農協は誰のための組織か2018年3月9日
「農家による農家の為の農協」は、農水省が農協改革を説明するときによく使う言葉である。元ネタが「国民による国民のための国民の政治」だから否定できないように聞こえる。しかし、最新のガバナンス理論によると、そうでもないようである。
◆エージェンシー理論の誤り
「農家による農家の為の農協」という考えは、企業ガバナンス(企業統治)でよく用いられるエージェンシー理論に基づいている。
エージェンシー理論は、(1)株主は企業の所有者である、(2)代理人である経営者は株主の意向に従って事業運営する責務を負う、(3)株主は自分達の経済的利益が最大になるような事業運営を望む、というものである。
しかし、ハーバード・ビジネス・スクールのバウアー名誉教授によると、エージェンシー理論には主に以下の誤りがあるという。
(1)法律上、株主は企業活動の受益者であるが、会社の資産保有者ではない。経営者には受託者責任はあるが、株主の指示通りに動く代理人ではない。
(2)株主は有限責任であるので、経営者と違い企業利益を守る責任はない。
(3)株主の短期的な利益志向は、経営者の視野を狭め、長期的な利益を損ないやすい。
(4)エージェンシー理論は、「株主は一枚岩」を前提しているが、現実に反している。
◆ステークホルダー理論の台頭
最新のガバナンス理論では、株主利益だけを重視するエージェンシー理論から、さまざまな利害関係者との関係を重視するステークホルダー理論に主流が移りつつある。
その背景には社会環境の変化として、グルーバル化によって、さまざまな企業・組織のネットワークができたことが挙げられる。
かつては株主だけを考えればよかったが、現代の企業は、株主、顧客、従業員にとどまわらず、地域社会などさまざまなつながりで成り立っている。そのつながりの範囲はますます広がっている。
株主は、いざとなれば株式を売却することで即座にその企業との縁を切ることができる。しかし、従業員は勤務先を退職したくても、次の仕事先を見つけなければならない。企業城下町では会社の盛衰は地域社会の盛衰に直結する。
仮に、外部からの改革圧力の通り、農協が信用事業を代理店化し、認定農業者むけの経済事業に特化した職能組合になったとする。それでも、「農家の為」に農産物価格の引き上げることには限界があるはずである。
というのは、農産物という必需財の価格引き上げは消費者の利益を損なうことになる。また、国産が高騰すれば国産から輸入品への代替を促進しかねないからである。
「農協は農家の為の組織だから、農家以外の准組合員が過半を占める状態はおかしい。地域組合なら株式会社か生協に転換すべき」という主張はステークホルダー理論からはその前提から考えなおさねばならない。また、協同組合より株式会社のほうが多様な利害関係者に配慮する組織とでもいうのだろうか。
◆改正農協法は世界的な流れに逆行
現在、企業ガバナンスの透明性を確保するため、各国はガバナンス・コードを作成している。わが国も2015年に金融庁と東京証券取引所はコーポレートガバナンス・コードを発表した。
この基本原則2では「上場会社は、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の創出は、従業員、顧客、取引先、債権者、地域社会をはじめとする様々なステークホルダーによるリソースの提供や貢献の結果であることを十分に認識し、これらのステークホルダーとの適切な協働に努めるべきである」と記載されている。
このように、すでに東証上場企業においてすら、株主利益最大化ばかりでなく、ステークホルダーの利益とのバランスを求めている。
また、日本版のお手本となったイギリス版やOECDのコーポレート・ガバナンス原則ではさらにステークホルダー理論が主流となっている。2015年改正農協法は、世界的な流れと逆行しエージェンシー理論のみが強調されている点に留意すべきである。
(藤井晶啓)
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