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【リレー談話室・JAの現場から】精神のリレー・焼き場の少年2019年8月7日

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【JCA客員研究員・伊藤 澄一】

焼き場の少年 『中学校国語3』(学校図書・平成17年2月10日発行)の教科書がある。そのなかに「目撃者の眼」という随想と写真が収録されている。かつてのアメリカ従軍カメラマンのジョー・オダネルが戦後の日本各地を記録した写真の1枚がそれで、「焼き場の少年」といわれる。随想本文は上田勢子氏のインタビューに応えてまとめられた。以下はその一文の抜粋である。

◇     ◇

 【佐世保から長崎に入ったわたしは、小高い丘の上から下を眺めていました。すると白いマスクをかけた男たちが目につきました。男たちは50センチほどの深さに掘った大きな穴のそばで作業をしていました。荷車に山積みした死体を石炭の燃える穴の中に次々と投げ入れていたのです。
 10歳くらいの少年が歩いてくるのが目にとまりました。おんぶひもをたすきに掛けて、幼子を背中にしょっています。弟や妹をおんぶしたまま、広っぱで遊んでいる子供の姿は当時の日本でよく目にする光景でした。しかし、この少年の様子ははっきりと違っています。重大な目的を持ってこの焼き場にやってきたという強い意志が感じられました。しかも足ははだしです。少年は焼き場のふちまで来ると、硬い表情で目を凝らして立ち尽くしています。背中の赤ん坊はぐっすり眠っているのか、首を後ろにのけぞらせたままです。
 少年は焼き場のふちに、5分か10分も立っていたでしょうか。白いマスクの男たちが静かに近づき、ゆっくりとおんぶひもを解き始めました。このときわたしは、背中の幼子がすでに死んでいることに初めて気づいたのです。男たちは幼子の手と足を持つとゆっくりとほうむろうとするように、焼き場の熱い灰の上に横たえました。まず幼い肉体が火に溶けるジューという音がしました。それからまばゆいほどの炎がさっと舞い立ちました。真っ赤な夕日のような炎は、直立不動の少年のまだあどけないほおを赤く照らしました。(中略)夕日のような炎が静まると、少年はくるりと焼き場に背を向けて、沈黙のまま去っていきました】

◇     ◇

「少年を知りませんか?」

 言葉さえかけることができなかったこの少年を、ジョー・オダネルはこの1枚の写真を頼りに捜し続けた。新聞などで時々目にする写真でもある。彼の存命中に少年は見つかることはなかった。少年が存命であれば、80歳なかばとなる。
 平成17年から講演・研修会での資料のなかに「焼き場の少年」を加えて、皆さんご存知ありませんかと問いかけ続けているが、反応はない。ところが、西日本新聞の8月5日の記事によると、長崎市の元小学校長(85)が10年ほど前に長崎で写真が公開されることを伝えるニュースを見て、同じ国民学校に通っていた「あの子じゃなかろうか」と気づいたという。昭和20年8月9日に自宅で被爆して裏山に逃げ込んだとき、あの少年も幼子を背負って裏山にいたという。少年は「母ちゃんを捜しよると」と言って、立ち去ったという。何度か校庭で遊んだ丸顔でおとなしい転校生だったと記憶し、名前は思い出せなかったという。
 
 今年11月、フランシスコ・ローマ法王が長崎と広島を訪れる。法王は2017年に「焼き場の少年」のカードを作成し〈戦争がもたらすもの〉というメッセージを添えて、全世界に配布するよう指示している。
 ジョー・オダネルの残した1枚の写真。戦争のもたらす悲惨さをこれほどリアルに伝える映像はほかにあるまい。今、世界の国や地域では、分断と対立の時代に入った。日本もそのなかにある。ジョー・オダネルは「原爆は戦争終結に必要だったという人がいます。でも誰が何と言おうと、原爆は決して落とすべきではありませんでした。私は死ぬまでそのことを言い続けるつもりです」という言葉を残している。
「焼き場の少年」は、彼亡きあともそれを訴えている。

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