【JCA週報】協同組合と教育:その歴史と課題2019年10月28日
「JCA週報」は、日本協同組合連携機構(JCA)(会長 中家徹JA全中会長)が、各都道府県での協同組合間連携の事例や連携・SDGsの勉強会などの内容、そして協同組合研究誌「にじ」に掲載された内容紹介や抜粋などの情報を、協同組合について考える資料として発信するコーナーです。
今回は、「協同組合と教育:その歴史と課題」です。
協同組合研究誌「にじ」2019年秋号の特集「協同組合と教育-組合員・職員の学びと研究者からの発信」の座長をお願いした関西大学商学部 杉本貴志 教授の特集改題を紹介します。
協同組合研究誌「にじ」2019年秋号
「協同組合と教育 -組合員・職員の学びと研究者からの発信」
協同組合と教育:その歴史と課題 ~本特集の解題を兼ねて
杉本貴志 関西大学商学部教授
1 教育こそ協同組合の命
1995 年に国際協同組合同盟(ICA)で採択された協同組合原則は、第5原則として「教育、研修、情報」を掲げ、協同組合が組合員、役職員、一般の人々に対して教育活動を展開することの重要性を謳っている。ICAは1937 年、1966年、1995年とおよそ30年毎に原則の制定・改訂を行っているが、教育重視の原則は時代の変化にもかかわらず一貫して継続・継承されているから、民主主義(1人1票の原則)と並んで、教育はこれまで協同組合のもっとも大切な本質の一部とされてきたといえるだろう。
(略)
2 教育を忘れた協同組合
(略)地元ロッチデールの町では、公正先駆者組合に刺激されて、それとは異なった考え方でつくられ、運営される協同組合がいくつも創設される。ライバル生協の誕生である。
そのなかでもロッチデール倹約協同組合は、その名の通り、公正先駆者組合以上に消費者組合員が倹約した消費生活ができるように安売りに専念し、ロッチデールの人々の支持を受け、一時は公正先駆者組合に匹敵するような店舗網、売上高、組合員数を誇っていた協同組合である。それにもかかわらず、今日その存在が協同組合関係者にも(そしてもしかしたら協同組合研究者にも)ほとんど忘れられてしまっているのは、この倹約協同組合は結局1933年に公正先駆者組合と合併を果たして消滅していること、そして存在していた当時も、この組合はG・J・ホリヨークのような有力な協同組合人から酷評を受け、協同組合として全く評価されていなかったこと等によるものであろう。
協同組合運動の普及にもっとも貢献した思想家・運動家・言論人であるホリヨークは、なぜ倹約協同組合を評価せず、批判したのか。その最大の理由は、この倹約協同組合が教育活動に熱心でなく、ホリヨークの目からすれば何も教育をしていなかったからである。倹約協同組合の店舗には図書室がない。よって、これは単なる安売りの店であって協同組合ではない。教育こそが協同組合の要であると信じるホリヨークは、倹約協同組合をこのように酷評した。
(略)
3 誰が、誰に、何を、教育するのか
公正先駆者組合のもっとも優れた点は教育を重視したことにあると考えるホリヨークにしてみれば、倹約協同組合や、その後20世紀に一般化した協同組合のあり方、すなわち事業における組合員への還元を最大化することのみを追求して、その他の教育活動等にはさほど関心を示さないというあり方は、全く評価に値しないものだった。それでは単なる安売り店だというホリヨークは、協同組合の教育活動に何を期待したのだろうか。
ホリヨークによれば、労働者が抑圧される自由競争経済の中にありながらも、ロッチデールで生まれた協同組合は事業体における剰余を労働者にも分配しようとする経済組織であり、この運動を進めて資本家が支配する企業を協同組合に次々に転換させることで、競争原理に囚われた経済社会を協同社会につくりかえることができる。協同組合における教育とは、そのような協同組合運動本来の思想、理念を普及させることがその目的となるべきだとされるのである。
ホリヨークがこのような協同組合教育論を主張したのは、もともとは組合員の三位一体組織であったはずの協同組合においても、規模の拡大・発展とともに、そこで専ら商品を購入する側としての利用組合員と、そこでその商品を提供する職務に従事する専従職員とが分離し、他企業と同様に労働問題を抱えることとなったという新たな時代展開を受けてのことである。イギリス協同組合運動やICA では、いわゆる「利潤分配論争」が激烈に展開され、どちらにおいてもホリヨークはその中心にいた。
協同組合界を二分した利潤分配論争について、ここではその詳細を論じる余裕はないが、ここで確認すべきは、組合員というステークホルダーに加えて新たに協同組合職員・労働者というもう一つのステークホルダーが誕生し、協同組合教育の対象と内容もそれに応じたものとなることが要請されたホリヨークの時代からさらに進んで、現代の協同組合と協同組合教育は、さらに複雑・多様化したものとならざるを得ないということである。
現代日本の協同組合でいえば、農業協同組合には民主的な意思決定に参画する正組合員だけでなく、制度的にそこから排除されている准組合員がいる。議決権を持たないからといって、准組合員を協同組合教育の対象とすべきではないと考える論者はいないだろう。むしろ准組合員への協同組合教育のあり方は大きな課題である。職員・労働者についても、組合本体にフルタイムで雇用されている正職員だけでなく、農協事業のさまざまな領域において、多種多様な雇用形態の労働者が業務に従事している。Aコープなどで働く「協同会社」(農協の子会社)の従業員は、形式的には協同組合の雇用労働者ではないけれども、その役割を考えれば、当然協同組合の理念教育の対象とすべき存在ではないのか。
農協だけではない。生活協同組合においても、とくにその宅配事業においては配送専門のグループ会社を設立し、そうしたグループ会社の従業員が生協のフルタイムやパートタイムの雇用従業員とともに働いているという生協がある。それどころか、グループ企業でさえない、生協界外部の民間運送企業に業務をそっくり委託する生協も数多いのである。しかし組合員からすれば、自分が接しているのが生協の正職員なのか、それともそうした委託先企業の雇用労働者なのか、見分けはつかないし、彼らの身分や雇用形態がどうであろうと、組合員は生協で働いている生協人として彼らに接し、生協労働者としての活躍を彼らに期待するだろう。組合運動の外部にある企業の労働者に対して、協同組合という存在はどのように教育されるべきなのか。
ベテランの職員や組合員が自己の経験を語るだけでは通用しないような、多種多様な対象への適切な協同組合教育が求められる時代、協同組合の研究者に求められる役割と責務、研究成果の社会的還元への期待も、ますます大きくなっているように思われる。
(以下 略)
協同組合研究誌「にじ」 2019秋号より
※ 論文そのものは、是非、「にじ」本冊でお読みください。
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