【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第18回 「農村過剰人口」と大豆と満蒙移民2018年9月6日
男も女も、子どもから年寄りまでみんな働いた。何も言わずに朝早くから夜中まで働いた、にもかかわらず、なぜ農家は都市住民から貶められるほどに貧しい暮らしをしなければならないのだろうか。なぜこんなにつらいのだろうか。
当時よく言われたのが、土地が少なくて働く場がないのに農村に人口が多すぎるから、つまり「過剰人口」があるからだということだった。
しかしいま考えるとこれは矛盾している。子どもまで働かざるを得ないということは労働力が不足していること、農業にそれだけ働き口があることを示している。もしも当時の農家すべてが人間的な労働をするとなれば労働力はいくらあっても足りない位だったのである。しかしそれだけの労働力を家においておいたらみんな食えなくなる。労働力は不足しているのだが、食えないということでは過剰だったのである。
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そうであれば、家と農業を維持していくために必要な最低限の人数だけを家に残して食べていくより他ない。つまり、直系家族以外は「口減らし」として外に出さなければならなかった。そして伝手をたどって大都会の零細工場や商店に、あるいは女中として奉公に出した。しかしこれなどはいい事例で、そんな就業機会は少なかった。北海道の炭鉱などに行ったもののなかにはいわゆるタコ部屋労働、つまり監禁同様に長期間拘束されて非人間的な環境の下で重い肉体労働をさせられたものもあった。女性は料飲店などに身売りに近い条件で雇われ、紡績工場などでは『女工哀史』(細井和喜夫著、1925年)、『あゝ野麦峠』(山本茂実著1968年、映画にもなっている)に書いてあるような長時間低賃金労働で女工として働かされた。戦前の日本「インド以下的低賃金」、つまり植民地よりもひどい低賃金の国と言われ、それが日本の資本主義を成長させてきたのだが、それはまさに農村が基盤となったのである。
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さらに一家挙げて北海道に入植し、南北アメリカ大陸に土地を求めて移民となった。その苦難についてはいろいろ語り継がれているのでもう言うまでもないだろう。
そうやって出ていけばまた労力不足になり、残されたものは苦役的な過重労働をせざるを得ない。こういう悪循環におちいり、暮らしは楽にならなかった。
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昭和に入っての世界大恐慌、大凶作はさらにそれに追い打ちをかけた。こうして貧しさにあえぐ農民に政府は「過剰人口」がその根源だとして人減らし=満州移民を強く勧めた。これにはこういう背景があった。
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明治から昭和初期にかけて満州(中国東北部)は世界最大の大豆生産地域だった。それに対応して大豆搾油業も盛んであり、それにともなって油を搾った後に残る大豆粕も大量に生産されていた。
その油と大豆粕が日清戦争後本格的に日本に輸入されるようになったのだが、その輸入を担った三井・三菱などの財閥系商社はその見返りに日本の女工哀史的長時間低賃金労働で生産した綿布を満州に輸出し、さらに大豆油と大豆を満州から買い入れてヨーロッパ諸国に輸出して、巨大な利益をあげた。
その利権をさらに拡大し、また確実なものにするために、加えて満州の石炭や鉄などの資源を手に入れるために、日本は日露戦争で南満州鉄道を手に入れ、同時に関東州を貿易拠点として租借し、さらに満州事変を引き起こして傀儡国家の満州をつくって支配するなどして植民地化を進めていった。
その先兵として農民を満州国と内モンゴル地区に「満蒙開拓武装移民団」としてあるいは「満蒙開拓青少年義勇軍」として送り込み、満州の人々から土地を取り上げてそこに住まわせ、自国の領土並みに支配しようとしたのである。同時に国内の農家戸数、人口を減らすことで農村の貧困問題を解決しようとした。
そんなことはみんな知らなかった。満州の広大な沃土が、五族協和(日韓満蒙漢の五民族が協調して暮らせる)の王道楽土が入植を待っているとのこと、疲弊と困窮をきわめていた農家はこの移民計画に喜んで応じ、希望をもって家族ぐるみで移住した。30万人近いこの満蒙開拓移民をもっとも多く送り出したのは、長野、私の生まれ育った山形、そして今私の住んでいる宮城の三県だった。
また、開拓青少年義勇軍として農家の次三男などを中心に数え年16歳から19歳までの8万人もの男子が送り出された。
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こうした人減らしで本当に農村の貧困問題、その原因と言われる過剰人口問題は解決しただろうか。いうまでもなく、しなかった。それどころか戦争を引き起こし、国民は生死の危機に立たされ、農業生産力は低下し、食糧危機すら引き起こされるようになった。
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