【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第34回 日本で一番最後に電灯がついた村は?(1)2018年12月27日
前回述べた『農山漁村電気導入促進法』により、未点灯地域への国や県の助成がなされるようになり、さらに農林漁業金融公庫の融資なども行われるようになった。それを利活用して未点灯地域の存在する農協や漁協、森林組合などが事業主体(岩手県では農協がその7割を占めたという)となり、電気の導入に取り組むことになるのだが、これは容易ではなかった。
自然的条件の厳しい農耕地での雑穀生産や炭焼きを主体としていた当時の北上山地の農家にとって自己負担金(しかも山間地域であることからして配電線の延長工事に必要な資金は高額になりやすい)を支払うのは容易ではなかったからである。
それならその資金を農協が農家に融資してやればいい。ところが当時の農協はきわめて弱体、負債を抱えて倒産寸前の農協すらあった(全国的にそうだったのだが、ましてや山間部ではそうだった)。そうした農協を支えるべく農林中金を含む系統組織あげて取り組む一方、未点灯地域の農家が配電資材の運搬作業に労力奉仕をしたり、電柱等の資材を地元で生産して提供したりして資金を稼いだという。
こうしたなかで岩手県葛巻町の毛頭沢(けとのさわ)集落にも電灯が点いた。1962年には葛巻町のある地域の農家が電灯のスイッチを入れて家の中が明るく照らされるのを家族みんなで喜ぶ姿をNHKテレビが映し、日本で一番「最後に電気がついた村」と報道されるにいたるように日本では 未点灯地域がなくなった。
と思っていたのだが、前に紹介した西野寿章氏の研究論文によれば、岩手県の電化は「1968年8月の山形村の全村電化で、完了したものと考えられる」(注)とのことである。山形村(現・久慈市)は葛巻町の隣村なのだが、こちらの方が正しいのかもしれない、などと考えているときに、この点灯問題をいっしょに議論してきた前出の角田毅君(山形大農学部教授)が『東北の電気物語<灯りがついた>岩手編』というビデオを偶然図書館で発見したとのこと、早速これまた前出の中村勝則君(秋田県立大学准教授)と連絡をとり、ある機会にいっしょに見てみた。
そのなかでとくに関心をひいたのは、岩手で最後に電気がともったのは,川井村(現宮古市)タイマグラで1988(昭63)年のことだということだった。川井村は葛巻町の南隣りにあり、盛岡から宮古まで走るJR山田線がその中央を横断する広大な村、私にとっては若いころに調査した思い出の地なのだが、その南側・早池峰山麓にあるタイマグラ地域の4戸の点灯が岩手の最後(ということは日本で最後ということになるはずなのだが)というのである。
しかしこのタイマグラは開拓地であり、既存集落ではない。既存集落ということでいえば、やはり葛巻町か山形村のいずれかの1960年代末が最後ということになろう。
ところで、葛巻町と山形村は隣接し、ともに農家(=名子)は巨大山林地主(=地頭・旦那様)の所有する農地・宅地や林野、家畜を借りて労働力で地代を支払う等々のきわめて古い地主制(地頭名子制度)のもとでの雑穀と薪炭の生産、牛馬飼育を中心にして貧困のどん底で生活してきた。当然電気など通す余裕などなかった。そしたら資金力のある巨大山林地主が自分の屋敷に電気を引き、ついでに近隣の農家にも利用できるようにしてやればいい。とくに山形村の場合は2千ha以上(実質はもっとあると言われている)の山林を所有する三人の地主がおり、やれるだけの資力は十二分にあるはずである。しかしなぜかそうはしなかった。
戦後、農地改革で農地は農家のものになったが林野は解放されず、農家の貧困は変わりなく、自らの力で電気を通すことなどなかなかできない。こうしたことで点灯が遅れ、やがて農地改革等の戦後民主化の成果による農家の一定の収入増加と農協等の力とで電気を通したと思うのだが、よくわからない 。
(次回は、第35回 日本で一番最後に電灯がついた村は?(2))
(注)西野寿章「戦後の岩手県における山村地域の電化過程についての覚え書き」、『地域政策研究』(高崎経済大学地域政策学会)第19巻第4号、2017年3月、203頁
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