【三石誠司・グローバルとローカル:世界は今】(166)何のために「作る」か2020年1月31日
「買い物難民」や「食の砂漠」という言葉が聞かれて久しい。先進国の住人でさえ、実は周囲に簡単にアクセスできるレストランやスーパーが十分に無いことがある。高齢化が進む日本では、今後、これらの問題が益々重要なものになることは想像に難くない。
ところで、米国は時々、非常に面白いものを作る。その多くは「遊び心」かもしれないが、使い勝手が良い場合にはあっという間に世界中に広がり、その仕組みや形が世界中で標準型となる。瞬く間に世界を席巻し、ユーザーのニーズという自然な形で市場の大半を占める。ポイントは「実践的かどうか」だ。
これが基準にあると、後発部隊は大変だ。外形は模倣出来ても、何故そのようなものが出来たかという基本的な「モノの考え方」を理解しないままでは、先行者には永遠に追い付かない。
例えば、ある商品やサービスが登場した後、市場への参加者が激増し、多数乱戦の過程を経て、飾りや付属品、大きさや正確性などの細部を突き詰め、特定領域において超マニアックなニーズくらいしか満たさないような後発製品を「極み」として作ったり、製品本体ではなく周辺のサービスや宣伝で競争が熾烈化するサイクルに教科書通りに落ち込む。この遥か前の段階で、先行者は既に違う世界と違うビジネスモデルを考えている。歴史はこの繰り返しかもしれない。
このようなことを考えていた時、米国農務省のFood Environmental Atlas(食の環境地図)というものを目にした。
データはやや古いが、冒頭で述べた「買い物難民」や「食の砂漠」が日本でも大々的に問題になった数年前を思い出してみれば、その段階で既にこうした形で情報を提供していたことは興味深い。農務省経済調査局の中のアドレスをクリックし、地図を見れば全米の各州が郡ごとに色分けされている。例えば、ニューヨークの場合、マンハッタン島があるNew York, NYでは、2009年にはファスト・フードレストランが2250あったが、2014年には2553に増加していることが一発でわかる。フル・サービスのレストランは、同じ時期に4118から4439に増加している。細かく見れば、人口1000人当たりのレストラン数や、1人当たりの支出額までがすぐに表示される。気になる地域同士の比較が容易にできる。
細かい数字が面倒な人は、モザイクのように色分けされた全米地図の中で濃い青の部分を見ればよい。そこが2009年から2014年にかけて、レストラン数の下落が▲40%以上の地域である。
この中で筆者が興味を覚えたのはコーンベルトのど真ん中である。地平線までトウモロコシ畑ばかりでレストランなど無くて当たり前だが、それにしてもアイオワ州とミズーリ州の州境沿いの郡の下落率が大きい。
Google Mapで確認すればすぐにわかるが、この両州を南北に分けている州境沿いには大きな幹線道路がない。北はデモイン、南はカンサス・シティという大都市がありながらも、州境の南北は細い道路ばかりである。
結果として、この地域にはファスト・フードのレストランが、元々少なかっただけでなく激減している。筆者も何度か訪れたミズーリ州パトナム郡など、ファスト・フードレストランは4が1に減少し、フル・サービスのレストランは1が2に増えたものの全体としては5から3への減少である。車があれば簡単に移動し、レストランの多い地域まで動けるとはいうものの、約5000人の同郡の人たちの選択肢は非常に少ない。こうしたところで人々が本当に「買い物難民」化しているのか、それとも地元の生活を楽しんでいるのかを調べると、「買い物難民」の総論ではなくリアリティ溢れる実態がわかる。どこに行けば、この問題の最前線のひとつを見ることが出来るかがわかるからだ。
もちろん、日本の農水省農林水産政策研究所も、食料品アクセスマップを公開している。これはこれで見事なくらい県別市町村別に色分けされており、資料としては申し分ない。だが、申し訳ないがどうにも使い勝手が微妙である。附属表で買い物難民が何人いるかがわかっても、その地域にレストランやスーパーなどがどれだけあるかが紐づけされていない。それをリンクさせるのは正直一苦労だ。本当に一番知りたいところに手が届かないもどかしさが残る。
マップ作製の目的が異なるためこれは仕方がないとはいえ、ある物事に対する米国と日本のアプローチの違いが象徴されている様をあらためて実感した次第である。
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三石誠司・宮城大学教授のコラム【グローバルとローカル:世界は今】
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