【小松泰信・地方の眼力】評価できないものに尻尾は振るな2019年10月9日
「人間どんな姿になろうとも、人生をエンジョイできる」と、当事者がさまざまな思いを込めて語ることを妨げることはできない。しかし、国会の所信表明演説で、名指しせんばかりに「どんな姿になろうとも、……」と言われて喜ぶ人はいないはず。骨の髄までしみこんだ、障がい者蔑視がにじみ出た発言。そんな人が、取って付けたように「みんなちがって、みんないい」と、金子みすゞの詩の一節を語っても、この詩が穢されるだけ。
◆「記憶にない」とは言わせない
その所信表明演説の全文を数回読み返したが、「食料自給率」に言及した箇所が見当たらなかった。37%に低下し、今のままでは下がることはあっても上がることは考えられないにもかかわらず。
日本農業新聞(10月7日付)には、2050年に世界の食料需要量は2010年の1.7倍になる、という農林水産省による予測結果を紹介している。地球温暖化を前提に人口増加や経済発展を加味した予測で、穀物生産量も1.7倍に増えるが収穫面積は横ばいのため、単収の増加で需要増に対応する構図を示している。
これらから同省は、「食料需給逼迫を回避するには、国内生産の増大を図りつつ、食料輸入の増加が見通されるアフリカなどへの継続的な技術支援をすることが課題になる」とする。
その記事の横には、末松広行農水事務次官のインタビュー記事がある。
新たな食料・農業・農村基本計画を検討する上での課題を問われて、「自給率は高い数字になってない。これを上げることが非常に重要。一方、農家のことを考えると稼げる作物の生産が欠かせない。......日本の農林水産業、農山漁村は地域の社会、経済を引っ張る力がある。その役割が発揮されるよう地域政策を含め施策を組み立てたい」と、答えている。
食料自給率や地域政策が視野から消えるという「奥原病」が蔓延する農水省。それを良しとする官邸。どこまでが本心か、俄には信じられないが、語った事実だけは覚えておく。「記憶にない」とは言わせない。
◆評価できない安倍農政
日本農業新聞(10月4日付)は、農業者を中心とした同紙モニター1024人を対象に、9月中・下旬に郵送で実施した意識調査の結果を紹介している(回答者率63.2%)。その概要は、以下のように整理される。
(1)末松氏が課題として取り上げた、食料自給率向上への政府の取り組みについては、「大いに評価する」2.3%、「どちらかといえば評価する」11.6%、「どちらかといえば評価しない」30.3%、「全く評価しない」49.8%。半数の農業者が全く評価しておらず、「どちらかといえば評価しない」と合わせたら、8割の農業者から評価されていない。
(2)新たな食料・農業・農村基本計画の議論で重視すべきテーマ(選択肢17のうち3項目まで選択可)を見ても、「食料自給率の向上」が55.6%で最も多い。これに「農業所得の増大」49.5%、「担い手の確保・育成」41.9%が続いている。
(3)日米貿易協定交渉の大枠合意については、「日米双方に利益あり」8.0%、「日本に有利」1.1%、「米国に有利」66.3%、「分からない」24.3%。安倍首相が自慢げに語るウィン・ウィンを認めるものは1割を切り、日本が有利であったとする人は極めて少数である。多くの農業者はアメリカに有利な結果と見ており、安倍氏の認識は真逆。
(4)TPP11に、この日米貿易協定が加わった時の国内農業への影響については、「あまり変わらない」7.3%、「やや強まる」27.7%、「かなり強まる」51.2%。8割の農業者が不安を覚えている。
(5)日米貿易協定交渉で米国から275万トンの飼料用トウモロコシを前倒し輸入することを約束したことについては、「納得できる」9.4%、「納得できない」58.0%、「分からない」32.3%。1割の農業者しか納得していない。
(6)安倍内閣の農業政策については、「大いに評価する」1.4%、「どちらかといえば評価する」24.6%、「どちらかといえば評価しない」39.3%、「全く評価しない」27.2%。評価の有無で大別すれば、「評価する」が26.0%、「評価しない」が66.5%。農業者の4分の1にしか評価されていない。
◆野党に注文を付ける前に、眼前の身内にこそ注文を付けよ
このような低評価にもかかわらず、安倍農政を、そして安倍内閣を変えようとする気がうかがえない。
(1)安倍内閣については、「支持」43.4%、「不支持」55.8%。明らかに分厚い岩盤支持層が存在している。
(2)支持政党、農政で期待する政党、年内に衆院選があったら投票する政党については、45.6%が自民党を支持し、42.3%が自民党の農政に期待し、40.6%が自民党に投票する、としている。
「7割近くの人が安倍農政を評価していない」で始まる日本農業新聞(10月7日付)の論説は、当該調査結果から「官邸主導の農政を改め、生産現場の声に耳を傾ける丁寧な農政運営へと転換すべきだ」とする。
その上で、「今回の調査で、残念だったのは野党の支持が振るわなかったことだ」とし、「野党は共通した農政の議論を深め、国民の前に示すなどし、もっと存在感を示して欲しい」と注文を付けている。
しかし、この野党への注文は、日本農業新聞の逃げである。「刃向かうと怖い。長いものには巻かれよ」とばかりに、政権与党の顔色をうかがい、卑屈で媚びた目つきで、力なく尻尾を振っているJAグループの役職員と農業者にこそ注文を付けるべきである。
「言っていることや思っていることと、やっていることが大きく違っている。これでは国民の理解、信頼は得られない。ダメなものにはダメと、取りうる手段を駆使して明確な意思表示をしよう」と。
◆トランプ氏を嘘つきにしていいの
10月7日の代表質問において枝野幸男立憲民主党代表の、米国産トウモロコシを購入すると約束したことへの追及に対して、安倍晋三首相は、「飼料用トウモロコシの多くが米国から買われていることから『対策の実施によって前倒しで購入されることを期待していると(トランプ氏に)説明したが、米国と約束や合意をしたとの事実はない』と述べた」(強調小松)ことを、日本農業新聞(10月8日付)が淡々と紹介している。だとすれば、この問題についての嘘つきはトランプ大統領か。
トランプ氏は日米首脳会談後の共同記者会見で、「米国内の至るところでトウモロコシが余っている。......日本はそのトウモロコシを全て購入する」と発言し、安倍首相と合意したことを明言していた。その後の動きからも、どちらが嘘つきかは明らか。
農業やJAの関係者が、これほどまでの嘘つきをトップとする政権や政党を支持し続ける限り、「農ある世界」に未来はない。
「地方の眼力」なめんなよ
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