【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】(121)やさしいことはむずかしい2019年3月1日
巷ではAI(人工知能)に関する話題が花盛りである。チェスや将棋、囲碁のプロとAIとの対局や、大学受験問題を解けるかなどのニュースは横目で流していたが、最近ではAIを備えたロボット配偶者のような話まで出始めている。気の早い人は2050年くらいには人間とロボットが結婚する世界まで想定しているようだ。
ところで、初期のAI研究の世界的権威であり、「人工知能の父」と呼ばれているマービン・ミンスキー(Marvin Minsky, 1927-2016)の著作に『心の社会』という有名な本がある。600頁近い厚さの本だが、その中に非常に示唆に富んだ例えが紹介されている。
簡単に言うと「やさしいことはむずかしい」ということだ。
ミンスキーは小さな子供が「積み木で塔を作る」というような「やさしい」動作と「判断」がいかに複雑で高度な能力と技術に基づいているのかをわかりやすく説明している。
床に置いた一つの積み木の上に、もう一つの積み木を置くという、本当に単純かつ簡単そうに見える動作に、どれだけ複雑な判断と能力、作業がからみあっているか...ということだ。最初に置かれた積み木以外にいくつもある積み木の中から、子供は瞬間的にどれかを選択し、その上でその積み木をある特定の角度で掴み、持ち上げ、置かれた積み木の特定の場所に、これもまた特定の角度と強さで積み上げる。
これを大きさや形、そして重さが異なる複数の積み木で何度も繰り返すためには、どのくらいの複雑な能力の束が必要になるのだろうか。
コンピューターのプログラムなど一度も書いたことが無い筆者にはその苦労はわからないが、唯一わかることは、ミンスキーが見事に指摘したように、一見、何でもなく簡単に見えることは、実は大変複雑な技術と判断力の組み合わせであり、再現しようとすると、とてつもなくむずかしい...ということくらいだ。
※ ※ ※
通常、我々はこうした動きを一度身に付けてしまえば、極めて簡単に行うことが可能になり、本来の複雑さを意識することなどはない。まさに考えるまでもないからだ。ドアノブを開ける時に、握力○○キロで握り、右側に45度回転させた後に、○○キロの抵抗を感じたら、手前に○○センチ、○○キロの力で引く...などと考えていたら、日常生活は成り立たない。滞りなく毎日を送るためには、「不要な」ことは考えないことに尽きる。
ただし、同じことを誰かに頼む場合、それが人間であれば比較的簡単だが、これまでのロボットではそうはいかなかった。ところがどうも最近の技術の進歩はかなり満足のいくレベルに向上しつつあるらしい。
人間の考えと欲望というのは尽きないもので、独自の意志を持ち、同じ人間の配偶者と日々意見や趣向の違いを克服しながら結婚生活を送るより、AIを備えたロボット配偶者で十分という人が出てくることはわからないでもない。何年一緒にいても相手の心の本当の底の底は想像するしかないからだ。それでもお互いに適度な落としどころを見つけ、何とか今日までやってきた筆者としては、汎用のAIが人間を超えるまであと10年程度しか無いと言われている現実をただ見ていることしかできない。やや斜めに見れば、AI配偶者にまで否定されたらどうなるのだろうかという話はこの際、脇に置いておく。
※ ※ ※
話を戻すと、ベテランの農家が何気なく行う簡単そうな動き(例えばあぜ道の散歩)の中にも、極めて多くの複雑な判断と技術が含まれているはずだ。ただ、その全てを解析する技術と視点が無ければ、単なる畑や散歩の動きにしか見えない。おかげ様で30年近く結婚生活を続けていると、帰宅した瞬間に妻の機嫌が良いか悪いかだけはわかるようになったが、どのような技術と判断力の束なのか、これは考えるだけ無駄なのかもしれない。
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