【小松泰信・地方の眼力】割られた窓はまず直す2019年1月30日
日本経済新聞(1月28日付)の一面に、“統計「信用できず」79% 世論調査 内閣支持53%、6ポイント上昇”という見出しの記事。同紙とテレビ東京が25日から27にかけて行った世論調査の結果である。厚生労働省による毎月勤労統計の不正問題を受け、政府統計の信頼性に関する質問に対して「信用できない」が79%、「信用できる」がわずか14%。このような情況であるにもかかわらず、内閣支持率は6ポイント上昇し53%。当コラム、この結果も「信用できず」、と示唆する記事とみた。
◆霞ヶ関は不正の温床か
北日本新聞(1月29日付)は、毎月勤労統計の不正を巡り、一連の問題を調べた「特別監察委員会」による厚生労働省職員らへの聴取に、厚労審議官や官房長ら省の幹部も同席していたことを伝えている。監察委が22日に公表した調査報告書は「組織的な隠蔽は認められない」と結論付けていたが、これら幹部職員が聴取に同席したことで「外部有識者による第三者調査」という中立性の前提が崩れた、とする。官房長は、「部局長級の元職員ら5人の聴取に立ち会い、質問した」そうだ。同席した理由については、「事務局の一員として出席するのは自然なことだ。過去の例でも他省でも通常あることだと考えている」と述べ、「隠すつもりは全くなかった」とのこと。
省の現職幹部の前で、内部告発的な話、すなわち真実は語られない。故に、「あうんの呼吸による組織的隠蔽」について、明らかにできるわけがない。「組織的隠蔽は認められない」のではなく、「組織的隠蔽が認められないような調査を行わざるを得なかった」のが、真実であろう。
共同通信の取材に対して委員の一人が、「できるだけ早く報告書をまとめたいと厚労省から要請があった」ことを明かしている。被告席に座っている省の意向を受け入れること、それだけでも「名ばかり第三者」と言わざるをえない。官房長が暴露したように「過去の例でも他省でも通常あること」だとすれば、霞が関は不正の温床と言えよう。
◆施政方針演説から身構えねばならぬこと
1月28日招集の通常国会で安倍晋三首相は施政方針を述べた。「地方創生」の冒頭において、「安全でおいしい日本の農産物にも、海外展開の大きなチャンスが広がります。農林水産品の輸出目標1兆円も、もう手の届くところまで来ました」と、輸出戦略がもたらした衣だらけの成果を強調する。そして「素晴らしい田園風景、緑あふれる山並み、豊かな海、伝統あるふるさと。わが国の国柄を守ってきたのは、全国各地の農林水産業です。美しい棚田を次の世代に引き渡していくため、中山間地域への直接支払いなどを活用し、さらに、総合的な支援策を講じます」と、相も変わらぬ魂と実態が伴わぬリップサービス。その根拠は、農林水産業を営々と守ってきた小規模家族経営への言及が皆無であること。また40%未満に低迷する食料自給率の向上策についても言及無し。今回もまた、第一次産業の存在意義についての認識が皆無であることを確認した。
にもかかわらず、「農こそ、国の基です」と心にもなく語る。この人が語るたびに、尊いこの言葉は穢れていく。
林業においては、「美しい森を守るため、水源の涵養、災害防止を目的とした森林環境税を創設します」と宣言している。森林環境税に関しては、当コラムも「奇を見ず森を見よ」(2017年12月20日付)と題して取り上げた。2024年度に創設され、全国で約6000万人が納める個人住民税に1人当たり年間1000円を上乗せして徴収するというもの。国民に対する「丁寧な説明」を求めたが、この間、そのような形跡はない。
油断も隙も無い政権与党と財務省から、知らぬ間に財布の中から盗み取られた「妊婦加算」の二の舞とならぬよう、彼らの言動を監視しておかねばならない。信じる者は騙される。
水産業に関しては、「収益性をしっかりと向上させながら、資源の持続的な利用を確保する。3千億円を超える予算で、新しい漁船や漁具の導入など、浜の皆さんの生産性向上への取り組みを力強く支援します」としている。
しかし、しんぶん赤旗(1月28日付)の「ひと」で紹介された片山知史氏(東北大職組委員長、東北大学大学院農学研究科教授・沿岸資源学)の話は興味深いものである。東日本大震災の津波で破壊された沿岸部の生態系調査から、「驚きました。1年後には、生物群集はほぼ復元していた」「問題は漁村です」と語り、創造的復興が漁村の復旧を妨げ、浜のコミュニティーを破壊したことを憂えている。そして「漁師なしに漁業は成り立たない。浜はたくさんの家族のコミュニティーからなり、海域調整・技術伝承が必要です。生産性一辺倒の企業では持続できない」と語っている。今更ながら、漁業法改悪が阻止できなかったことが残念である。
◆「地域おこし協力隊」支援だけは認めておく
施政方針演説にかかわった農林水産省の心ある役人の心意気が伝わってきたのが、「地域おこし協力隊」を取り上げたところ。10年前と比べて、東京から地方への移住相談において、30歳未満の若者の相談件数が50倍以上になったことから、「若者たちの意識が変わってきた今こそ、大きなチャンスです。地方に魅力を感じ、地方に飛び込む若者たちの背中を力強く後押ししてまいります」とのこと。具体的には、「地域おこし協力隊を、順次8千人規模へと拡大します。東京から地方へ移住し、起業・就職する際には、最大300万円を支給し、地方への人の流れを加速します」とした。これもまた要監視対象。
◆地方創生「総合戦略」は誰に恩恵をもたらしたのか
日本農業新聞(1月30日付)では、安倍政権の「地方創生」の基盤となった、地方独自の計画「地方版総合戦略」の8割が都会のコンサルティング会社などに外注して策定されたことを伝えている。官邸と霞ヶ関がコンサルティング会社と結託して計画策定を指示したもの、という見方もある。外部委託料は40億円を超えるとのこと。甘い汁は誰の喉を潤したのか。
議論を重ねて、自前の政策を策定した福岡県赤村の事例は尊い。しかし、外注せず市職員で策定した自治体が漏らす、「次期はコンサルに任せないと負担が重い、総合計画があるのに、戦略を作る意味もよく分からない」との本音こそ傾聴すべきである。
◆あちこちの窓が割られている
京都新聞(1月28日付)は、大きな犯罪を抑止する一歩として、身近な環境の美化に取り組む「割れ窓理論」の活動が1月27日、京都市右京区のJR花園駅周辺で行われたことを伝えている。周辺の住民や右京署員ら計25人が参加し、街の落書き消しやごみ拾いに励んだとのこと。「割れ窓理論」は、軽微な犯罪も取り締まることで犯罪を抑止しようとする環境犯罪学上の理論である。
政権与党とその議員、そして省庁までが窓ガラスを割り続けている。奴らが諦めるまで、割れた窓を直し続けるのみ。
「地方の眼力」なめんなよ
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