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【鈴木宣弘・食料・農業問題 本質と裏側】欧米農政への誤解2018年8月23日

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【鈴木宣弘・東京大学教授】

◆欧米は「価格支持→直接支払い」でなく「価格支持+直接支払い」

 しばしば、欧米は価格支持から直接支払いに転換した(「価格支持→直接支払い」と表現される)が、実際には、「価格支持+直接支払い」の方が正確だ。つまり、価格支持政策と直接支払いとの併用によってそれぞれの利点を活用し、価格支持の水準を引き下げた分を、直接支払いに置き換えているのである。
 特に、EUは国民に理解されやすいように、環境への配慮や地域振興の「名目」で理由付けを変更して農業補助金総額を可能な限り維持する工夫を続けているが、「介入価格」による価格支持も堅持していることは意外に見落とされている。
 日本は、国境での価格支持にあたる関税も平均的には低く(OECDデータでは日本の農産物の平均関税率は11.7%でEUの19.5%のほぼ半分、図1)、国内の価格支持政策もWTO協定にのっとり、世界に率先して縮小したから、価格支持的な農業保護額は米国やEUよりも相当に少ない(表1)。

 我が国は、まず、価格支持をほぼ廃止して、しかし、直接支払いは模索段階という感があり、諸外国に比べて、不安定な市場になっている。日本は、20年前に、コメの政府買入れも備蓄米に限定して政府による価格支持機能はほとんどなくなったし、酪農の価格支持も廃止したWTO加盟国一の「優等生」である。

図1 主要国の農産物平均関税率‐我が国の農産物関税が高いというのは誤り 【鈴木宣弘・食料・農業問題 本質と裏側】表1 日米欧の国内価格支持政策(WTO上の削減対象の農業保護額)の比較
 かたや、欧米はしたたかである。EUでは主要穀物と酪農について、「介入価格」での製品買入れによって最低限の価格を支えている。「支持価格水準が低いから機能していない」との見解もあるが、機能している実例は図2だ。図2の「最低価格」が介入価格である。イギリスのサッチャー政権で一元的な生乳販売組織のミルク・マーケティング・ボード(MMB)が解体されて、多国籍乳業と大手スーパーに買いたたかれ、乳価は暴落したが、最低価格で支えられたことが読み取れる。介入価格よりも乳価が下がらないようにバターと脱脂粉乳の買入れが発動されるからである(日本ではMMB解体の惨状を「反面教師」にせずに、指定生乳生産者団体の解体の方向性を2017年に法制化し、かつ政府による最低限の買い支えも完全に廃止した)。

図2 EU主要国の生産者乳価の比較
 このような価格支持をベースにして、さらに手厚い直接支払いで、EU各国の農業所得の90~100%近くが補助金で形成されている(表2)。中でも圧巻は表3だ。フランスやイギリスの小麦経営は200~300ha規模が当たり前だが、そんな大規模穀物経営でも所得に占める補助金率は100%を超えるのが常態化している。つまり、市場での販売収入では肥料・農薬代も払えないので、補助金で経費の一部を払って残りが所得となっている(「農業粗収益-支払経費+補助金=所得」と定義するので、例えば、「販売100-経費110+補助金20=所得10」となる場合、補助金÷所得=20÷10=200% となる)。日本では補助金率が極めて低い野菜・果樹でもフランスでは所得の30~50%が補助金なのにも驚く。
 EUだけではない。カナダもバターと脱脂粉乳の政府買入れによる価格支持を行い、米国はバターと脱脂粉乳の政府買入れによる「乳価-飼料代」の最低限のマージンを支えている。米国の穀物の価格支持と「不足払い」もすごい。

表2 農業所得に占める補助金の割合(A)と農業生産額に対する農業予算比率(B)表3 品目別の農業所得に占める補助金比率の日仏比較(%) 

◆「米国は収入保険が主流になっている」のか?

