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【鈴木宣弘・食料・農業問題 本質と裏側】霞ヶ関の奮起に期待する2019年4月4日

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【鈴木宣弘・東京大学教授】

 霞が関の「変節」を批判するのはたやすいが、良識ある官僚とOBの「闘い」にも目を向ける必要がある。

 

◆TPP交渉参加はあり得ない選択肢だった

 振り返ると、日本の農林漁業を守り、国民への安全な食料供給の確保を使命としてきた農林水産省にとって、TPP(環太平洋連携協定)交渉への参加は、長年の努力を水泡に帰すもので、あり得ない選択肢であった。何としても阻止すべく、総力を挙げて闘ったが、押しきられた。痛恨の極みだった。次には、重要5品目を除外する国会決議も守れなかったが、コメなどの被害を最小限に食い止めるために農水官僚が必死に頑張ったのは確かだ。

 

◆築き上げたものが次々と崩壊させられる~民有林・国有林の「盗伐」も合法化

 重要品目の国境措置だけでなく、酪農の指定団体制度(畜安法)も、種子法も、漁業法も、農林漁家と地域を守るために、知恵を絞って作り上げ、長い間守ってきた仕組みを、自らの手で無惨に破壊したい役人がいるわけはない(特定企業による民有林・国有林の「盗伐」も合法化し、森林環境税まで補助金として供与する)。それらを自身で手を下させられる最近の流れは、まさに断腸の想いだろうと察する。
 官邸における各省のパワー・バランスが完全に崩れ、従来から関連業界と自らの利害のためには食と農林漁業を徹底的に犠牲にする工作を続けてきた省が官邸を「掌握」している今、命・環境・地域・国土を守る特別な産業という扱いをやめて、農林漁業を「お友達」の儲けの道具に捧げるために、農水省の経産省への吸収も含め、農林漁業と関連組織を崩壊・解体させる「総仕上げ」が進行している。

 

◆世界に例のない酪農協弱体化法

 2017年6月には、生乳の特質から世界のすべての国が全量出荷を義務付けているのに、日本だけが酪農協の共販の弱体化を図る畜安法改定を断行した。懸念を表明した(将来を嘱望されていた)担当局長と課長は「異動」になった。それでも、「省令で『いいとこどり』の二股出荷は拒否できるように規定するから」と担当部局は酪農関係者に説明し、実際、彼らは一生懸命知恵を絞っていた。しかし、「上」からの「小細工すると、わかっているよね」との圧力で、結局、有効な歯止めはできなかった。

 

◆海は企業のもうけの道具に差し出せ

 水産庁は、様々な形で立体的・重複的な「漁場利用の分割不可性」に基づく資源の共同管理の有効性・必要性を指摘していた(農林中金総研.田口さつき主任研究員)が、その根幹となる漁業法における、漁家の集合体としての漁協による共同管理を優先する仕組みは、あっけなく崩壊させられた。
 長年にわたり、そこに住み、前浜を生業の場とし、資源とコミュニティを持続させてきた地元漁家たちから、「適切かつ有効に」海面を利用して「成長産業化」する=漁家のノリ養殖を企業のマグロ養殖に明け渡せば何倍もの利益が上がる、として、漁業権を剥奪する。資源管理もコミュニティも崩壊する。
 これは「強制収用」より悪質である。強制収用も大問題だが、それは空港建設など公共目的のために補償して合意の上で権利を剥奪するものであるが、今回は、特定企業の利益のため、補償もなく、合意もなく、地元漁家の生存権が剥奪されるというのだから、憲法29条に対する重大な違反である。
 農・林・水、すべてに関わる特定企業もある。国家「私物化」特区で農地買収し、森林「盗伐」によるバイオマス発電も合法化してもらった同じ企業が、洋上風力発電で海にも参入する。
 また、沖合漁業についても、水産庁は「個別割当方式・譲渡性個別割当方式の概要と我が国における導入の考え方(論点整理)」(平成20年11月7日)で
(1)漁獲量の迅速かつ正確な把握のための多数の管理要員など、多大な管理コストを要する(437億円と試算)
(2)操業が各漁業者の判断に委ねられ、漁業者団体による管理が行われなくなった場合には、価格の高い時期に漁獲が集中し、市場が混乱するおそれ
(3)特に、譲渡性個別割当方式を導入し、全面的に自由な割当ての移譲を認めた場合、
・各種規制(トン数規制、操業区域、操業期間、操業方法等)の見直し、撤廃に伴い操業秩序が混乱するおそれ
・生産性が高く資本力のある漁業者に割当てが集中し、結果として、漁村地区が崩壊するおそれ、を指摘し、欧米型の資源管理には問題点が多く、我が国の漁業形態にも合わないと論陣を張っていた(前出・田口氏)。
 ところが、今回は、一転して、漁獲の個別割当から譲渡性個別割当に移行させ、さらに、船のトン数制限も撤廃して、一部企業の漁獲独占を後押しする方向が露骨に示された。漁業権の個別付与も含め、水産庁が「やるべきでない」と主張し続けてきたことを一気に「すべてやる」ことになってしまった。良識ある官僚やそのOBには許容できるはずがない。実は、「水産庁内での議論がないどころか、案文もほとんどの人は知らなかった」との指摘さえある。

