【酒井惇一・昔の農村・今の世の中】第70回「寄生」地主制と農民2019年9月26日
昔の農家は、男も女も、子どもから年寄りまで、家族みんなで働いたものだった、とこれまで言ってきたが、私の子どものころ(戦前)、生家の近所にそうでない農家があった。
△△さんというその家のお祖父さんはみんなが田畑に行っているのに自分だけは行かないのである。ちょっと腰を曲げながら外を歩いているのをときどき見かけるだけだった。それもよそ行きでしか着ないような着物、地域の人たちが「下りもの」と呼んでいたりっぱな絹の着物を着、白足袋に畳表の草履をはき、皮でつくったような立派な巾着を右手にぶら下げてである。どうしてそんなかっこうで、何の用事で歩いているのか、どこに行くのか子どもの私にはわからなかった。
その△△さんの家の斜め向かいに、◎◎さんという母一人、娘一人の家があった。家のつくりは農家だが、農地はなく、農業もしていなかった。裏の一間を勤め人夫婦に貸しており、その家賃と東京に働きに行っている息子からの仕送りで生活していた(それは私が大人になってからわかるのだが)。風呂がないので、私の家で風呂をわかすと「お風呂さ入らっしゃい」と呼びに行ったりするくらい親しくしていたが、その母娘はやさしい人で、幼い頃の私や妹は本当にかわいがってもらったものだった。
それから何年も過ぎ、△△さんのお祖父さんも◎◎さんのおばさんもとっくに亡くなっていたころ、父がこんなことを教えてくれた。
あの△△さんのお祖父さんは何人かの地主の差配人(地主の代わりに貸地の管理をする人)をしており、地主と小作人の間に入ってかなりあくどいことをし(たとえば地主のいう小作料以上の小作料を、地主の決めたものだといってだまして要求し)、さらにそうしてもうけた金を高利で貸してまたもうけていた、それで土地を全部なくした人が何人もおり、◎◎さんの家がその典型例だったと。
こういうことのようである。◎◎さんは△△さんのお祖父さんが差配をしていた地主の土地を借りていたのだが、ある年のこと、△△さんはその土地を◎◎さんから全部取り上げてより高い小作料を払う小作人に貸し付けることにし、さらに△△さんに高利で貸していたお金の抵当として自作地もとりあげた。それで、◎◎さんの耕作地はまったくなくなってしまった。◎◎さんはあまりのショックにどうしていいかわからなくなり、頭が混乱してしまったのだろう、完全に錯乱状態となり、何かぶつぶつ言って笑いながら周囲を徘徊するだけになり、やがて行き倒れで死んでしまった。
それでさきほど言ったように◎◎さんの息子さんたちは土地もなく、地元にいい働き口もないので、小学校を出るとすぐに東京に働きに行き、家に仕送りをしたのだが、戦後東京から帰ってきて商売を始め、今のように立派に家を再興したのだ。
父はこういう話を教えてくれたのだが、続けてこうも言った。差配人は地主よりひどかったと。
多くの地主は自分が直接小作人と向き合うことはせず、貸借契約から小作料の取り立てまですべて差配人にまかせていたので、地主の命令だから仕方ないのだと言ってこっそり小作料を吊り上げ、実際に地主に納める小作料との差額を中間搾取し、それで小作人の暮らしがさらに苦しくなるのを利用して金を貸し、高利で収奪をする、これはひどいものだった、差配人は「寄生虫」みたいな存在だったと。そういえば父は、表面には出さなかったが、以前から△△さんのお祖父さんのことを嫌っていた。その理由がそのときわかった。
たしかに「寄生虫」と言えるかもしれない。
しかし、農民の血と汗で創り出した生産物の半分近くを自分は何にも苦労せずに小作料として受け取って贅沢な暮らしをする地主、こうした地主も寄生虫としか言いようがない。自らは何にもせず一方的かつ持続的に収奪して生活する地主、まさに寄生的な存在だったといえよう。
もちろん、差配人のすべてが△△さんのお祖父さんのような人だったわけではない。小作人の側に立って地主との折衝にあたってくれた人も多々あった。
また、地主の中にもこれでいいのかと疑問を持ち、不作のときなど大幅に小作料を免除したり、大正期の小説家有島武郎のように北海道の有島農場を小作人に解放したするものがあったが、こんなことは例外的だった。
その「寄生地主」の存在を認め、その存続を基礎にして日本の資本主義は発展してきた。地主が吸い上げる小作料を基礎に資本主義的な金融・商工業を発展させ、財閥・軍閥・地主の頂点に立つ天皇制の支配の基礎としてきたのである。
そしてその裏には、これまで述べてきたような農民の絶望的とも言える貧困と過重労働があった。それに拍車をかけたのが高利貸し資本と商人資本だった。
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