【小松泰信・地方の眼力】"ウソ"から生まれた"生産性"2018年7月25日
7月25日朝、新聞各紙の多くが一面で自民党の岸田文雄政調会長の党総裁選不出馬を伝えている。何事もなければの話だが、蝉時雨を聞きながら熟慮を重ねた安倍晋三総裁は3選に向けて出馬するはず。そもそも岸田氏は悩む必要なし。出馬しても赤っ恥をかくだけ。奇跡的に選出されたとしても、待ち受けているのは安倍一派がしでかした罪深き出来事の後始末。安倍氏は4選を目指すかもしれない。なぜなら権力なき食通の彼を待っているのは、臭い飯だから。
◆興味深い奥原事務次官の天下り先
罪深き出来事の後始末といえば、これもまた25日の朝刊各紙に載っていたのが、財務省を除く主な中央省庁の幹部人事。日本経済新聞の見出しは"交流人事の経験生かす 農水次官に末松氏決定"。従来型の人事が目立つなかでは、目を引くものだったようだ。「農水省の次官に就く末松氏は経産省との初の局長級交流人事で2016年に経産省に移った。IT(情報技術)活用など産業政策で得た経験を農業改革に生かす狙いだ。省内で農業改革を主導してきた奥原正明次官に比べバランスを重んじるだろうとの見方がある」と書かれている。
日本農業新聞は警戒心を解いてはいない。同紙によれば、「経産省から戻してすぐの事務次官起用は異例で、他の幹部の配置にも前例のない起用が目立つ」ことから、「官邸主導による改革路線を定着させたい思惑がにじむ」とする。
新次官の使命が、後始末なのか罪を重ねることなのかは判断できないが、官邸に後戻りする気がさらさらないことから、警戒警報のスイッチは入れ続けておかねばならない。そして"改革派"という名の改悪派奥原正明氏の名前が、農水省の「顧問」として記されている。天下り先が決まるまでのポストだろうが、どこに入り込むかが今後の農政を占う上でのチェックポイント。
もちろんJAグループには出禁のはず。
◆安倍内閣の"ウソ"と対策
24日のしんぶん赤旗の2018焦点・論点には溜飲を下げた。「安倍内閣と"ウソ" その危険性は」というタイトルで、二人の識者が首相や閣僚の"ウソ"発言について、なぜウソをつくか、その危険性、そしてそれへの戦い方を語っている。
藤原辰史氏(京都大学准教授)は、「安倍政権が、......自分の国民詐欺を隠し通すという意味で"ウソ"の政治を行う姿は、ナチスが政権を掌握していく過程ととてもよく似ています」と指摘し、「口では『うみを出す』と言いながら、何もしない安倍政権の姿勢はナチスの指導者原理による議論軽視の亜流、つまり自分しか見えない独りよがり」とする。そして、「ナチズムと安倍政権は双方とも立憲主義の破壊者」であり、「憲法という国の骨格を無視する政権だからこそ、ねつ造、隠ぺい、改ざんに対する倫理的感覚が自動的に鈍る」と急所を突き、「こんな政権を退場させられないのか、問われているのはわたしたちでもある」と、市民にも自覚を求めている。
香山リカ氏(立教大学教授・精神科医)は、「彼を変えたのは首相の権力」、権力を手に入れたことで「独裁者の万能感」を持ち、権力が得た凡人が傲慢になる「傲慢症候群(ヒュブリス・シンドローム)」に陥っていると診断する。「他者の批判を受け入れることができず、窮地に陥れば、自分に都合良くストーリーをでっち上げてでも自己防衛を図ろう」とするその症状がもたらした災いが、「公文書改ざん、隠ぺい、廃棄、データねつ造、虚偽答弁、セクハラなど財務省はじめ行政機構のモラル崩壊、人権侵害」だとする。傲慢症候群に冒された彼と、その彼に私物化された国家と社会を回復させるために、"世論の力で彼を権力から下ろすこと"を処方箋に記している。
◆"ウソ"が生みだすヘイト議員
安倍政権の"ウソ"が世に送り出したものの一つが、"倫理的感覚が自動的に鈍る""モラル崩壊、人権侵害"という言葉が洋服を着て議員バッジを付けて闊歩する連中である。
その代表的存在が自民党の杉田水脈衆院議員。「これほど非常識なことを言う人物が国会議員であることに驚く」との激しい書き出しは毎日新聞・社説(25日)。氏は、月刊誌「新潮45」への寄稿文において、「LGBT(性的少数者)のカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり『生産性』がないのです」と、記している。
社説は、「そもそも、子供を持つかどうかで人の価値を測り、『生産性』という経済の尺度で線引きするなど、許されることではない。しかも、日本に暮らす全ての人が対象となるのが行政サービスだ。そこからLGBTだけを外せと言わんばかりであり、これはもはや主義・主張や政策の範ちゅうではない。特定の少数者や弱者の人権を侵害するヘイトスピーチの類いであり、ナチスの優生思想にもつながりかねない。明らかに公序良俗に反する」と断罪する。当コラムも相模原殺傷事件の植松聖被告を思い出した。
にもかかわらず、同紙によれば、自民党の二階俊博幹事長は、「右から左まで各方面の人が集まって自民党は成り立っている。別に大きな驚きを持っているわけではない」と述べたそうだ。驚かない鈍感さと無知に驚く。この幹事長にしてこの議員あり。
◆「農ある世界」と生産性
お口直しに、養老孟司氏(東京大学名誉教授)と内田樹氏(神戸女学院大学名誉教授)の対談の一節を紹介する(『「農業を株式会社化する」という無理』家の光協会2018年)。
養老;地域について考えるときに最も重要なのは、どれだけ作物がとれたかとか、人口がどれだけ増えたかではなく、そこにいる人が幸せであるかどうかです。行政はそれをなるべく邪魔しないようにすべきでね。数値的な成果が出ていなくても、満ち足りた日々を送れているのであれば、それこそ「生産性」なんて無理して上げなくたって、ぜんぜん構わないんだから。
内田;農業は「非効率」であるがゆえに雇用を生み出し、同時に人間の市民的成熟を促す。集団での事業ですから、成員たちは相互扶助・相互支援のマインドを持たなければならない。協働事業にフルメンバーとして参加するためには、「約束を守る」とか「嘘をつかない」とかいう基本的な倫理が要求される。......そういう教育的な機能が協働事業としての農業にはある。
内田氏は同書の自らの章で、「改革だとか革命だとか『バスに乗り遅れるな』とか。そういうふうに強迫的に、浮き足立ってじたばたしてきた結果、『こんな世の中』になってしまった」として、先が見えない今だからこそ、一回足を止めてクールダウンする必要性を説いている。
多くのメディアは、あと二年、あと二年と東京オリ・パラ開催を盛り上げようとハイテンションで騒いでいる。そんな今だからこそ、クールダウンして「農ある世界」が伝えようとしていることを五感で感受すべきである。
「地方の眼力」なめんなよ
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