【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】(136)ショートカットの誘惑2019年6月21日
勤務先の大学キャンパスのバス停から少し離れて戻ったところに横断歩道がある。通学でバスを降りた学生は、バスが来た道を少し引き返し、横断歩道を渡りキャンパス内に入れば良いのだが、降りたバスのすぐ後ろの道路を横切り最短距離(下の写真を撮った場所から看板の方へ一直線)で道路を渡ろうとすることが多い。バスの陰から出た途端に反対車線からの車に「ビクッ!」とするのを何度か見た。いけないとわかっているのに、学生だけでなく時には教職員もショートカットをすることがある。
これを人間の本性と見るか、構造上の問題と見るか。現場を知る人間ならよくわかるが、反対車線の大学側にはガードレールがない。洒落たオープンスペースの道路がキャンパス内へ通じている。数本の杭と弛んだ鎖が柵の形になっているが、それ以上のスペースがバスの停車位置直後から広く空いており、こちらにWelcome!と言わんばかりに隙間を空けている。
憂慮した教員同士で話題にし、学生に注意をしたが、状況は改善されなかった。流石にこれはまずいと思い、いくつかの会議としかるべき部署に話を持ち込んだところ、有難いことに即座に対応をしてくれた。これは大感謝である。
その結果が写真である。アプローチの見てくれはかなり悪くなったが、バス降車後のショートカットによる「ビクッ!」は殆ど見なくなった。それでもわずか数メートルをショートカットしたり、弛んだ鎖を乗り越えて際にヒールを引っかける学生が何人かいたが、今では、殆どの学生や教職員が降車後は横断歩道を渡るようだ。
この現象は、様々なことを示唆している。
第1に、人は楽をしてショートカットが出来るものはそちらを望む可能性が非常に高いことを示している。厳密な意味では実験による精査が必要だが、現場はそれを待てない。今まで事故が起こらなかったのは、偶々、山の上のキャンパスで交通量が少なかったからであろう。実際はいつ事故があってもおかしくなかった。
第2に、仮に多くがショートカットを好む傾向があるとしても、それは適切な環境を設置することにより一定の効果が得られる可能性が高いということだ。反対車線の道路際にガードレールを設置するのがベストだろうが、これには予算も時間も手続きもかかる。人身事故でも起こらない限り、コストを考えたら行政もなかなか動かない。大学として自衛するには自らの敷地内に可動式の柵を置いた方が早い。写真を撮った地点でバスを降り、黄色と黒の柵がない場合、自分はどのルートで道路を渡るか...という問題である。これまで立て看板はあったが柵はなかった。何故なのかは全くわからない。
第3に、横断歩道とは異なるが、知的財産についても本質的には同じことが言える。対価を支払わなくても知識や技術が入手可能となれば、世の中には多少のリスクを冒してもショートカットをして、それを得ようとする人や組織が多いようだ。だからこそ法があるが、抜け道に誘導するような例外行動や環境を設定していては意味がない。
* * *
品目に限らず、ある農畜産物を世に出すためには開発のためのとてつもない時間と労力、そして資金がかかる。これは伝統育種も先端技術も同様である。それを易々と取られては困るという視点、それだけ価値があるからこそ独占すべきではなく本来は共有すべきであるという視点、さらには、片方の立場を強く主張しながら、同じ本人が実生活の異なる状況では全く逆の行動をとるパターンなど、人間の行動は難しい。
交通ルールを守ることが必要とわかっていながら横断歩道をショートカットすることにはこの程度の対応で十分かもしれないが、農畜産物の品種や名称、独特の生育技術、あるいはソフトウェアの権利問題などでは可動式の柵程度では済まない。
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