して取り組んできた。その努力は高く評価されるが、種付けから始める場合には生乳生産の増加までに2年以上もかかる酪農においては、生産調整を行っても需要に供給を合わせるのはなかなか難しく、「不足」と「過剰」の繰り返しを招きやすい。この繰り返しで酪農家も疲弊した。

この続きは日曜日に掲載致します。

 

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鈴木宣弘・東京大学教授のコラム【食料・農業問題 本質と裏側】

 

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