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【鈴木宣弘・食料・農業問題 本質と裏側】見落とされている貿易と窒素との関係~自由化の総合的費用は大きい~2019年3月7日

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【鈴木宣弘・東京大学教授】

 総合的、長期的視点の欠如した「今だけ、金だけ、自分だけ」しか見えない人々が国の将来を危うくしつつある。自己の目先の利益と保身しか見えず、周りのことも、将来のことも見えていない。人々の命、健康、暮らしを犠牲にしても、環境を痛めつけても、短期的な儲けを優先する、ごく一握りの企業の利益と結びついた一部の政治家、一部の官僚、一部のマスコミ、一部の研究者が、国民の大多数を欺いて、TPPゾンビの増殖やそれと表裏一体の規制改革、農業・農協改革という名目の収奪と自らへの利益集中をもくろんでいる。 長期的・総合的な利益と費用を考慮せずに、食料などの国内生産が縮小しても貿易自由化を推進すべきとする「自由貿易の利益」を語るのが間違っていることは、次のような試算で数値的に示すとわかりやすい。

 

◆硝酸態窒素過剰の危険性

【鈴木宣弘・食料・農業問題 本質と裏側】見落とされている貿易と窒素との関係~自由化の総合的費用は大きい~

 「窒素総供給/農地受入限界」比率(日本の農地が正常に循環可能な形で受け入れられる窒素の限界量に対する実際に環境に供給されている食料由来の窒素量の割合)は、現状192.3、つまり1.9倍になっているが、これは環境における窒素の過剰率の指標の一つで、日本の農業が次第に縮小してきている下で、日本の農地・草地が減って、窒素を循環する機能が低下してきている一方、日本は国内の農地の3倍にも及ぶ農地を海外に借りているようなもので、そこからできた窒素などの栄養分だけ輸入しているから、日本の農業で循環し切れない窒素(硝酸態窒素)がどんどん国内の環境に入ってくるわけで、その比率が1.9倍だということだが、コメの関税撤廃(現在は輸入枠の増加で対応し、枠外関税は維持されている)で水田が崩壊すれば、それが2.7倍まで高まると我々は試算した(表1)。
 現在、我が国では、牛が硝酸態窒素の多い牧草を食べて、「ポックリ病」で年間100頭程度死亡しているが、硝酸態窒素の多い水や野菜は、幼児の酸欠症や消化器系ガンの発症リスクの高まりといった形で人間の健康にも深刻な影響を及ぼす可能性が指摘されている。糖尿病、アトピーとの因果関係も疑われている。乳児の酸欠症は、欧米では、30年以上前からブルーベビー事件として大問題になった。
 我が国では、ほうれんそうの生の裏ごしなどを離乳食として与える時期が遅いから心配ないとされてきたが、実は、日本でも、死亡事故には至らなかったが、硝酸態窒素濃度の高い井戸水を沸かして溶いた粉ミルクで乳児が重度の酸欠症状に陥った例が報告されている(小児科臨床1996)。乳児の突然死の何割かは、実はこれではなかったかとも疑われ始めている。

 

◆安全保障、環境負荷、生物多様性

 同時に、表1は、わずか数%というようなコメ自給率の大幅な低下による安全保障上の不安、バーチャル・ウォーターの22倍の増加やフード・マイレージの10倍の増加による環境負荷の大幅増大、といったマイナス面も多くなることを数値で示している。日本についてのバーチャル・ウォーター(東大の沖大幹教授による)とは、輸入されたコメをかりに日本で作ったとしたら、どれだけの水が必要かという仮想的な水必要量の試算である。つまり、コメ輸入の増加は、それだけ国際的な水需給を逼迫させる可能性を意味する。
 フード・マイレージとは、輸入相手国別の食料輸入量に、当該国から輸入国までの輸送距離を乗じ、その国別の数値を累計して求められるもので、単位はtkm(トン・キロメートル)で表わされ、遠距離輸送に伴う二酸化炭素排出量の増加による環境負荷増大の指標となる(農林水産省の中田哲也氏らによる)。
 カブトエビ、オタマジャクシ、アキアカネなど多くの生き物が激減し、生物多様性にも大きな影響が出ることも試算されている。食料自給率の低下、及びそれに付随するこれらの外部効果指標は、表1のような技術指標としての数値化は可能だが、それを簡単に金額換算して、狭義の経済性指標の純利益の1兆円と、単純に比較できるものではない。
 しかし、だからといって、狭義の1兆円の利益よりも軽視されていいというものではない。社会全体で十分に議論し、様々な人々の価値判断も考慮し、適切なウエイトを用いて、総合的な判断を行うべきである。

 

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