【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第13回 近所の「ノミスケ」、「さげたがり」2018年7月26日
私の子どものころ(太平洋戦争を挟む十数年の間)の話である。
私の生家は旧山形市(昭和の大合併以前)の南端にあり、田畑と町が隣接し、農家と非農家が半々くらいの今でいう混住地帯にあった。地域の農家・非農家はそれなりに仲良く暮らしていたが、やはり昔からの農家のつながりは強く、生産生活両面でお互いに助け合って生きてきた。
その生家の近所の農家に「ノミスケ」とあだ名されている人がいた。地域行事や実行組合の集まり、結婚式や葬式、年忌法要などの何か飲み会があると、必ず酒がなくなるまで居座ってへべれけになるまで飲み、人がまったく変わってしまってみんなにさまざま迷惑をかける人をそう言ったのである。呑み助と書くのか飲み助と書くのかわからないが、飲まなければいい人なのに酒の前では人間が変わるのである。
こういうノミスケが地域に一人は必ずいたものだった。そこで何かの時に父に聞いたことがある。どうしてあの人はああなるんだろうと。父はこう答えた、それは貧乏だからだと。酒が高くて(というより「金がなくて」なのだが)なかなか飲めない、そのめったに飲めない好きな酒がタダであるいは義理で包んだ若干のお金で飲める集まりがあるとなると、飲まなきゃ損だ、この時とばかりに意地汚くあおるように飲もうとする(前回述べた「えやす」になる)、それでぐでんぐでんになって他人に迷惑をかけるのだと。
そう言われてみるとノミスケはどちらかといえば相対的に貧しい家(みんな貧しかったのだがなかでも経営面積の小さい小作農の家)のご主人に多かった。なるほどと納得したものだった。
1950年を過ぎたころからではなかったろうか、そのノミスケの話はあまり聞かなくなった。それでずっと忘れていたのだが、今考えてみるとちょうどその時期は農地改革の成果が出始めたころ、小作料がなくなったので濁酒をつくるだけの米をこっそり隠しておくことができるようになったころだった。つまり濁酒で晩酌もできるようになり、もうノミスケにならなくともよくなった、ただ酒を飲んで騒いで鬱憤を晴らす必要も少なくなったのだろう。
そうなのである、ノミスケは貧乏がつくっていたのである。貧乏が人間を意地汚く、さもしく、下卑させていたのである。
前に書いた『雨たもれ』の話(5月17日掲載)に戻るが、かなり後になって父は私にこう教えてくれた、
あの雨乞いの歌と踊りが終ると小作人たちはみんなそのままの衣装で地主の家に押しかけたものだと。そうすると地主はご苦労様と酒を出す。そうしないわけにはいかない。「雨たもれ」は地主のためでもあるからだ。干ばつから免れれば小作料が安定してとれるのである。そしてみんなは土間に立ち膝で茶碗酒を飲ませてもらう。めったに飲めない酒がただで飲める、実はその「さげたがり(酒たかり)」が「雨たもれ」の主目的だったのだと父は言う。
もちろんそれだけが地主の家に押し掛ける目的ではない、今年は干ばつで不作かもしれないと地主にアピールし、秋の小作料減免を考えさせる、「雨たもれ」はその示威行動でもあったのだと父は付け加えたが。
ところで、こうした「えやす」や「たがり」はその昔にかぎったことではない、今の世の中、お金持ちや政治屋のなかにもたくさんいるようである。「貧すりゃ鈍する」と昔言われたものだが、「金持ちゃ鈍する」今の世の中、ますますひどくなっているのではなかろうか。このことについてはまた後で述べることにして、もう少しその昔の話を続けさせていただきたい。
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