【鈴木宣弘・食料・農業問題 本質と裏側】守るべきものを絶対守るカナダと次々差し出す日本~ISDSも米加間で廃止2018年11月15日
◆新米加合意の真実
新しい北米自由貿易協定(NAFTA)の米加合意の発表に際し、米国は成果を強調し、カナダの酪農セクターは譲りすぎだと批判した。両方の言葉を額面通り受け取ってはいけない。その実は、米国は一応カナダに譲歩させた形で面目を保ち、カナダは根幹を完全に守ったといえる。
まず、現在も、カナダの牛乳・乳製品で自由化(関税のみに)されているものは一つもない。すべての品目が極めて少量の輸入枠の設定と、それを超える輸入に対する禁止的高関税(数100%の二次税率)で守られている(ホエイパウダーのみ10年後に二次税率をなくす)。
◆輸入シェアを数%以内に抑えるのが国是
NAFTAの新しい米加協定で、生乳50,000トン(6年目)、脱脂粉乳7,500トン(6年目)などの米国からの輸入枠を新たに約束したが、これは米国を含めたTPP合意でも同じ量だった。つまり、TPPから米国が抜けて実現できなくなった米国枠を付け替えたということで、TPPに追加された純増ではない。実は、TPPで受け入れたカナダの牛乳・乳製品輸入枠のかなりの部分は米国からの輸入枠だったと推察される。なぜなら、TPPでは、オーストラリアとニュージーランドから米国が輸入枠を受け入れ、それを米国がカナダと日本に輸入枠を設定させる「玉突き」合意(図参照)ができていたからである。
(図をクリックすると大きな画像が表示されます)
カナダは、TPPでカナダ牛乳・乳製品市場の輸入シェアが3.25%になるとしていたのが、今回の米国との合意だけで3.59%になるとしているが、3.25%のかなりの割合を占めていた米国の分が抜けて、それを付け替えて新たに3.59%になっているので、3.25と3.59を単純に足してはいけない。純増部分はあるが、合計で、輸入シェアは5%前後に抑えられていると推察される。なぜなら、筆者は「輸入シェアを数%以内に抑えるのが国是である」と従来からカナダ政府から説明を受けていた。
しかも、こうした輸入枠は実は最低輸入義務ではない。米国もカナダも同様だが、ガット・ウルグアイラウンドで設定した乳製品の消費量の5%というミニマムアクセス枠は両国ともせいぜい2~3%しか満たしていなかった。コメや乳製品の輸入枠を最低輸入義務として実行して(させられて)いるのは日本だけである。そもそも、牛乳・乳製品消費量の40%も輸入している日本は特異な国である。
また、TPPでは米国の強いハード系チーズ(チェダーやゴーダ)を関税撤廃し、ソフト系(モッツァレラやカマンベール)は守ったと農家に言ったが、TPP12が頓挫した直後、「日欧EPAをTPPをベースラインにして、それ以上譲っていいから早く決めろ」との指示に基づき、EUが競争力のあるソフト系チーズの関税撤廃を求められ、今度はソフト系も差し出してしまい(無税枠をEUの輸入量に応じて拡大していく方式)、結局、実質的にチーズは全面的自由化になってしまい、それを日米FTAで米国にも譲る(予定)、という「自由化ドミノ」で場当たり的で戦略性がない日本とは雲泥の差である。
◆強固な乳価形成システムを完全に守った
もう一つ、今回の米加合意で強調されたのが、カナダが2017年3月に新たに設けた用途別乳価分類を廃止させたというものである。具体的には、クラス6と7(限外ろ過乳などを用途とする生乳に対して他国産の価格を下回るよう設定)を追加したが、米国からの限界ろ過乳の輸入激減で米国が反発したのに対応したものである。
廃止されたといっても、つい最近加わった部分をやめて、従来のクラス1~5の乳価体系に戻っただけである。カナダの乳価は、液状度の高いものからクラス1a(飲用乳)→クラス2(アイスクリーム等)→クラス3a(フレッシュ・チーズ等)→クラス4a(バター・粉乳)までとクラス5a~d(輸入代替・輸出向け低乳価)を加えた15分類のきめ細かな乳価体系がある(表参照)。
(表をクリックすると大きな表が表示されます。)
まず、酪農家の生産費をカバーする水準として政府機関のCDC(カナダ酪農委員会)の乳製品(バター・脱粉)支持価格(買上価格)とそれに見合うメーカー支払い可能乳代(バター・脱粉向け)がセットで設定され、それが各州のミルク・マーケティング・ボード(MMB、独占禁止法の適用除外法に基づいた州の全生乳の独占的集乳・販売機関)とメーカー間の取引乳価(バター・脱粉向け=クラス4a)として適用され、それ以外の用途の取引乳価も慣行的な価格差に基づいて連動して決定される。つまり、支持価格の変動分をすべての用途の取引乳価に連動(輸入代替・輸出向け低乳価のクラス5は国際価格に連動)させて自動的に改訂することで生産者側とメーカー側が合意している。この体系は完全に維持されたのである。
このように、カナダは多少譲ったかに見せつつ、実をとった。戦略なき「自由化ドミノ」の開放に陥った日本とはまったく違う。
◆ISDS条項は3年で廃止
なお、ISDS条項に関しては、(1)米加間では、発効後3年経過した日にISDS条項が廃止される、(2)米墨間では、国内の司法手続きを終了後、なお不満がある場合にはISDSに提訴することができる、(3)ただし、石油、天然ガス、インフラ整備、発電、電気通信については(2)の例外とする(JCA木下寛之顧問)、ことになり、米国に盲目追従してISDS礼賛を続けた日本の梯子を外された哀れな姿が現実になってきた。
注: 本コラム記事(ネット配信のみ)は11月13日付日本農業新聞の「今よみ」記事(紙面コラム)を大幅に拡充したものである。
日本農業新聞 - NAFTA新合意 カナダは「根幹」死守 東京大学大学院教授 鈴木宣弘氏
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