【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第69回 「藝術家」たり得なかった農民2019年9月19日
「白菜の 歯茎にしみる 霜の朝」
私が小5のときつくったつたない句を父が手直ししてくれたものだが、晩秋の寒い朝の冷たくて塩っぱくてぱりぱりの白菜漬けと熱々の甘いご飯、これは子どもの私が俳句にして表現したいと思うほどうまい。白菜と同じように自分も種まきから収穫まで手伝ってつくった青菜(せいさい・山形内陸特産のアブラナ科の野菜)漬けの独特の辛み・青臭さは初冬を感じさせる。
小学生の子どもすら農のいとなみの一端を俳句にして表現したいと思うほどなのである、大人はましてやであろう。
実際に農の民は、餅つきから始まる正月の祝いの行事、さなぶりや刈り上げの祝いの行事、お盆・お彼岸、春祭りや秋祭り、雨乞いの行事等々をつくり出し、唄い、踊り、飾り、造り、燃やし、祈り、自分たちの気持ちを表現してきた。
しかしそれ以上のことはなかなかできなかった。
農の喜びを感じ、表現するどころか農は心身に苦痛を感じさせるものですらあり、芸術家などではいられなかったのである。
春の目覚めの匂い、雪からのぞく土の香りは、ああ、今年もまた忙しくなるのかと憂鬱にさせるものでもあった。苦役的な長時間労働のもとで、景色や音を楽しんだり、それを表現したりすることに時間をさくゆとりもなかった。
学校生活も小学校がせいいっぱい、それも家の仕事の手伝いのために休まされるほど、教科書以外の本など買ってもらうこともできず、汽車に乗るのも修学旅行が初めて、子どもたちも牛馬のように働かされるなかで、貧しさのなかで、まさに無知のままにおかれ、感情を表現するすべを学ぶこともできなかった。
こうした状況を打開しようと昭和初期に教師集団が子どもたちとともに取り組み始めた「生活綴り方運動」が弾圧の対象になったことからもわかるように、権力は農民が芸術家たらんとすることを容赦なく抑圧した。
繰り返し襲う冷害、干害、水害、病虫害等々は家族ぐるみでの苦役的な労働の成果を奪い取り、生きていく展望すら失わせ、絶望のふちにすら追い込んだ。自然を讃えるどころか、自然は怨み、怖れの対象にしかならないときもあった。
小作農の場合などは、どんなに不作であっても、生産した米、麦、豆などの半分近くを地主に小作料として納めなければならなず、収穫の喜びは半減、白いご飯などはまともに食べることなどできなかった。がんばって増収しても、いい品質の物をつくっても、それは貸した土地のおかげだとして小作料がつり上げられ、技術的な努力の成果は成果として自分に返ってこなかった。
このような現実は、農民に芸術どころか考えることすら放棄させ、人間としての尊厳すら失わせた。農業技術に関しては、単に昔からやってきたことを踏襲し、隣近所と同じことをやるだけ、新しいことを考えるどころか考えることを放棄するしかなかった。
その方が楽だった。まともに考えれば死にたくなるだけだった。
こうした農民を都市の金持ちやインテリは「蛆」虫や「爬蟲」類と同様の存在とまで言って貶めてきた(注)
こうした農民を、その本来の姿である芸術家たらしめたい、この心からの願いを宮沢賢治は「農民は真の藝術家である」という言葉にこめたのではなかろうか(私の勝手な解釈だが)。しかし農民は「藝術家」たり得ることはなく、芸術家として自らを認識して誇りをもつこともなく、時代が過ぎできた。「技術者」としても同じだった。
もちろん、農民ばかりではなく、都市や工業地帯の労働者もその多くはインド以下(植民地以下)的低賃金、長時間労働で苦しめられ、下層民、底辺層、細民、貧民として貶められてきたのだが。
(注)このことに関しては、jacom「昔の農村・今の世の中」、2018年8月30日掲載「貶められていた農民」に書いているで、参照していただきたい。
そのほか、本コラムの記事一覧は下記リンクよりご覧下さい。
重要な記事
最新の記事
-
集落機能強化加算 「当分の間、継続」江藤農相 対象は現行555組織 経過措置導入へ2024年11月29日
-
「子どもの食事って大切」 心身育成にも一役 全国オーガニック給食フォーラム2024年11月29日
-
着実な担い手確保へ JAきたみらいなど先進3JAに学ぶ JA全中・次世代総点検セミナー2024年11月29日
-
宴会やパーティーで食品ロス削減「おいしい食べきり」全国共同キャンペーン実施 農水省2024年11月29日
-
「食品関連企業の海外展開に関するセミナー」環境規制に関する事例紹介 農水省2024年11月29日
-
【農協研究会】たい肥センター核に 放棄地再生も JA佐久浅間で農業戦略探る2024年11月29日
-
日銀「地域金融強化のための特別当座預金制度」適用対象機関名を公表 農林中金2024年11月29日
-
【役員人事】JA全農くみあい飼料株式会社(11月19日付)2024年11月29日
-
内部統制と働きやすさは両論 コンプラでトップセミナー JA全中2024年11月29日
-
ノウフクレンケイってなんだ? 根本凪の「ネモト宅配便 特別編 」配信 JAタウン2024年11月29日
-
「冬の京野菜フェア」全農直営3店舗で12月1日から開催 JA全農2024年11月29日
-
柑橘王国えひめ「紅コレクション」始動「愛媛県産紅まどんなフェア」開催 JA全農2024年11月29日
-
「ランピースキン病の発生」影響に関する相談窓口 福岡・熊本に設置 日本公庫2024年11月29日
-
シニアの外国語:その可能性【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】2024年11月29日
-
東日本のカシノナガキクイムシの由来を遺伝情報により解明 森林総合研究所2024年11月29日
-
島根県大田市 三瓶山麓で有機米を初収穫 報告試食会を開催 三菱マヒンドラ農機2024年11月29日
-
JAタウン「国産のごちそうディナーセット」数量限定で販売開始2024年11月29日
-
JAグループ茨城オリジナル肥料「サステナフルーツZⅡ」 の販売を開始 朝日アグリア2024年11月29日
-
福岡県産「あまおう」のミルクレープ 期間限定で登場 カフェコムサ2024年11月29日
-
農業用ドローン向けワンストップサポートサービス提供 NTTイードローン2024年11月29日