【小松泰信・地方の眼力】厚労省に功労賞無し2019年1月16日
今朝(1月16日)のNHK「おはよう日本」、英議会下院がEU離脱合意案を反対多数で否決したことがトップニュース。これに稀勢の里三連敗が続いた。厚生労働省における「毎月勤労統計」不正問題は触れられなかった。統計法違反濃厚であることに加え、データが幅広い分野に利用されていることから、政策はもとより国家そのものに対する信頼を揺るがす事案。今月28日招集予定の通常国会の火種となり、第一次安倍政権退陣にもつながった「消えた年金問題」の再来となる可能性があるにもかかわらず。
◆不正調査の概要
「毎月勤労統計調査」は、賃金や労働時間、雇用の変化の動向を迅速に把握するため、厚労省が都道府県を通じて毎月実施、公表するもので、常時5人以上の雇用事業所、全国約3万3000が対象。ところが、1996年以降1割ほど少ない約3万事業所が調査対象。さらに2004年1月からは、全数調査と決められている従業員500人以上の大規模事業所について、比較的賃金が高い東京都内だけを約3分の1の抽出調査とする。結果、集計後の平均給与額は実際より低くなり過少支給をもたらすことになる。
2018年1月からは全数調査に近づける「復元」と呼ばれる統計上の修正処理を行ったが、その経緯は非公表。当然、賃金は上振れすることから疑問を呈する人も出れば、安倍晋三首相のようにアベノミクスの成果とはしゃぐ脳天気な人も出てくる。
12月13日に開かれた総務省統計委員会と厚労省の打ち合わせで、全数調査ではないことが判明。ところが恥の上塗り鉄面皮、不適切調査であることを隠したまま10月分確報値を公表するしまつ。まさに省の姿勢が問われることになる。
過少支給(雇用保険、労災保険、船員保険)の対象者が延べ1973万人、支給総額が537.5億円、さらに事業主に払う雇用調整助成金の過少支給が延べ30万件、支給額が30億円。過少支給対象者や事業主には不足分が追加支給されるが、長期かつ大規模であるため、どこまで適正に支給されるか、はなはだ疑問である。
労災申請の相談などを受け付ける労災ユニオンの池田一慶代表は、弱者の命や生活に関わる重要な労災保険が、「......いい加減な調査の下で給付が減らされていたことに怒りを禁じ得ない」と憤り、「この国の行政がいかに労働者の命を軽んじているかが分かる」と、怒りのコメントを東京新聞(1月12日付)に寄せている。
◆ここでも高まる国民の不信感
共同通信社は1月12、13両日に全国電話世論調査(接続数1952、回答数1041)を実施した。
この問題に対する根本匠厚労相の対応や説明に関する問いには、「納得できる」が18.0%、「納得できない」が69.1%、「分からない・無回答」が12.9%。
政府統計への信用の有無については、「信用できる」が10.5%、「信用できない」が78.8%、「分からない・無回答」が10.7%。
国民の多くは大臣の対応や説明に納得しておらず、政府統計への不信を募らせていることがうかがえる。
統計を使って分析を行う新家義貴氏(第一生命経済研究所主席エコノミスト)は、「海外投資家からも日本の統計が疑いの目で見られる恐れがある」「一斉点検で、他の基幹統計に問題がないとの結果が出ても、『本当に信用していいのか』という疑念は拭えないだろう」と、政府統計の信頼性について懸念の声を上げている(毎日新聞、1月12日付)。
◆すり替え注意報発令中
不正発覚の功労者ともいうべき西村清彦・統計委員会委員長は、「毎月勤労統計の不適切な調査は日本の製造業で相次いだ検査不正に一脈通ずるところがある。ずさんなことはしていないと思っていたが、問いただすとぽつぽつと過去の不正が出てきた。日本の統計は信頼性が高いといわれてきたが、制度疲労を起こしているのだろう。統計の位置付けを再考する余地がある。政策効果が見えづらい統計部門は予算削減のあおりを受けやすいが、重要なものと位置づける必要がある」と、語っている(日本経済新聞、1月12日付)。
西村談話の前半は納得する。しかし後半の制度疲労や統計の位置付け再考については、問題のすり替えにつながるおそれあり。発覚後の想定を超える激しい展開に驚き、及び腰にならないことを願うばかりである。あくまでも、なぜこの組織的不正が長きにわたって行われたのか、そして責任の所在はどこの誰なのか、研究者の矜持にかけて真相・真実の究明に貢献していただきたい。
早速、この不正が旧民主党政権時代にも行われていたことから、公明党の山口那津男代表が、「政権が代わった前後を含め長く続いた課題だ」と牽制球を投げ、与野党全体で信頼回復に取り組む必要性を強調している(東京新聞、1月15日付)。
◆すり替えに釘を刺す社説
この問題、多くの新聞社が社説で取り上げている。ここでは、すり替えはさせじと釘を刺す3紙を紹介する。
「行政の統計部門の手薄さも指摘されている。だが、問われているのは先進国として当たり前のはずの基本的な行政の在り方だ。12年前、第1次安倍晋三政権当時の『消えた年金』問題が思い出される。政府、与党は参院選への影響を警戒しているが、幕引きを急ぐようなことはあってはならない。事態を重く受け止め、問題の全容解明に取り組まなければ、また同じことの繰り返しになる」(京都新聞、1月12日付)
「給付額を抑えるために調査対象を選別していたのかと疑われても仕方がない。問題の背景として省庁の統計部門の人手不足を指摘する見方がある。そうした一面は否定できまいが、問題なのはむしろ業務に当たる担当者の職業倫理ではないか。さらには、ずさんなミスが相次いで発覚する厚労省の体質に何らかの根深い問題が潜んでいるようにも見える」(河北新報、1月11日付)
「何より見過ごせないのは、同省が昨年1月から本来の調査手法に近づけるように統計数値を補正していたことだ。こうした作業は公表しておらず、組織的な隠ぺい工作と批判されても仕方あるまい。隠ぺいの有無なども徹底して調べてもらいたい。......政府は自らの政策基盤が大きく揺らいでいることに危機感を持つべきである」(産経新聞、1月12日付)
◆こまめに驚く
内田樹氏(思想家・神戸女学院大名誉教授)の2019年占いによれば、「国際社会はどうなるかお先真っ暗」とのこと。「こまめに驚く」ことで冷静さを保てと、心構えを説く。「驚くことを楽しむ」くらいの構えでないと2019年を冷静にやり過ごすことはできないそうだ(サンデー毎日、1月27日号)。2019年もしんどいこと間違いない。
もちろん当コラムなら、こまめにこう叫ぶ。
「地方の眼力」なめんなよ
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