【坂本進一郎・ムラの角から】第2回 双子の関係にある多国籍企業とマーチャント国家2019年3月13日
多国籍企業と(日本の)マーチャント国家は重なり合っている、ように見える。どこが重なり合っているか。金もうけ主義一辺倒という点である。金もうけのためなら労をいとはない。今回のTPP11にしても日欧EPAにしにしても多国籍企業の市場を拡大するためであった。この間自由貿易一辺倒の安倍一強は市場開放をしまくった。
もともと農業は「生活」の場であり、「生産」の場である。この二つの要素は農業生産を結び目とし一体化している。一体化は時代を遡るほど、濃厚になる。かつて農業は「百姓」と言われたように、農業は農業「そのもの」であった。ところが、農業の中から儲かる分野は味噌・醤油、養鶏・養豚に見られるように独立していった。しかし独立したもののその分農業らしさを薄めている。農業らしさを薄めたのは「偽似工場化」したからである。
この「偽似工場化」の理論を極端に展開したのは、叶芳和『農業先進国型産業論』(1982年刊)である。一説を拾ってみる。「(アメリカの農場を訪れて)はじめたみるホルスタインの乳房の見事さに圧倒された。精巧な芸術品である。しかも、紛れもなく〝人工的に創られた″芸術品である。」この一文を読んだとき、私はびくっとした。自然への冒とくでないかと思ったのである。
しかし、忘れてならないのは「偽似工場化」を全国的に展開することになったのは農業基本法をきっかけとしていることである。農業基本法は、複合経営を消滅させ農業経営を機械化、大規模化、コメ単作の一本足経済に誘導したのである。
農業基本法イデオローグの小倉武一、東畑精一は言う。『農業基本法の趣旨は何かといえば、農業を企業化することだ。だから農民がいるとかいないとかは問わないし、自給率がどうのこうのともいわない。一言で言えば、米価をあげるのでなく『農業』を『産業化(企業化)』することで対処する。そこで残った農業は経済的に生産性が高く、非常に合理的であればいい』(日中経済報・1974年3月号)。その背景には日本経済の運用が国際市場の通用すればいいという「単視眼」のところが見られる。
農業を「複眼的」に見ていたのは石黒農政で有名な石黒忠篤であった。農業基本法は農産物を「神聖な食べ物」から単なる「商品」に鞍替えさせている。これは石黒の嫌うところである。だが鞍替えの方が市場が広がるし市場の再編に便利である。
ここで「経済主体」に即して社会の変化を見てみよう。「経済主体」とは経済活動を行う「核」のようなもので、それには例えば政府等がある。ここでは一般社会を対象にする。
私は5歳の時満洲から引き揚げてきて、仙台近郊の海岸辺りの母の実家に住んでいた。ここでは物々交換が多かった。この時この農村の「経済主体」は結い(ゆい)であった。結いのもとではあまり現金を使わない。例えば、漁師数人が木造船を操り魚を取ってくると、船を浜辺に引き上げなければならない。しかし漁師だけでは人数不足だ。この時加勢役が必要である。浜辺に三々五々待機していた加勢役のムラ人は、漁師の合図を聞くと一斉に船めがけて走り出し、次の瞬間ロープにしがみついている。慣れたように、ワッシヨイワッショイと皆で掛け声をかけあうと、船は浜辺にスーッと上がる。
船が挙がるとロープを引っ張っていた男女は船のほうに駆け寄る。魚をもらうためである。皆持ってきたかごを思い切り差し出す。漁師はそれらのかごに魚を放り投げる。私はみんなでロープを引っ張るとき足が地面に届かずロープにぶら下がっていた。そこで遠慮して突っ立っていると、漁師から声がかかった。「金兵衛(屋号)の孫!突っ立っていないでこっちにこい!」船に近寄ると「ほれいっぱいやるからな!親孝行だな」と言ってどさっと魚をよこした。
ムラの生活は、このように自給自足と交換経済の組み合わせなのである(交換には労働力も含まれる)。
こんなこともあった。
母方の親戚が死んだとき、母の代わりに私が葬式に出席し、受付係をやった。その時奇異に思ったことがある。香典の代わりに米三合をも持ってくる人が結構いた。これは貨幣経済が浸透していないことを示している。
多国籍企業の世界市場はまず複合経営の解体、次に多国籍企業の世界における「広がり」と「深化の度合い」にかかっている。この点ガット体制は相互互恵により貿易交渉は自由裁量の余地があった。今はWTOや世界貿易を牛耳るまでに成長した多国籍企業の思うがままである。多国籍企業モンサントのための種子法廃止は多国籍企業への市場開放の象徴といえる。私が子供のころ見たムラの風景が一変したことに資本の恐ろしさを感じる。その中で安倍一強は無防備に多国籍企業に奉仕している。マーチャント国家だからこうなるのか。
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