【坂本進一郎・ムラの角から】第16回 大潟村にムラを発見するまで(1) 2019年7月17日
(1)ムラ(あるいはムラ政府)とは何か
高度経済成長が始まる頃までの農村の「経済主体」は自給自足を生活基盤とした結(ゆい)であった。結のもとでは、労働力を含めて交換経済なのであまりお金を使わない。そのため、三反歩でも五反歩でもあれば大面積を耕作している耕作者から雑仕事をもらう。あるいは私のように仙台近郊の浜辺に暮らしていた人は次のような経験があるであろう。手漕ぎの魚船が漁から帰ってくると浜辺に船あげを手伝い、帰りになにがしかの魚をもらう。ここでもお金を使わない。またミレーの絵に「落穂拾い」というのがある。拾っているのは下層の農民で地主の許可を得て落ち穂を拾っている。これも生活の糧になる。
このように、ムラとは村落内に暮らしあっているムラ人皆がともに生き伸びていくために、お互いに知恵を出し合い「生産と生活」を包み込みながら、作り出した生活の枠組みである。大潟村ではヤミ米騒動、青刈り騒動など何かというと、群れを作りながら行動しているのが確認できるが、生活の枠組みつくりはこの群れという形をとって現れる。
ムラ(村ではない!)政府という意味は、ムラに住んでいる限り何とか生活できる。それを塩梅し、生活の枠組みを作ったのは誰なのか見えないが、ムラ政府(経済主体・村落)である。それだけムラには神通力があった。ムラ意識の根底には「みんなで一緒」「足並み揃えて」という気持ちが存在するように思う。
(2)口を閉じても、耳をそば立てる
私が大潟村にムラを見たのは1978年(昭和53年)4月である。
なぜ1978年4月なのか。
この年は「青刈り騒動」最後の年である。
この年は春先というより前年から村には陰鬱な空気が流れていた。なぜ陰鬱な空気か。前年は国・県は泳がし戦法に出たのか何ヘクタール作ろうとお咎めなしであった。このため多い人は12.5ha、少ない人は県の言う8.6haを守った人という具合に作付け面積はバラバラであった。この結果、村の中は「差し引き感情」から俺はあれより損をしたとか得をしたという怨嗟感情を巻き起こした。春になって春耕を控え、この感情が大潟村を混乱の渦に巻き込んだ。大潟村議会全員協議会はじめ集団長会議等の会合が頻繁に行われ、全員協議会は12.5ha作付けを申し合わせた。
しかし12.5haは今まで大潟村として公認の形で植えたことがない。公認とは田面が水田扱いでありここに転作の畑をやった場合転作奨励金が付くということである。だがそういう形での水田10haをやったことがない。とはいえ10ha作付けは1~4次入植者の配分面積であり暗黙の価値基準になっていた。そこで私は12.5ha作付けは無謀なので拒否した。だが押し潰されそうな村の雰囲気の中では、入植者は「口は閉じておくが、耳はじっとそばだてている」そういう中では10ha作付けは異端な行為で、実のところ勇気がいった。
(3)ムラの発見
口を閉じ、耳をそば立てるのは、自分で作付面積を決められずムラのちょっとした動きも気にし、あるいは警戒しているからである。これはムラ人がムラに飲み込まれてしまったからである。事実私が10haしか作らないということをどこで聞きつけたのか、わざわざ隣近所の知り合いが12.5ha作るように忠告しに来た。この時、みんなで一緒に同じ面積のコメ作付けをしないとムラは落ち着かないのだろう。「あっ、これはムラができたのだな」と気が付いた。
この点で1975年(昭和50年)に始まった「青刈り反対運動」が、1978年(昭和53年)に「ヤミ米騒動」へと変質したのは象徴的でもある。というのは1975年時点では、青刈り反対運動のため旧訓練所跡地に集まった人は、一人ひとりが国の理不尽を追求する戦士の顔に見えた。しかし戦いは年々戦士としての顔をぼやけさせた。
この点で、78年と85年はムラという視点から見ると、エポックといえる。78年は村全体で2000ha青刈りさせられ、入植者側の全面敗北であった。このとき大潟村周辺町村から入植してきたある入植農家は、「78年は負けたのではない。国と俺らは住む場所が違う。今に見ていろ」といった。
私は彼の論理を理解できなかったが、事実、作付け騒動は7年の雌伏を経て,不死鳥のごとくよみがえった。ヤミ米検問を粉砕したのである。私は青刈り反対からヤミ米に変質したことに違和感を持って大潟村の成り行きを眺めてきた。薄井清「農地改革を見直す」(朝日新聞80年2月3日)で、「農地改革」はマッカーサー政府がやったものでもなく、日本政府がやったのでもない、「それは地域共同体であるムラ政府がやったことだ」という論稿に触れて私は大潟村にムラができたことを確信したのである。(続く)
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