【坂本進一郎・ムラの角から】第10回 秩父事件と三里塚(上)2019年5月29日
普段、農民は「黙して大地に書く」ように黙々と土地を耕している。しかし苛斂誅求にあうと、大地は大暴れする。それは大乱といっていい。もちろんひとりでに大乱になることはない。まず、大乱になった原因で秩父事件と三里塚とで似たところ、そうでないところを拾い、今回と次回に分けてこの文章をまとめてみた。
(1)今までの百姓一揆とどこか違うぞ
似たところ、つまり両者に共通したところは、オルグがあり、思想があり抵抗力を組織したことによる強さがあった。その証拠に、秩父事件の時大宮(今の秩父)に終結した『暴徒』の数は7~8000人から1万人と言われている。これだけ多勢になると、運動は深く、広く展開し、政治性(政治的要求)さえ帯びてくる。
三里塚闘争も覚えられないほどの裁判を抱えているが、その一つ今年5月13日開廷の耕作権裁判のため呼びかけた「特別カンパ呼び掛け文」では、この13年に耕作権裁判カンパとして2600万円集まったと紹介している。13年もの長い闘争を支えることができたのは例えば、農地を守るべき農地法を悪用して農地取り上げを画策したりする政府・空港会社の理不尽さに人々も怒っているからであろう。この怒れる反応は日本列島共通の問題をかかえ運動、運動に大衆性のあることを示している。
確かに、三里塚闘争は故萩原進さんも言うように、内部分裂と脱落の歴史であった。それは大潟村の青刈り闘争でも同じである。初めから落ちる人、石橋政治のように大潟村でも「俺らは権力に勝てそうもない」と言って途中で落ちる条件派の人。脱落によって運動が純化された面は否定できないだろう。戸村一作は「戦うとは徹底抗戦だ」と言っている。これは示唆に富む言葉だ。今三里塚に行くと、徹底抗戦の気風に満たされているのを感じ取ることができよう。
徹底抗戦の気風は秩父事件にも当てはまる。井上幸治は『秩父事件』で新聞記事を引いて次のように言う。
「さりとて一般の百姓一揆とどこがどうちがうのであるか。単なる百姓一揆ならば、一発の銃声で四散し、刀剣がきらめくと逃走するのが例であるのに、秩父のばあいは農民が『倒れてのちやまん』の態度である。そのため西南の役以来の変事となった」
(2)商品経済の行きつまり
山村農業は食料自給農業と商品生産とから成り立っている。
秩父地方は土地狭隘のうえ山林がほとんどで,耕作可能な農地はごくわずかだ。このため可耕地を見つければそこの草木を倒して草木を焼き、焼畑農業を行っていた。これでもコメはめったに口にすることはなくコメの生産は3ヶ月分、麦も3分の1は秩父郡外からの調達に頼っている。常食は麦、粟、ひえ、そばであった。
私は3回ほど秩父巡礼の旅をするため秩父に行ったことがある。1回目は秩父の公共機関を頼ったが、公共機関はないに等しく巡礼能(あたわ)ざるであった。2回目、今度は免許証を持っていき秩父でレンタカーを借りた。しかし全部を回りかねた。気にしていたので残りも回ろうと3回目もチャレンジしたが同じであった。この時、秩父は奥深いことを強く感じた。
ところで、食料購入、納税にはお金が必要で秩父では江戸時代の初期頃から換金性のある副業として養蚕が行われていた。そして山国のハンデイを克服していくため、「養蚕・製糸・絹織物を副業とし、旧暦4月には蚕を掃立て、5月になると糸くりをはじめ、7月には『新絹出来申候』というのが長い間、農家生活のリズムになっていた」(「秩父事件」5頁)。秩父には絹市が立ち農民は絹市に生糸を持ち込んだ。秩父の絹は「秩父絹」として加賀と並んで全国に名をとどろかせた。秩父農民はこうして商品経済に大きく組み込まれていった。
そして秩父の刻苦奮闘は養蚕業を開眼させた。その一人、今の深谷市の渋沢宗助は全国の養蚕家を訪ね歩き、今までの「蚕は神の虫」だから家内睦まじくとか、蚕の前では清潔にとか、運まかせ・迷信まかせの蚕糸のやりかたを温暖飼育法という技術を体系立て、『養蚕手引抄』に書き表した。この飼育法は農家に広がった(中沢市朗『改訂版自由民権の民衆像』)。
1858年の安政開国は、秩父養蚕業を一変させた。秩父養蚕業は世界貿易の一環として組み込まれ、今まで養蚕は絹織物業の一分野に過ぎなかったのに、この開港景気に養蚕業、製糸業と分離していった。農民は生糸のまま横浜から輸出し、輸出相手先フランス・リヨンの生糸相場まで気にするようになった。こうして秩父は生糸輸出景気に沸いた。桑はどんな土地にも育てやすかった。そこで農民は手軽に副業として蚕糸に手を広げることができた。
ここにきて秩父にとって思いがけないことが起こった。松方財政である。明治14年大蔵大臣に就任した松方正義は西南戦争を含め明治以来の財政膨張政策が、インフレを起こしたので、緊縮財政を行う一方、国内の銀貨量を基準に不換紙幣を回収しゆくゆくは銀本位制や金本位制導入を図るつもりであった。だが、貨幣出回り量の縮小はデフレを招き、デフレによる物価下落は農産物価格下落に直結し、農家を困窮に貶めた。秩父特産の絹織物であるくず糸で織った太織(ふとり)の価格は、明治15年初め一疋(ひき)8円50銭、16年6円,17年4円50銭。2年で半値になっている。当然絹糸も半値をまぬかれなかった。商品経済につかる度合いが大きいほど、景気に影響されやすいのは事実だが、今の日本の農業でも食糧法施行前はまあまの生産者米価であったが、施行と同時に超安値の出血出荷である「ボランテア価格」にされてしまったのである。国の政策だからと言って、我々弱者いじめの政治はごめんこうむりたい。
だが、秩父では農民の困窮は「大乱」のスタート点になった。折しも自由民権運動の波頭が秩父にも押し寄せそれを運動の中に組み入れたのは血盟の3人トリオ高岸善吉、坂本宗作,落合寅一であった。彼らは秩父に足しげく通い抵抗運動を組織していった。
秩父騒動の初めは高利貸との戦いであったが警察介入で権力との戦いになった。騒ぎが大きくなるにつれ単なる秩父の事件でなく秩父を乗り超え世間の注目を集める運動になった。
似たことは三里塚にもみられる。
(以下、次回に)
【坂本進一郎・ムラの角から】第11回 秩父事件と三里塚(下)
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