 

◆種はグローバル種子企業に渡すと決めたのだ

 種子法の重要性を理解していない農水官僚はいない。しかし、グローバル種子企業の世界戦略は世界の種を握り、買わないと生産・消費ができないようにすること。それには公共種子が一番じゃま。これをやめてもらって開発した種子はもらう。さらに、自家採種を禁じて種を買わせる(在来の種は勝手に登録して農家を特許侵害で訴える)。F1(一代雑種)化、GM(遺伝子組み換え)化すれば、買わざるを得なくなり、これで生産者・消費者の支配完了となる。
 公共種子事業をやめさせ(種子法廃止)、国と県がつくったコメの種の情報を企業に譲渡させ(農業競争力強化支援法)、自家採種は禁止する(種苗法改定)という3点セットを差し出した。もっと言えば、特定のグローバル種子企業への「便宜供与」の「7連発」、(1)種子法廃止、(2)種の譲渡、(3)種の自家採種の禁止、(4)non-GM表示の実質禁止、(5)全農の株式会社化・買収、(6)輸入穀物のグリホサートの残留基準値の大幅緩和、さらには、(7)ゲノム編集を野放しにする方針、が進められ、世界中でグローバル種子企業の排斥が強まる中、日本国民が「世界で最後の唯一最大の餌食」にされようとしている。
 種子法の廃止(2018年4月1日)にあたっても「従来通りの都道府県による推進体制が維持できるよう措置する」との附帯決議(与野党が頑張ったアリバイづくり)が入ったが、案の定、都道府県への「通知」(2017年11月)は、都道府県は事業を続けてよいが、それは民間に移譲する移行期間においてのみで、その期間における知見も民間に提供しろと指示した。
 つまり、至れり尽くせりで、グローバル種子企業が儲けられるよう早く準備しろと要請しているだけだ。
 実は、役所の担当部局と主要県の担当部署が相談して「都道府県は事業継続できる」との案を作ったのだが、「上」からの一声で、「それは企業に引き継ぐまでの間」と入れさせられてしまったのだ。酪農と同様、担当部局が頑張っても、最後は「鶴の一声」でジ・エンドである。
 漁業法でも、法に明記されなかった「適切かつ有効に」の詳細を定める省令などに期待する声もあるが、畜安法や種子法と同様に、そもそも、「既存漁家(漁協)から参入企業に漁業権を付け替え、その権利を固定化する」ために入れた「お上の意思」は重い。抵当権設定も可能にして、競売で企業が権利を集積していく(浜を買い占めていく)道筋もつけられている。
 それでも、良識ある官僚とOBは頑張って闘っていることは忘れてはいけない。全国の都道府県の自治体も、現場の農林漁家も、国民も、農協も、漁協も黙ってはいない。農水省をなくしてはならない。

 

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