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【坂本進一郎・ムラの角から】第15回 どうしてこうなったべえ 2019年7月10日

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【坂本進一郎】

コラム ムラの角から 見出し画像.jpg 

 たんぼがおらみてシクシク泣く
 おらもたんぼみてシクシク泣く
 どうしてこうなったべこれからお前のみのりどうなる?
 誰か喜んでくれる人あるべぇか?
 (趙樹里「小二国の結婚」所収の詩をもじった)

 青刈り騒動、ヤミ米騒動で騒々しかった大潟村は、今不気味な静かさの中にある。何故、静まり返っているのか。米価値下がりと流通権を大商社に握られたからである。米価値下がりと米流通権喪失は二つにして一つ。売る自由に、作る自由は、作って売れなければ、作っても大商社に売るしかない。そこなのだ。売る自由、作る自由は初めからペテンであった。しかし我々にはそのペテンを押し返す力がなかった。その力のなさが今の静けさにつながっているのだろう。
 何しろ日本は「貿易立国信仰」のもと自動車産業などは繁栄し、農業は縮小に次ぐ縮小を重ねた。しかも農工間格差は開くだけだ。EUやアメリカには農工間格差を埋めるため本丸を守る外堀、内堀がある。内堀とは最低支持価格や不足払い制度である。日本には内堀がないため、食管法という外堀を放棄したとたん、本丸の攻撃を受けたのである。
 かつては生産費所得方式をよりどころに米価交渉を行い一応生産者を満足させる米価を目指した。生産者である農民は米価を決める食管法の主人でもあった。今は違う。誰か見えないものに支配さえている澱んだ空気が漂っているのを感じるだけだ。こうしてたわわな作物の実りを手にして、"これだば、今年は豊作だな"と手の感触を楽しんだのも昔語りになってしまった。

 農民滅びて、国滅ぶ。―私は今の農政のやり方を見ていると、なぜかかつての戦争のことを思い出してしまう。戦後の知識人の告白文を読むと、戦争には賛成でなかったが国家の動向には従わざるを得なかったのでということを言っている。同じことは福島原発でも聞いた。今減反に賛成でないと言いながら減反政策着々行われてきた。
 そして、今日、減反はなくなったものの、作付け制限があり、しかも減反はよりもっとひどい市場原理に置き換わった。農民は人間荒野に裸で投げ出されたのである。多分このままの状態はトコトン続くに違いない、戦争が敗戦に終わったように。市場原理とは弱肉強食のことなのだ。このままいって農業もスッテンテンに潰れたとき、農業潰しに反対だったのですがと釈明することになるのだろうか。そう思うと、私は悲しくなる。

 敗戦後、「中国の赤い星」で毛沢東延安を紹介したエドガー・スノウは、ある日本人との対話で、そのような日本人の心理状態を指して、卒然として"日本には奴隷が多すぎましたね"といったそうだ。この話を聞いて、新中国誕生をわがことならではと思い続けて来た人の発言と思った。そしてこの発言に私はハッとした。
 今農民は米価値下げや作付け制限で苦しみと悩みを味わっている。作付け制限は、"属州"アメリカから安い農産物がどんどん押し寄せているからだ。私は窮地を打開しようとしてハトムギ栽培に挑戦してみたことがある。栽培は成功した。しかし、うまく売れないで困ったことがあった。ただ時折耕種概要などを電話や手紙で聞かれたりして自称にわかハトムギ先生の気分で自慢に思ったりした。だが、売り先の見通しが立たなくては自己満足にもならない。趙樹里のように、農民にぴったりくっついて、農民の気持ちを再現してくれる作家は日本にいないものか。農民の中には日本民族の悩みがあるはずだ。それを取り上げることはできないものか。

 農業潰しの嵐が忽然と起きて50年。気がついてみるとその嵐と激流は相当な強さになっている。もうこうなっては、流れに任せるほかはあるまい。しかしそれでも一呼吸しながら息を整えては、時折立ち止まりはるかな元の地点を懐かしく思うことにしようと今はひそかに考えている。そう思うとこれまた悲しくなる。
 だが、せめて、今の農政への批判精神だけは持ち続けたい、と思う。そう、それで思い出したが、幸いなことに、私はある詩人から抵抗のシンボルのような詩を送ってもらっている。これは私の田んぼで取れたコメを送った事への詩人らしい返答だ。

  お米
      海野金一郎

 米は真実うまい
 なぜ米食べぬ
 白米好きなら
 胚芽だけ工夫して食べよう
 土あるところに
 文化おこる
 自給自足は
 民族自立の文化
 滅びない文化
 お米よ
 有難う

(2003年3月15日朝日新聞掲載投稿文・に筆した)

 

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