【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第11回 懐かしいが住みたくない昔の家屋2018年7月12日
十数年前の話になるが、新聞の中に「向井潤吉風景画選集―懐かしき日本の風景―」の宣伝パンフがはさまれてきた。パンフには、四季折々の田畑や林野、山々に囲まれてひっそりとたたずむわら葺きの農家、数十年前まではどこに行っても見られた風景の絵がいくつか載っていた。これは全国各地の「失われゆく民家風景を描き残した」ものであり、「ふるさとで過ごした幼い頃の記憶がよみがえり、思わず涙が出るような懐かしさ」を感じるともパンフに書いてあった。
まさにその通りである。移築展示されている古民家などに入ると、いまだに残る煤のにおい、いろりの灰のにおい、土間の土のにおい、そして時の染みついたにおいの懐かしさで胸がきゅんとなる私のこと、一瞬この画集を買いたいと思った。
しかしやめた。いくら懐かしくとも、その時代に戻りたいとは思わないからである。この画集を見るたびにかつてそこで暮らしていた人々の暮らしの貧しさを思い出していたら苦しくなる。
さらに、この風景はそのまま残しておきたいとは思っても、そこに住む人の利便性を考えたら住んで残しておけともいえない。
かつての農家の住居は窓が少なく、暗い家だった。それに寒かった。すき間だらけの雨戸や障子からは雪すら家のなかに舞い込んできた。
私の生家の雨戸も板戸の縦板に沿って細くすき間が空いているところがあった。幸いなことに雨戸と部屋の間に縁側があり、障子で縁側と仕切られていたので、すき間風は直接部屋に入ってこなかった。けれども、雪が降った次の日は縁側にそのすき間の形通りに線状にうっすらと白く雪が積もっていた。そうなってくると雨戸を閉め切ったままにする。開けたら寒くていられないからである。やがて雪が積もり、さらに屋根から下ろされた雪が軒下にうずたかく積もり、屋根に届くくらいになる。そうするとその雪で防寒・防風されるので若干ではあるが厳しい寒さから保護され、すき間から雪や風が入り込むなどということもなくなる。そのかわりに縁側にも部屋にも外の光が入らなくなり、昼でも暗くなる。
それでもそうした茅葺きの家は夏涼しいではないか、こう言われるかもしれない。たしかにその通りである。ましてや縁側など開けっ放しにするので風通しもよく、本当に過ごしやすい。しかしそのことは冬は寒いことを示している。
もちろんいろりはある。しかし煙抜きのために天井が高くなっているので部屋は暖まらない。居間や客間にある火鉢では手や顔が暖まるだけで背中は寒い。
こたつもある。これは暖かい。寒くなるとそこに手足を入れて暖まる。しかしやはり背中は寒い。夜はこのこたつのまわり四方に布団を敷き、みんなこたつに足を入れて寝る。だから夏と冬のふとんの敷き方が違う。こたつのない部屋に寝るときは行火(あんか)を入れる。足が暖まるから何とか眠れる。しかしいずれで寝ても朝方布団から出るとすさまじく寒い。
このような寒さをできるかぎり防ぐためには床下を高くするわけにはいかない。寒気が床下に入ってきてどうしようもなくなるからだ。床板を頑丈につくればいいかもしれないがそんな金もない。湿気では死なないが、寒さでは死ぬ。湿気やかびくさいぐらいはがまんしなければならない。しかし、毎日雨が続くとやはり憂鬱になる。
しかも家のつくりは生活よりも生産が優先されていた。たとえば広い土間は、雨や雪のときの、また冬の、仕事の場としてもつくられたものであった。養蚕農家の住まいは、蚕を飼う時期になると、それまで座敷として人間が利用していたところが蚕室になった。畳やござがあげられて板の間となり、そこで蚕が飼われるのである。人間様の住むところよりも蚕の住むところがまず確保される。そして蚕は炭火などの暖房がおかれた暖かい部屋で過ごす。まさに「おごさま(お蚕さま)」だった。
こんな貧しい衣食住の暮らしから何とかして抜け出したかった。しかしそれは容易ではなかった。
本コラムの記事一覧は下記リンクよりご覧下さい。
重要な記事
最新の記事
-
シンとんぼ(103) -みどりの食料システム戦略対応 現場はどう動くべきか(13)-2024年7月20日
-
みどり戦略対策に向けたIPM防除の実践(19)【防除学習帖】 第258回2024年7月20日
-
土壌診断の基礎知識(29)【今さら聞けない営農情報】第259回2024年7月20日
-
コメの先物取引は間違い【原田 康・目明き千人】2024年7月20日
-
(393)2100年の世界【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2024年7月19日
-
【'24新組合長に聞く】JA鹿児島きもつき(鹿児島) 中野正治組合長 「10年ビジョン」へ挑戦(5/30就任)2024年7月19日
-
冷蔵庫が故障で反省【消費者の目・花ちゃん】2024年7月19日
-
農業用ドローン「Nile-JZ」背の高いとうもろこしへの防除も可能に ナイルワークス2024年7月19日
-
全国道の駅グランプリ2024 1位は宮城県「あ・ら・伊達な道の駅」が獲得 じゃらん2024年7月19日
-
泉大津市と旭川市が農業連携 全国初「オーガニックビレッジ宣言」2024年7月19日
-
生産者と施工会社をつなぐプラットフォーム「MEGADERU」リリース タカミヤ2024年7月19日
-
水稲の葉が対象のDNA検査 期間限定特別価格で提供 ビジョンバイオ2024年7月19日
-
肩掛けせず押すだけで草刈り「キャリー式草刈機」販売開始 工進2024年7月19日
-
サラダクラブ三原工場 太陽光パネルの稼働を開始2024年7月19日
-
「産直アウル」旬の桃特集 生産者が丹精込めて育てた桃が勢揃い2024年7月19日
-
「国産ももフェア」直営飲食7店舗で25日から開催 JA全農2024年7月19日
-
「くまもと夏野菜フェア」熊本・博多の直営飲食店舗で開催 JA全農2024年7月19日
-
【現地ルポ】福岡・JAみなみ筑後(1)地域住民とともに資源循環 生ごみで発電、液肥化2024年7月18日
-
【現地ルポ】福岡・JAみなみ筑後(2)大坪康志組合長に聞く 「農業元気に」モットー2024年7月18日
-
【注意報】野菜・花き類にオオタバコガ 栽培地域全域で多発のおそれ 既に食害被害の作物も 群馬県2024年7月18日