「米国も収入保険が主流になっており、その米国型の収入保険を手本とするのだ」という言い方もされ、穀物だけでなく、酪農政策についても、2014年農業法で抜本的改革によって収入保険型に移行したとされるが、これは誤解である。
 まず、穀物については、米国には、目標価格(生産コストに見合う水準)と市場価格との差額を補填する不足払い(PLC)という岩盤政策がしっかりとある。トウモロコシ、大豆、小麦、コメの目標価格は、小麦以外は2009~2010年の生産コストを上回る水準に設定されている。2014年農業法では、農家は不足払い(PLC)と収入補償(ARC)のいずれかを選択することになっている。収入補償(ARC)は、基準収入の86%を補償する仕組みだが、収入補償の基準収入を計算する販売価格について、「販売価格が目標価格(生産コスト)を下回る場合は、販売価格の代わりに目標価格を用いる」という形になっている。つまり、そもそも、収入補償(ARC)に「岩盤」が入っているのである。
 酪農についても、2014年農業法で導入された政策は、確かに保険の要素が入っているが、収入保険ではなく、「収入-コスト=マージン」保険であるとともに、基本的に再生産に最低限必要なマージン(100ポンド=45.36kg当たりの乳代と餌代との差額が4ドル)は基準生産量の9割について保険料なし(1経営当たり約1万円の登録料のみ)で政府が保証し、より大きなマージンを保障したい経営のみが追加料金を払う仕組みだ。生乳100ポンド当たり4ドルは1kg当たり約9円で、100頭経営で約700万円の「最低所得保障」に近い。
 米国が、不足払い(PLC)または収入補償(ARC)の選択による生産費水準を補償する強固な岩盤を用意した上で、年々の収入変動をならす収入保険も「入りたい人は入ってね」と+αで収入保険を準備しているのに対して、我が国では、米国におけるメインの「岩盤」は逆に廃止し、+αの部分のみにして、これを米国の仕組みに近いかのように説明するのは極めてミスリーディングである。米国で日本と同種の経営単位の収入保険(WFRP)の加入農家は1000戸程度にとどまっている事実は見逃せない。

 

◆米国は強固な価格支持融資(1933~)と不足払い(1973~)を連綿と維持している

 そもそも、米国のコメ生産費は、労賃の安いタイやベトナムよりもかなり高い。だから、競争力からすれば、米国はコメの輸入国になるはずなのに、コメ生産の半分以上を輸出している。なぜ、このようなことが可能なのか。
 米国のコメの価格形成システムを図3で説明しよう。生産者が政府(CCC)にコメ1俵を質入れして融資単価で借り入れ、国際価格水準で販売すれば、その販売価格分だけを返済すればよい(マーケティング・ローンと呼ばれる)。
 融資単価と販売価格との差額の借金は棒引きされて、結局、融資単価水準が農家に入る。これに加えて、常に上乗せされる固定支払い(2014年農業法で廃止)が支払われ、それでも目標価格に届かない場合は、その差額も「不足払い」として政府から支給される。つまり、生産費を保証する目標価格と、輸出可能な価格水準との差が3段階で全額補填される仕組みなのである。融資単価による価格支持は1933年から、不足払いは1973年から基本的に維持されている強固な仕組みである。
 この仕組みは、コメだけでなく、小麦、とうもろこし、大豆、綿花等にも使われている。さらに驚くべきことに、このような実質的な輸出補助金額は、米国では、多い年では、コメ、トウモロコシ、小麦の3品目だけの合計で約4,000億円に達している。
 さらに、それに、これも十分な規律がない輸出信用(焦げ付くのが明らかな相手国に米国政府が保証人になって食料を信用売りし、結局、焦げ付いて米国政府が輸出代金を負担する仕組み)でも4,000億円、食料援助(全額補助の究極の輸出補助金)で1,200億円と、これらを足しただけでも、約1兆円の実質的輸出補助金を使っている。これが米国の食料戦略なのである。
 表2でみたように、近年は、欧州に比較して米国の農業所得に占める補助金比率は高くない。その大きな要因は、欧州の補助金が環境支払い的な固定支払い(生産物の価格と量にリンクしない耕作面積当たりの支払い)であるのに対して、米国の場合は、農家の再生産に最低限必要な価格水準との差額を伸縮的に支払うシステムが完備されているが、国際価格が高いと発動されないことである。農家が下支え水準を明確に認識して投資計画が立てられる「予見可能」なシステムとしては優れているが、常時発動されるわけではないから、近年のように国際価格高騰が継続していると補助金の支出は小さくなる。だからといって制度が変わったわけではないことに留意されたい。

図3 米国の穀物等の実質的輸出補助金

 

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