【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第30回 子どもから見た電気のない暮らし2018年11月29日
前回述べた日本で一番最後に電灯がついた村、集落総出でバス開通を日の丸の旗を振って旗行列でお祝いした村の話を知ったのは、わずか数年前のことだった。私の後輩にあたる農業経済研究者の中村勝則君(秋田県立大学准教授)が持ってきて見せてくれた『日本 20世紀の映像 岩手県』(NHK制作)というビデオのなかにそのニュースが出ていたのである。農村の電化・交通の立ち遅れは知っていたが、その最後が東北であり、しかも中村君の出身地の岩手県葛巻町にあった(彼の生家のある集落には昭和初期に電気が来ていたとのことだが)ことを知ってこれまたショックだった。中村君はさらに大きなショックをすでに受けていたのだが。
私といっしょにそのビデオを見た角田毅君(山形大学農学部教授、中村君と同じく私の後輩の農業経済研究者)も同様だったようである。その角田君が先日たまたま岩手のある図書館に入ったとき『東北の電気物語』(注1)という古い本を見つけた。私たちの話題としていた東北の山村の電気のことが書いてないかとそれをパラパラとめくってみた。そしたら次のような子どもの詩があった。
「夜になると おもせぐねえ
ランプがないので
木の根っこ ほどさ入れる
まっくれえ けむり出して
ほこほこもえる
そばにいって 本を見るど
すぐまなぐ えずぐなる
夜になれば ままくって
ねるばかりだ
電気のつぐのあ えずだんべ」
昭和30年岩手教員組合発行『開拓の子ら』に掲載された葛巻町毛頭沢(けとのさわ)分校(注2)五年二葉石蔵君の詩を引用したものとのことだが、角田君はすぐにこれを私と中村君にメールしてくれた。
いい詩である、苦しい詩である、私は読みながら思わず涙がこぼれそうになった。
しかし角田君は続けて言う、いい詩だと思うのだがわからない言葉もある、標準語に翻訳してくれと。たしかに山陰地方出身の彼にはわからないところもあろう。そこで私なりに翻訳してみた。もちろん同じ東北でも岩手山間部と私の生まれ育った山形とはかなり違うが、似ているところが多々あるし、東北の各地を農家調査等で歩いているので意味はわかるようにもなっているので、何とかできる。とは言っても、どう翻訳していいか難しい言葉もある。
たとえば『ほど』という言葉だ。これは前に岩手県遠野の古老に聞いたことがあるが、「囲炉裏の中心にある火を燃やすくぼんだ灰のところ」とのことである。そういえば幼いころ祖父母がその言葉を使っていたようなうっすらとした記憶があるのだが、古語では「ほど」を「火床」と書いて読ませていたとのことである。しかし、この「ほど」の翻訳をそのまま使えば文が長くなって詩の形態をなさなくなる。それではと「いろり」とだけ翻訳すれば「木の根っこをいろりに入れる」とだけなってしまい、燃やすために入れるというニュアンスが出てこない。そしたらこの『入れる』を「くべる」(=燃やすために入れる)と意訳したらどうだろうか。そうすると『ほど』は「いろり」と翻訳していいことになる。
それからもう一つ、この詩のなかでもっともポイントとなるいい言葉でしかも翻訳の難しい言葉は『えずぐなる』だ。「えずい」という言葉は宮城県にあり、いい言葉だと思っていたのだが(岩手・葛巻にもあるとは知らなかった)、これにうまく対応するような言葉は共通語にはない(と思うのだが)。宮城ではちょっと具合悪い・ちょっと邪魔になる・ちょっとあわない等々のような意味で、その「ちょっと」がポイントのようである。そうなるとここの場合は「煙がまなぐ(=まなこ=目)に沁みて(木の根っこは燃えにくくてよく煙が出るので、しかもそんなに明るくないので)ちょっと目が痛くなる、それで本を見るのが辛くなる」というようなことになるのではないだろうか。そうなると、煙が沁みてしかも暗くて『すぐ目が 渋くなる』
というように翻訳したらいいのではなかろうか。
ということで葛巻の言葉のニュアンスや二葉君の言いたいことを崩さないように注意しながら、次のように翻訳してみた。
「夜になると おもしろくない
ランプがないので
木の根っこ いろりにくべる
真っ黒い煙を出して
ほこほこ燃える
そばにいって 本を見ると
すぐ目が 渋くなる
夜になったら ご飯食って
寝るだけだ
電気のつくのは いつだろう」
これを角田君にメールしたところ、「おおむね意味が理解できた、標準語では十分に表現できない本当にいい地域の言葉を使っている詩だということがよくわかった」とのことだった。
続けてこう書いてあった、「だけど、当時の教育は詩や作文のなかでいわゆる方言を使うことを許したのか」と。もっともな質問である。それに対する私の回答は次回掲載とさせていただく。
(注)
1.東北電力発行、1988年
2.中村君によると、本校は冬部小学校だそうである。
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