【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第54回 『米節』のできたころの稲作労働2019年5月30日
1970年ころではなかったろうか、宮城県北のある農協青年部のメンバーと飲んでいたときのことである。宴たけなわになってきたころ、一人の青年が唄い始めた。続けてみんなもそれに合わせていっしょに手をたたきながら歌う。これはよくあることなのだが、その歌ははじめて聞くものだった。
「米という字を 分析すればョ 八十八度の 手がかかる
お米一粒 粗末にならぬ 米は我等の 親じゃもの」
二番、三番は省略するが、すべて米に関すること、とりわけ「八十八度の手がかかる」という文句がいい。驚いて何という歌なのかと聞いたら、『米節(こめぶし)』という宮城県民謡だと言う。ちょうどそのころは米価闘争がさかんなころ、その後も青年たちと飲むとよく歌っていたので私も覚えてしまったのだが、民謡ということに関しては若干疑問があった。民謡にしてはメロディが近代的すぎるからである。
しかし確かめようもなく時が経過していった。そのうち『米節』を歌う青年もいなくなり、宴会の歌はカラオケにある歌だけ、みんなでいっしょに斉唱するなどということもなくなってきた。
やがて定年となり、時間的ゆとりもでき、パソコンと言う便利な武器を何とか使えるようになったころ、何かの拍子にふとこの『米節』のことを思い出した。そしてまたあの疑問が頭をよぎった。そこで早速パソコンで検索してみた。あった。
やはり民謡ではなかった。1935(昭10)年につくられた『博多小女郎浪枕』(作詞:藤田まさと、作曲:大村能章)のメロディーを尺八家の星天晨がそのまま使用し、米を称える祝い唄風の歌詞をはめ込んだ替え唄だということだった。実際に、東海林太郎の歌った『博多小女郎浪枕』を聞いてみると『米節』のメロディとそっくりである。そして『米節』は新民謡(大正以後に新しく作詞・作曲された民謡調歌謡)として位置づけられてもいた。
これで疑問は解決されたのだが、寂しいのはこの『米節』が最近まったく聞かれなくなって来たことだ。これもしかたがないのかもしれない。そもそも民謡があまり歌われなくなりつつある時代、米の大事さを感じなくなっている時代、稲作など農業のことにまったく関心をもたない世代が多くなっている時代、この歌の意味など聞いてもその意味がわからない人たちが多くなっている時代、やがてこの歌も消えてしまうのだろう。
それはそれとして、米を八十八と読ませ、それを「八十八度の手がかかる」(=数多くの手がかかる)とかつての米作りの大変さにかけているこの歌の通り、本当にさまざまな作業をこなさなければならなかった。鍬、鎌などの道具と手労働が中心の段階では、朝暗いうちから夜暗くなるまで、重いものを担ぎあるいは持ち、長時間腰を曲げて働かなければならなかった。そして限られた田んぼから一粒でも多くの米を生産しようと努めた。
それでも、この『米節』がつくられたころ(=私が生まれたころ)の農作業は、基本は人力であるが、運搬、耕起・代掻きには畜力が導入されていた。といってもすべての農家が牛馬を所有しているわけではなく、零細農家は畑は鍬、田んぼは三本鍬(備中鍬)で、つまり人力でおこすか、家畜をもっている農家に手間替えで頼んでやってもらうしかなかったのだが。
なお、運搬に関してはリヤカー、自転車も導入されていた。したがって重いものは牛馬車で、軽いものは自転車の荷台やリヤカーに載せて運搬した。リヤカーを自転車の後ろにつないで運搬するようにもなっていた。これは楽な上に速くていいのだが、自転車は現在の自動車以上に高価であり、持っている家はそれほど多くなかった。
しかも農道が整備されていないために牛馬車やリヤカーが利用できない田畑もあった。
なお、冬は今のように道路の除雪がなされないので牛馬車やリヤカーが使えない。それで人力で引く「橇(そり)」、牛馬に牽かせる「馬橇(ばそり)」が主な運搬手段となった。
それから、稲作には手押し除草機、足踏み脱穀機、米選機などの人力の器械が導入され、また硫安などの化学肥料や農薬のボルドー液・背負い式の消毒器も導入されつつあったし、動力籾摺り機も導入されつつあったが、機械化・化学化の進展というには程遠かった。
こうした状況では人手はいくらあっても足りなかった。とりわけ田植えや稲刈りなどは限られた適期に終わらさなければ収穫皆無になってしまう恐れがある。子どもたちもそれが何となくわかる。そしてまた手伝いをするよう命じられもする。それで子どものできる範囲内で手伝う。
学校もそれがわかっている、だから前にも書いたように「農繁休暇」(通称「田植え休み」・「稲刈り休み」)をつくった。かくして田植え・稲刈りなどの農繁期は子どもも含む家族総出での朝暗いうちから夜暗くなるまでの作業となった。
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