【熊野孝文・米マーケット情報】大凶作でも日本にコメを売り込む豪州の輸出業者2019年5月21日
「穣の一粒」という本をご存じだろうか? 1905年にオーストラリアにわたり、同国に稲作を根付かせた高須賀穣の生涯を記した著書(松平なみ著 愛媛新聞社刊)である。高須賀穣は国会議員を辞して豪州にわたり稲作を始め、豪州政府に灌漑をすれば稲作が成功すると訴え続けたのだが、受け入れられず、自ら堤防を作り、毎年洪水で流されながら食べるものにも困るほど困窮しながら8年の歳月をかけて初めてコメの収穫を得た。
著書にはその時の模様を以下のように記している。
「父があと半年生きていてくれたら、この成功をどれほど喜んでくれただろう。3種類の中で、一番出来の良い種類に父の名前を付けた。嘉平と名付けた稲の、元の品種は山城である。他の2種類は旱不知(ひでりしらず)と、神力だった。刈り取りを済ませ、来年の種子を選抜している頃になって、ある新聞に高須賀穣の稲作の記事が載った。1912年4月12日付のAGN新聞である。『日本人のジョー・タカスカがマレー河流域で、コメの試作に成功した。1エーカー当たり1t、21ポンド相当の収量があった。この試作の成功の事実は、オーストラリアの農業に大きな衝撃を与えた。オーストラリアでは農作物を水に浸した中で栽培することなど想像もつかなかったことである。驚異の発想で、誰も想像することさえ不可能だった』」。
その豪州米のセミナーが5月14日にオーストラリア大使館で開催された。そこで公表された2019年産(今年4月に収穫されたコメ)の生産量は衝撃的であった。なんと従来の生産量の10分の1以下の5万2000tしか穫れなかったというのだ。干ばつによる大不作は以前から伝えられていたが、改めて当事者からその数量を聞くと、稲作にとって過酷すぎる現地での気象条件が伝わって来る。
2020年産についても政府から示される灌漑用水の割り当てが来なければどうなるのか分からないという説明であった。豪州米はTPP11の輸入枠が別途設定されたが、初年度は前年度分も合わせて玄米ベースで9000tが設定されている。セミナーで日本向けに輸出出来る数量はオーパスが5000t、コシヒカリが250t、合計5250tでTPP11枠も埋められない数量になってしまった。地元では日本向け短粒種だけではなく長粒種も消費者が入手できなくなるだろうと言われているが、そうした悲壮感が豪州米の輸出業者からは伝わってこなかった。この輸出業者はオーストラリアの稲作生産者が出資して設立された会社だが、11もの子会社があり2200名の従業員がいて、ウルグアイやベトナム、台湾などでも稲作を行い、ベトナムでは精米工場まで作った。セミナーでは、豪州で生産されたオーパスのほかウルグアイのHAYATEと台湾のTN11という品種の試食提供も行われたが、いずれも日本のコメの食感と変わりがない。海外のコメの品種に詳しい向きによるとウルグアイのHAYATEは日本の民間育種会社が育種した低アミロース米が親になっているとのことで、そう言われればもちもち感が秀でていた。豪州米がなければこうした日本向けのコメもあるというのが輸出会社のアプローチだったのだろうが、その商魂のたくましさには脱帽するしかない。
商魂については日本側の輸入商社も負けてはいない。
この商社は、日本国内での豪州米マーケティングについて、国内では異常とも思えるほど良食味米、高級米の新品種ブームの渦中にあるが、そうした高級米路線ではなく、価格とバランスがとれたコメとして豪州米を拡販したいとし、いわば「逆張り戦法」で行きたいと述べた。その際、ターゲットとなるのは「ご飯をいっぱい食べたい層」で、一般社団法人食アスリート協会と高校のラクビー部ゼネラルマネージャーを紹介、この高校にはこの商社が無償で豪州米を提供している。
なんとこの高校ではラガーマンに1日7合(精米換算で2.5kg)ものご飯を食べるように推奨している。食アスリート協会の講演で配布された資料には「豪州米はアスリートを育てる家庭のお財布に優しい!」と題して、豪州米10kg2980円と秋田県産あきたこまち10kg3900円の価格が示され、高校ラガーマンが1日7合食べると年間支出額は豪州米を買った方が3万6000円お得で、3泊4日の遠征代1回分に匹敵すると書かれていた。
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