【小松泰信・地方の眼力】売られゆく我が国の胃袋2019年8月28日
「1年かけて向き合う〝農〟の原点」というタイトルで、筑波大学附属駒場高等学校(東京都世田谷区)における「水田学習」を取り上げているのは、「Wedge」(2019年9月号)。東京農業教育専門学校附属中学校として1947年に創立されて以来、年間通じて実施されている。「日本人、人類の根幹を支える取り組みを実際に肌身で覚えさせる、農学校の系譜をひく同校ならではの教育」とのこと。収穫された米は、翌春、赤飯として卒業生、新入生に振る舞われる。卒業生らは「入学時の米の味が忘れられない」と感慨にふけるそうだ。
◆過去最低の食料自給率
8月6日農水省は、2018年度のカロリーベースの食料自給率が37%と前年から1ポイント下がったことを明らかにした。小数点以下まで見ると37.33%で、冷夏による不作に見舞われ、「平成の米騒動」があった1993年の37.37%を下回った。記録があった1960年度以来、最低とのこと。
中国新聞(8月18日付)の社説は、「この10年、自給率は下がり続けており、危機的と言わざるを得ない。今後も上昇は困難だ。というのも農業の担い手不足や高齢化が止まらない上、環太平洋連携協定(TPP)などの発効で安い農産物輸入が増えるからだ」と、危機感を募らせる。
必要な食料を自国内で賄う「食料安全保障」が破綻状態にあることを宣告し、「農林水産物の増産や担い手づくりにつながる、持続可能な『農』への抜本的対策を政府は打ち出すべきだ」とする。そして、米国との貿易交渉の結果次第では、農産物輸入が増えることから、「これ以上、国内農業を犠牲にすることは許されない」とし、消費者に対しても「農林水産業への理解を深め、『食』という恵みを生み出す農山漁村の担い手を支援すべき」とする。
京都新聞(8月16日付)の社説は、「平成の米騒動」に触れ、「タイ米を緊急輸入したためコメの国際相場が急騰。タイ米に依存していた東南アジアの庶民の暮らしにも打撃を与えたことを忘れてはなるまい」と、他国民への配慮を促す。そして中国新聞同様、日本の農業の基礎体力が弱っていることを指摘し、「世界人口の増加や異常気象の頻発で、食料輸入がこれからも同じように続けられるとは限らない。不測の事態に備えた自衛策として自給率向上は避けて通れない」とする。
さらには、「日本は大量の食料を輸入に頼る一方、食品廃棄量は年間約640万トンに上る。本来食べられるのに捨てられる廃棄食品は無視できない数字である。まずは食品ロスを減らさねばなるまい」と、食生活のあり方にも言及する。
日本農業新聞(8月8日付)の論説も、TPPやEUとの経済連携協定(EPA)発効などで、「牛肉や乳製品の輸入が増加する中、国産の生産が増えない限り、自給率の低下を招くことになる」として、生産基盤の強化の必要性を指摘する。しかし現実には、「厳しい予算編成が続く中、農水省は大切な農村政策や野生鳥獣害対策、食育関連などの予算を十分に確保してこなかった」として、食料・農業・農村を守るべき中央官庁である農水省の姿勢を質している。
◆ウィンウィンだって? 勝ったのは誰だ?
8月25日に安倍晋三首相とトランプ米大統領が日米貿易協定の大枠に合意し、9月の署名をめざすことで一致したことから、食料自給率のさらなる低下が確実となった。多くのメディアが伝えているように、米国は、今回の農産物の市場開放で約7400億円の効果を期待している。現在、米国からの輸入額が約1兆5000億円であることから、一気に5割増し。共同記者会見で、安倍氏が「ウィンウィンな形で進んでいる。協定が発効すれば、日米双方に大きな好影響をもたらすだろう」と表明すれば、トランプ氏は「原則合意に達した。非常に大きな取引。農家にとってとてつもない合意だ」と農業分野での成果を強調する。
アメリカの農家にとって「とてつもない」合意は、日本の農家にとって「とんでもない」合意である。
◆政府の姿勢を追及する地方紙
信濃毎日新聞(8月27日付)は1面で、長野県内の農家や畜産関係者からの、議論が拙速との批判や、輸入拡大を懸念して政府に対策を求める声を紹介している。
長野県農業経営者協会長は、「輸入拡大で農家に影響が出るのは必至」とし、米国からの外圧で日本の生産基盤が壊されることがないよう、国内各地の実情に合わせた対策を政府に求めている。
飯田市にあるJAの肉牛部会長は、「経営を維持できなくなる農家が増えないだろうか」と不安を隠せず、「より良い品質のものを高く売っていかなければ生き残れない」と危機感をあらわにする。
さらに「大変なダメージになる。脅威を感じる」とは松本市にあるJAの組合長。同JAの畜産関連販売高は年間約30億円にも上る。家畜の糞が堆肥として地元の野菜農家に供給されていることから、「畜産農家がなくなれば、影響は野菜農家にも広がる」と、負の連鎖も指摘する。
北海道新聞(8月27日付)の社説は、「農業を犠牲にした一方的な譲歩は認められない。しかも自動車関税の撤廃に米国は離脱前のTPPで合意している。そちらは見送りというのでは話にならない」とする。さらに、「TPPには依然として米国の参加を前提としたルールが残り、生産者に不利に働きかねない」ので、牛肉の輸入が一定量を超えた場合に関税を引き上げる緊急輸入制限措置(セーフガード)の発動基準数量については、「米国向けに新たにセーフガードを設けるとしても、TPPの基準数量から米国分を差し引かなければ、実効性は乏しい」と、ズバリの指摘。
国内農業への影響額については、TPP、日欧EPA、そして今回の日米貿易協定の発効というトリプルパンチの影響を網羅的に精査し、分かりやすい形で国民に示すことを要求し、「それもせずに署名を目指すことは許されない」と斬り捨てる。
残念ながら北海道新聞が指摘した緊急輸入制限装置(セーフガード)の発動基準数量については、悲観的にならざるを得ない記事が、日本農業新聞(8月27日付)で紹介されている。来日中のマッケンジー豪農相は、同措置の見直しについて問われ、「われわれの側から再協議を求めることはない」と見直しに消極的な姿勢を示すばかりか、「日本市場での他国との競争が激化している。オーストラリア産牛肉は安全で競争相手に勝てる絶大な自信がある」と強調し、対日輸出を重視する姿勢を示している。
◆ツマジロクサヨトウまで駆り出す茶番
ついに、米中対立のあおりで行き場のない約270万トンのトウモロコシが、「ツマジロクサヨトウ」という害虫まで駆り出す、取って付けた理由で緊急輸入される茶番。我が国の国民と家畜の胃袋をアメリカに売り渡し続ける安倍首相を許さない。
「地方の眼力」なめんなよ
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